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二人とも....  作者: 山神伸二
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長塔

 私は小さい頃に東寺の五重の塔の前で一枚の写真を撮った事がある。

 まだ小さい頃の弟と二人で父がカメラを私達に構え、その横で母が私達を遠い目で見ていた記憶が朧げに私の記憶に残り、それが恐らく私の一番古い記憶であった。

 弟は今は東京の学校へ通い、もう一年も会っていない。私ももう大学へ入って3ヶ月も経つ。二人とももう仲良く親に見られながら写真を撮られる歳ではない。

 東寺にはもう長いこと足を踏み入れることはなかった。だがそれでも、私は時々目の前を通る時はあり、その大きな五重の塔の迫力は強迫的さえあり怖気つくことがある。

 私はある時、友人と東寺の前を歩き、五重の塔に目を奪われてしまい、前を見ずに歩き、友人の足を踏んでしまったことがある。

 それもかなり強く踏んでしまった。私は踏んだのが友人と分かると自分自身に叱責をした。

「ごめんなさい。足を踏んでもうて」

「ああ、詩乃さんは小さいお体やから、大丈夫や」

 友人の本間新太郎は私のその行為にそう言って気遣ってくれた。

 新太郎は私の隣近所に住む幼馴染であり、小学校低学年まではよく一緒に遊んでいた。だが、周りからはからかいの的になるため二人で一緒にいることは少しずつ減っていった。だが、二人が別々の高校に行き、卒業した後、私は府内の大学へ行き、新太郎は家の和菓子屋を継ぐために就職をした。

 私達はその時にお互いの家の前で偶然顔を合わせた際に感傷的になり、二人でいた小学校以後の思い出を埋めるように時々暇を見つけてた二人で会っている。

「足、痛ないですか?」

「へえ、大丈夫やこんなん」

 新太郎はそう言って私に踏まれた足を大きく上げた。

「ほんまに?」

「ほんまやって」

 私はどうも疑り深いようで新太郎の足の痛みは既に治まっているはずなのにその痛みが永いこと続くものではないのかと思った。

 私のその様子に気づいたらしい新太郎は私を気遣った。

「ほな、詩乃さん。東寺行って少し休んできまひょか。座れるところ探して」

 私は新太郎の言葉に頷き、東寺の門を新太郎の背中を見ながらくぐり抜けた。

五重の塔は近くで見ると私は怖くなることがあるが、食堂を目の前にした右側からその五重の塔を見ると、五重の塔は美しい景色に調和されそれが元々そうであるように聳え立っている。

「下の部分が見えへんから随分と遠くに見えるなぁ」

 私の目の前には五重の塔をくきる柵があり、その左横には枝垂れ桜が緑の姿で立っている。五重の塔はその枝垂れ桜よりも高く立ち、天に何かを求めているようだった。

「詩乃さん。足がついてへんやん」

 新太郎は私が深く座り、足がつかないことをからかった。

 私はかろうじて爪先が地面に触れるだけだった。

 新太郎は足をしっかりつけており、私はわざと表情を曇らせた。

「私は女の子やさかい。小さくても生きていけます」

 不思議と嫌な感じはしなかった。食堂は朝に一度散歩した際も同じ場所に座ったことがある。日差しが段々と指す中後ろからはお経が聞こえ、私は夢を見ている気分になった。

 寺の外からは車の走る音が響き、決して騒がしさから無縁という訳ではないが、私はこの騒がしさの中に隠れたように潜む静けさが好きで新太郎といるこの時は何もせずとも気が安らいでいた。

「五重の塔を近くまで見てみたいわ」

「行ってみよか」

 砂音が足裏から鳴る中、私達は五重の塔を近くで見物した。そこでふと、弟と写真を撮ったことを思い出した。

「昔、弟とここで写真を撮ったことがあるんや。恐らくその時は特別公開かなんかですぐ下まで行けたんやけど、その時の記憶が鮮明に私の目の中に焼きついとる。東寺の五重の塔を見ると、私の記憶の生まれた場所やなって思うわ」と言うと新太郎は何かを思い出したかのように

「その時、僕もいなかったか?」と言った。

「わからへん」

 私は新太郎の言葉にそう答えた。

「なんとなく詩乃さんの言う事に僕も記憶があるわ。一緒に来たんと違いますか?」

「どうやろ?お父さんもお母さんもこの時のことは覚えてへんし、弟なんてえらい小さかったから....」

 私はそう言った時に二人だけの記憶という文字が心の中に浮かび上がった。

「新太郎さん。その記憶はとても大切なものやんな?」

「へえ、まあ詩乃さんの最初の記憶ならそれは大切なもんやろ」

「おおきに」と私は新太郎には聞こえない小さな声で呟いた。

「最初の記憶が東寺なんて縁起もんやな。詩乃さんは。見てくれはってん仏様は。せやから大学にも行けて」

「新太郎さんやってほんまは行けたやろ」

「行けへん、僕は覚えが悪いさかい」

「嘘や。お父さんのために....」

 私はそれ以上は言葉が口から出て来なくなった。私はしまったと思い、すぐに何事もないように黙り、新太郎の顔を覗き込んだ。

「すんまへん」

「ええよ。大学行かないは自分自身の学力もあるんやで。後悔はしてへん」

「ほんまにごめんなさい」

「ええって。詩乃さんは悪気なんてないんやし、気にしてへんよ」

 私達は東寺を後にした。五重の塔は遠くへ行ってもその体は小さくはならなかった。


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