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二人とも....  作者: 山神伸二
5/11

休憩時

 ある夏の日の午後、私は新太郎の家へ買い物に行くことになった。

 新太郎の家は京都の老舗の和菓子屋で今年から新太郎もこの和菓子屋をいつか継ぐために父と祖父から学んでいた。

 私は暑い外の道を日陰を探しながら歩いていた。日陰では歩き、日向に出ると小走りで進んだ。

 私の家からは東寺の五重の塔がよく見えるが五重の塔が他の建物で見えなくなる辺りに新太郎の家はあった。

 家の前に立つと、扉のガラス越しに新太郎の父の姿が見え、扉をガラガラと音を立てながら開けた。

「詩乃ちゃんやないか。えらい大きなって」

 新太郎の父は新太郎によく似ていた。ガラス越しに遠くから見ると新太郎と見間違える程だった。だが、近くで見ると新太郎の父というべきかそれなりの歳をとっている感じはあった。

「新太郎に会いに来たん?」

「いえ、今日は母からのおつかいでお団を買うてきてほしいと言われまして。そやけど、新太郎さんにも顔を見に来たどす」

「そうか、そうか。新太郎は今は恐らく部屋にいるさかい。後で行ったって」

「へえ」

 私はそう言って、新太郎の父から巾着お団を買った。そして買い物が終わると店の奥に入れさせてもらった。

「お邪魔します」

「へえ、ゆっくりとしとってな」

 私はそのまま店の奥に上がった。新太郎の家はいわゆるうなぎの寝床と呼ばれる京都によく見られる町屋であり、店の奥は長い廊下になっており、その左右の横に部屋がある。一番奥は台所と茶の間になっており、そこから二階へと上がる階段があり、途中にベランダへと出られる場所もある。

 新太郎の部屋は二階の奥にあり、つまり一階の奥まで行き、そこから二階へと上がらなくてはならない。

 廊下を歩いていると扇風機がつきっぱなしの部屋があり、先程まで新太郎の父はそこにいたと思われた。天井には這いつくばる蜘蛛が糸を絡めて移動をしていた。

 なんとなく申し訳ない気持ちを持ちながら私は誰もいない廊下を歩いた。二階へ上がり、その踊り場の窓から差し込む光に誰にも見られてないと欠伸をし、二階の廊下の奥に見える窓からの景色に初めて見たような感動を覚えた。

 新太郎の部屋に着くと私は扉をノックした。返事はなく、私は力が自分でも思ったより弱くなってしまったせいかと思った。

 もう一度叩いたが、やはり返事は無く、悪いと思ったが、私はこっそりと扉を開けた。

 新太郎は横になって昼寝をしていた。私は起こすのも悪いと思って、その寝顔を見て、帰ろうとした。

 すると階段から登ってくる足音がして、私は咄嗟に隠れようとさえ思った。だが足音は新太郎の父のもので私と新太郎に茶を持ってきたようだった。

「詩乃ちゃん。新太郎はどないしたんや?」

「ああ、おじさん。新太郎さん、昼寝してはりました」

 私はそう言って、その場を後にしようとした。新太郎とはまた会えるからわざわざ起こす事もないと思ったからである。

 新太郎の父は後にしようとする私をよそに新太郎の部屋へと入った。私はその様子に足を止めて眺めるように見てしまった。

 しばらくして新太郎がいかにも起きたばかりのような風をして廊下から顔を出した。私は少し苦笑いをしながら手を小さく振った。

 新太郎は顔を部屋の中に引っ込めた。その間に新太郎の父がそそくさと部屋を後にした。その後に新太郎は廊下に姿を表し、私の姿をまじまじと見つめた。

「なんや、詩乃さん来てたんか」

「へえ、お母さんからのおつかいでお菓子を買いに」

 新太郎は私の持っている菓子袋を見た。

「そのついでに新太郎さんに顔でも見せようかと思ったんやけど」

「申し訳ない。気持ちのええ日やったさかい寝てたわ」

「ええ寝顔どした」

 私の言葉に新太郎は乾いた笑いを漏れるようにしていた。

 私としてはもうこれといって用は無かった。新太郎の昼寝を邪魔してしまった事もあり、新太郎に会釈をして帰ろうとした。

「詩乃さん、寄っていかへん?せっかく来たんやし」

「せやけど、顔見に来ただけやから」

 私はそう言うと、なんとなく新太郎を悲しませた思いが体を走り、今は時間に追われている訳でもないので新太郎の元にいる事にした。

「少しだけなら。夕方になる前には後にしますけど」

「へえ、一時間も無理にいなくて大丈夫やで。僕やって今は休憩中やさかい」

 私は久し振りに新太郎の部屋へと入った。

 当たり前と言うべきか子供の頃とは部屋の物もかなり変わり、面影は残っているが、その上から新しく新調をするように私が見たことない物がたくさんあった。

 だが、この部屋の雰囲気や雰囲気から醸し出す匂いはあの頃のままだった。

 部屋の真ん中から少し窓の方に私は座った。昔から私はその場所に座っていた。新太郎はそれに気づいているかはわからなかった。

「詩乃さんがうちの菓子を買いに来るなんてえらい珍しいな」

「今夜、お母さんが近々再婚するお父さんになる人が来るんどす」

「へえ。おばさん、再婚するんや」

「へえ、そやさかい、新しい父になる人が家に来るからお菓子を買うよう頼まれたんどす」

 私がそう言うと、新太郎は巾着お団を一瞥した。その目にはどんな思いがあったのだろう。

「新しいお父さんは優しい人?」

「へえ、ええ人どした。私や進も再婚に反対はしてへんさかい。私と進に本当の父親がいるのだから僕を無理に父と思わなくてもいいと言うてまして、その言葉に私は心持ちが軽くなったんどす」

「そう。そやけど、やっぱ複雑やな。父になる人もきっと結婚したら急に子供が二人もいる事に慣れへんやろうし、徐々に築かれる家族が一気に突貫工事のようにできてしまうなんて」

「そうやな。そやけど、進は東京におるし、私はお母さんと新しいお父さんの二人で生活した方がええと思てるさかい。私が一人暮らしをする為に家を出るか、それとも二人が新しい家で暮らすのが一番ええんかなって思ってるわ。私達はもう大人やから一緒に暮らさんでもそらそれで家族やさかい」

 私は言葉に出すうちに考え事をした。それはその言葉通りの意味で、無理に一緒にいなくても離れていても家族は家族なのだろう。亡くなった父は未だに私は家族だと思っている。母や父や弟はなんて言うかはわからないが、それが私の答えだった。

「でも、詩乃さんがええ人言うんならそらえらいええ人なんやろうな」

「へえ、とても....」

              ・

 しばらくして私は新太郎の家を後にする事にした。新太郎は再び店頭に出なくてはならない為、私達は二人で一階へと向かった。

「じゃあ、詩乃さん。またいつでも来てな。何かあったら話しよな」

「へえ、おおきに。新太郎さん」

 店を出ると私は外から店の中の様子を見てみた。

 新太郎は私がもう帰ったと見え、その顔つきはいつも私に向けるものではなくなり、それは彼の父親と同じものになっていた。

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