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二人とも....  作者: 山神伸二
7/11

秋風

 窓を開けると冷たい秋風が部屋に入り、私の体に吹きかけた。

「もうすっかり、秋になったんやな。日も短くなって」

 風は冷たく、寒さを感じた私はすぐに窓を閉めた。

 夏休みは終わり再び大学が始まった。私は昼過ぎに講義があるので、午前中はのんびりとしていた。

 廊下も床が冷たく、私の足は氷のように感じた。私は早足で茶の間へと向かった。

「おはよう詩乃ちゃん。もうすっかり秋になったなぁ」

 母は茶を飲みながら、慌てるようにして茶の間へ来た私を見て、私が秋の冷たさに驚いている事に気づいたようだった。

「おはようございます。お母さん。ほんまに冷たくなって。そろそろおこたを出してもええどっしゃろか?」

「それはまだ早いんやないの?冬はまだもう少し先やさかい」

 母はそう言い笑っていた。母の笑った顔を見ると私は嬉しくなった。

 母は義父と婚約をして、年が明けた頃に結婚をするらしい。母にとって二回目の結婚だった。またそれは義父も同じであった。二人がどこで生活をするのかはまだ話しておらず、私の心の中にある考えもまだ母には話せずにいた。

 茶の間から見える庭には小さな雑草が風に吹かれて小さく揺れていた。その風は決して強く吹いているわけではないが、とても冷たい乾いた風のようであった。

 私はなんとなくその風に当たる自分を想像して、身震いを一つした。

「今日は特別寒いかもしれへんね。詩乃ちゃん。少し厚着しとったら」

 母は私の着ている服を見ながら言った。確かに私は少し薄着かもしれなかった。

「ええどす。お外は寒いかもしれへんけれど、電車の中とか室内入ると暑くなってしまうから。私は寒がりで暑がりやから。とても大変どす」

 室内で汗をかきながら上着を脱ぐくらいなら外で少し寒さを我慢しながら行く方が私はまだよかった。

「今日は何時くらいに帰ってくるん?」

「講義は6時に終わるさかい。7時過ぎには帰ってくると思います」

 窓から差し込む陽の光を浴びると一日中こうしていたくなった。ついつい今日は大学を休んで家にいようかという気持ちにさせられる。

 雑誌を手に取り、眺めるように読みながら、家の外から漏れて聞こえる自然の音に耳を傾けながら夢見心地でいた。

 母は台所に行き、その後、自分の部屋へと行った。

 金太郎は朝から姿を見せていない。外で散歩をしているのだろう。

 壁に寄りかかっていたのだが、最初は冷たく感じた壁も徐々に暖かくさえ感じられてきた。

 雑誌を机に置き、横になってきた時に金太郎が茶の間へ入ってきた。私の周りを一周すると再びどこかへ行ってしまった。

          ・

 12時前に私を家を出た。やはり外は寒く、薄着でいるから寂しさすら覚えてしまった。喧騒がすぐそこなのに私の家の前は妙に静けさが立ち込んでおり、それが余計に寒さへと変わっていっているように思えた。

 そこまではコツコツと私の足音すらも聞こえてくるが、その先は東寺が姿を覗かせ、車が絶え間なく走り、また人も平日の昼にも関わらず、すれ違う事も多い。観光で来ている人が団体でおり、その人達とすれ違うと彼らに対して、羨望の眼差しのようなものを向けてしまうのだ。

 市電を待っていると、私の後ろにお婆さんが立った。私はお婆さんを一目見ると目が合い、お互いに会釈をした。ただ言葉を交わすことはなく、市電が来たら私達は別々の席に座り、市電はそのまま走り出した。

 市電は空いており、お客は私とお婆さん以外には親子が一組と観光客が二組乗っているだけだった。

 煙草の匂いが私を刺激し、その匂いに嫌気が差し少しだけ窓を開けた。外の匂いを浴びたら、私はなんとなく気を紛らわせる事ができた。

 途中で二人の外国人が乗ってきた。彼らは私達の変わらない生活を新鮮な目で見ていた。異国の情緒はこんな所にもあるのか。私だったらこの二人の故郷に心を奪われるのだろうと思った。

 そしてその二人の後ろに一人の女学生が乗ってきた。それは私の高校時代からの友人の清子であった。

「ああ、清ちゃん」

「詩乃、いたんやね。こんにちは」

「へえ、こんにちは。偶然やね。同じんに乗るんなんて」

 私は立ち上がり、二人席のある椅子へ移った。

「おおきに詩乃」

 清子はそう言って、窓際に座る私の隣に座った。清子の髪が私の頬に小さく触れ、彼女からは女の子らしい匂いが鼻を刺激した。

 私に父がいないように、清子には母がいなかった。

 清子の母はかつて五番町の遊廓で働いており、そこで出会ったお客と駆け落ちをし、清子を産んだ。だが、両親はすぐに離婚をして、清子は十五の時に母を病気で亡くした。父とは時々会うことはあるもの現在は一人暮らしをしているという。

「なあ、詩乃。うちのお話し聞いてくれへん?」

「ええけど、どないしたん?」

 清子は訝しげな表情を私に見せた。普段の清子からはあまり見ることのできない顔であった。

「うちの父の話なんやけどな。父が私が小さい頃に不貞を働いたらしゅうってうちに腹違いの中学生の義妹がおるらしいんよ」

「義妹どすか?」

 私は随分と驚いた。清子の父は友人の私から見てもわかる程、だらしのない人で上七軒や五番町に入り浸り、そうしている間に清子の母となる人に清子を孕ませてしまった。

 清子は高校生の時に私にそっとそれを打ち明けた。清子の秘密を知っているのは私だけであった。それが清子には支えになっているらしい。

 だから驚きはしつつも私はそんなような気がした。そしてその事を今更のように思ってしまい、清子が知らないだけで、もっと腹違いの義兄弟はいるのではないだろうかとも思った。

「へえ、みっちゃん言う十三歳の女の子らしいわ。その子が今度な、うちに来るらしい言うて。なんだか気まずいんやけど、でもどこか同じ境遇を持った義妹やから楽しみのようでもあるんや」

 清子にはこんな暗い出生があるのに明るさを感じさせる所があった。それは自身の暗い部分を隠してできたものなのか。また、暗さと共にあるものなのか。

 清子には暗さは感じられないが、それが全くないとは思えなかった。どんな人だってあるのだ、

 清子は色白に掛かる長い髪を靡かせる美少女であった。清子の母を写真で見たことがあるが、清子にそっくりであり、清子はほとんどが母親の血を受け継いでいるのかもしれない。

 そんな清子は私よりも友人が多く、友人の中では中心的な子になりがちであった。私はそれが羨ましくも嫉妬する気持ちもあった。

「清ちゃんは嫌やないの?」

「嫌というよりはかわいそうな気持ちやな。その子に罪はあらへんさかい。その子のことを思うと大事にしとうなるんや。姉としてあなたを愛せなあかんと思うんや」

 私は清子のその表情から彼女は嘘を言っているようには見えなかった。全てが本当とは思ってなく、さすがに本人がそう思いたいというところもあるとは思うが、彼女が新しくできる妹を大事にしようというのは強く感じられた。

 思い出した話だが、八月の盆の前に義父から聞かされたが義父にも娘が一人おり、その人は私よりも六つ上で、私からしたら義姉になる。私も清子と同じであった。

 だが、私の義姉はもう大阪で一人暮らしをしており、私とはあまり関係のない人になりそうであった。

「清ちゃんはええ子やな」

「ええ子なんかやないって。意地悪せえへんか自分で心配しとるさかい」

「せえへんよ清ちゃんは。そういやなぁ、私の母が再婚するって話やけどな。義父に二四の娘はんがおるらしい。私も義兄弟が増えるわ。全く血は繋がってへんけど」

「お会いしたん?」

「してへん。恐らく会う事もほとんど無いやろ。他人みたいなもんや」

「それはそれで寂しおすな」

 そうしている間に私達の周りには人が増えてきた。清子はそっと私の方へ傾けるように体を寄せた。清子の温かみが窓の隙間から来る風をほんの少し忘れさせた。

 秋の空は冷たさによってか青空がよく見え、雲も端々がぼやけ、風に揺られながらゆっくりと動いていた。

 昼の日の暖かみが窓から差し込み、私はつい眠ってしまった。起きてからまだ数時間しか経っていないのにも関わらず来てしまうこの眠気に私は抗うこともしなかった。

 清子の声に起こされた私はふと目に入った人が少なくなっている景色に安らぎを感じた。

「詩乃、もう降りるで」

「へえ、寝てたんか」

「ぐっすり寝とったで」

 私は清子に恥ずかしさを悟られないようにそっと顔を窓の外に向けた。

 市電降り、私達は大学の校内へと向かった。そこではいつもと変わらない景色があり、そこにいる友人達と講義を受けた。

 清子は友人達の中でも話の中心にいることが多く、大学では私と清子が2人同士で話すことはあまりなかった。私は話の中に入ってもどこか蚊帳の外にいることが多かった。彼女達は大切な友人ではあるけれど、私は彼女達といると常に上の空で考え事をしている。

 夕陽は落ちるのが早くなり、祇園祭の時は七時でもまだ夕方のような空に驚いたが、今は五時になる前に暗くなり、あの時よりも時間が過ぎているようだった。

 講義はあと一時間で終わる。隣の先には清子が真面目に授業を受けていた。その姿を見て、私は慌てて前を向いた。

 新太郎は大学に通っている私を羨ましがっているが、私はそこまで真面目に授業を受けている訳ではない。お父さんのお金で大学に行かせてもらっていて申し訳ない気持ちに襲われるが、そう思う程、講義の内容は私の頭に入ってこない。

 新太郎は和菓子屋の家を継ぐために大学進学を蹴り、家で働いている。

 これは新太郎の希望であるらしいが、彼は我慢をしながら生きているように見えた。もし新太郎にお金があり、家柄が無ければ彼は自由に生きていけるのだろう。

 自分よりも他人の事を思う新太郎は本当の気持ちはどんな物なのだろう。新太郎のような優しさを持ってみたいがこればっかりは望んでも手に入らない気がした。

 贅沢な私を新太郎は恨まないでいるのか。それともこんな私を知らないでいるのか。窓の外は暗くなっていくばかりである。

 そして最後の方になり、私はやっと集中して講義を聞いた。

 講義が終わると、友人達はさよならと言い、次々と帰っていった。友人達は一人暮らしをしている。実家から通っているのは私と清子くらいであった。

「寮の門限は随分と早いんやな」

 清子は廊下で二人っきりになった途端に私に呟いた。

「こないに早いことあらへんよ。ただみんなお腹が空いたんとちがう?」

「それは詩乃やないの?」

「私は我慢できるえ」

「ほな、うちか」

「清ちゃん。お腹空いてるん?」

「うち、昼食べてへんから」

「そら空くやん」

「はあ、早う家着きたいわ」

「市電の時間がまだ十分くらいあるさかいね」

 外へ出るとやはりというべきか、暗い夜を浴びた冷たい風が体を打ちつけた。私は薄着でいる事を後悔した。

「ああ、髪が乱れてまう」

「暗いさかいようわからへんで」

「清ちゃん。それは言ったらあかんで」

 市電の待ち列はまちまちでこれからもう少し増えてきそうであった。

「なあ、清ちゃん。私の幼馴染のことなんやけどな。つい悩んでまうんや。彼は自分を押し殺して実家の和菓子屋を継ぐために働いてる。私はなんか遊び暮らしてるようで、せやから休みの日なんかは一緒に色んなところへ行くんやけど。私は会うたびに彼に対して申し訳無さを感じるわ」

 私はこうして清子に言う事で自分をなんとか保っていた。

「一回言うてみたらどうや」

「言える訳あらへんやん。軽蔑でもされたら」

「軽蔑されるほどの男やあらへんやろ?詩乃の話から出てくる彼はえらい優しい人とちがうか」

 私は頭の中に新太郎を思い浮かべた。

「とても優しい人や。でも心の中はわからないや」

「普通は見えへんで。知りたいんやったら腹割って話すしかないで。うちやってみっちゃんにはそうするつもりや。そうでもせえへんと。信用なんてされへんからな」

 なるほどと思った。新太郎に今すぐにでも会いたい。

「今度、そうしてみるわ」

「そう」

 清子はそう言って息を吐いたが、まだ白い息は出なかった。清子はその様子を見て不服そうな顔をした。

「おおきに。清ちゃん」

「いえいえ」

 私は清子の肩に自分の肩をくっつけた。

「暑苦しいわ」

「嘘やろ秋やで。私は寒いさかい」

「詩乃は随分と薄着やからな。阿呆やないか」

「夜をなめとったわ。早よ、来いひんかな」

「その内に来るやろ。私のコートでも着る?」

「ええの?寒さかい助かるわ」

 清子のコートを来て、私達はまた他愛もない話をしていた。

           ・

 市電を降りるときにはもう清子はいなかった。清子が先に降りて、しばらくは私は一人ぼっちで座っていた。

 停留所から歩くと私の家はすぐに着いた。時間は七時を回っていた。私は家の前を通り、早足で新太郎の家へ向かった。

 本間の和菓子屋は夕方には閉まる。私が講義を終える頃にはもう閉店作業も終わっている頃だろう。

 私が家の前を通るともう、扉にはカーテンが閉まり、そこを開けてもらうように言う勇気は私には無かった。

 それに寒かった。清子と別れてからはコートは着ていないので私の体は秋にやられてしまった。

 これが冬だったら倒れているかもしれないと冗談で思った。

「冬になる前に帰らなね」

 そろそろ紅葉が見える頃合いだろう。時代祭もあと数日である。十一月はもう少しで幕を開ける。

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