番外 ~啓介編~
精次編の番外編です。先に、山中精次編をお読みいただけますと、内容がより理解できます。
俺の名前は、柴田啓介。高校3年生だ。大阪で生まれ育った。自分で言うのもなんだけど、ガキ大将をずっとやってた。俺は、いつもダチとバカやってた。勉強嫌いだったし。夜遅くまで遊んでて、家に帰って母ちゃんに怒鳴られたのも、一度や二度じゃない。でも、父ちゃんと母ちゃんはやかましいけど、いつも俺に愛情を注いでくれた。父ちゃんの事も、母ちゃんの事も、俺はすっごく好きで、日曜になったら、公園で弁当食ったり、それはすっごく楽しかった。中学生になるまでは。
中学生3年のある日、母ちゃんから学校に連絡があった。父ちゃんが事故ったっていう。母ちゃん、取り乱してて、何言ってるか解らなかった。父ちゃんは、トラックの運転手してたんだけど、横から車に突っ込まれたらしいってのは、後々知った。慌てて病院へ向かったら、霊安室?ってところで、父ちゃん寝てた。俺は、全く現実感がなくて、なんで、父ちゃんこんなところに寝てるんだよ、風邪ひくぞ、って思ったのは覚えてる。それから、葬式やらなんやらでバタバタしてた。母ちゃんは、葬式の喪主やってくれてて、俺も何か手伝おうとしたんだけど、母ちゃん、なにも手伝わせてくれなかった。何か、思い詰めてるみたいに、必死だった母ちゃんを見てると、俺、母ちゃん助けてやらないと、って思ったんだ。だから、学校辞めて、働くって母ちゃんに言ったんだけど、母ちゃん、許してくれなかった。せめて、高校は出ろって。母ちゃん、それまで頑張るからって。母ちゃんは、葬式の時から全然涙を見せなかった。それから、母ちゃんはすごく働き始めた。朝は新聞配達、昼もパート、夜も何か仕事をしていた。何にもできない俺は、悔しかった。そんな時だよ、母ちゃんの実家に引っ越したのは。それまでマンションに住んでたんだけど、実家から帰って来いってじっちゃん、ばっちゃんは母ちゃんにずっと言ってたみたい。そんなわけで、俺が高校生になるのを機に、俺と母ちゃんは東京の郊外に引っ越したんだ。
東京での生活は、なんか窮屈な感じだった。皆、畏まった雰囲気だったし、ノリ悪いし。とりあえず、語尾に「~じゃん。」ってつくのがなじめなかった。でも、いい奴もいた。相沢良って言うんだけど、なんだかわからないけど、良とはウマがあった。こいつ、目をキラキラさせて、「大阪ってどういうところ?」とか聞くんだよ。最初はうぜえな、と思ってたんだけど、なんか、何言っても素直に信じるから、危なっかしくてついつい、一緒にいる時間が増えた。高校2年がすぎ、高校3年生になった俺は、良と同じクラスだった。いろいろバカやったし、あいつ、金魚のフンみたいにいつもくっついてきてた。そんなとき、知り合っちまったんだよ、由美に。
俺も、高校生になって、コンビニでバイト始めたんだけど、その時一緒にバイトしてたのが、由美だったんだ。由美も、俺も髪の毛金髪だったし、なんだかんだと話してると楽しかった。明るい子なんだけど、ふとした時に見せる寂しげな表情が、なんかドキッとした。話を聞いてみると、由美も親父さんをなくしてるらしい。どこか、シンパシーを感じるのは、気のせいじゃなくて、そういうところのせいかもしれなかった。とにかく、俺は由美のことが好きになっちまった。
ある日、俺は由美を体育館の裏に呼び出して、告白した。好きだ、付き合ってくれって。心臓バクバクして、膝がガクガクして、自分のものじゃないみたいだった。言葉も噛んじまったしな。中学の時に、上級生5人に絡まれた時よりも緊張したよ。由美の返事は、「ごめん。」だった。俺は、ヘタヘタと座り込みそうになりながらも理由聞いたんだ。そうしたら、由美は答えた。「好きな人がいるんだ。」ってさ。一応、かっこつけて、「そうか、頑張れよ」って言ったけど、もう、頭の中は真っ白で、気づいたら家のベッドで寝てた。布団かぶって、泣いたよ。こんなに、涙も鼻水も出るんだな、っていうくらいだった。ほんと、止まらなかったよ。辛くて、辛すぎて、本当に死にたい気分だったよ。どれくらいだったかなあ、母ちゃんが、俺を飯に呼んだんだよ。「啓介、ご飯やで。今日はカレーやし、あんた好きやろ。はよ、降りてきぃ。」俺は、何も食う気がなかった。布団にくるまって、じっとしてたら、母ちゃんが部屋のドアを開けた。「あんた、何してんの。ご飯冷めるで。」
母ちゃんは、有無を言わさず布団をひっぺがした。俺は、泣いてる顔を見せたくなくて、顔を隠した。
「あんた、どうしたんや。何か学校でやらかしたんか。いじめでもあったんか。」
母ちゃん、真剣な顔で言った。俺は、答えられなかったよ。女にフラれたなんて、みっともなくて言えるわけないだろう。でも、母ちゃんはしつこかった。ずっと、黙ってる俺に、母ちゃんは怒鳴りつけた。
「あんた、母ちゃんに言えへんこと、したんちゃうやろな!」
母ちゃんに心配かけたくなくて、俺は小さい声で言ったよ。由美に振られたって。母ちゃんは、俺の話をじっと聞いてくれた。そして、何か考えた後で、こう言ったんだ。
「告白して、振られるとかけて、殴り合いのけんかと説く。そのココロは何か解るか?」
俺は、母ちゃんが何言ってるのかわからなかった。だから、小さく首を振った。そうしたら、母ちゃん、言うんだよ。
「どちらも傷みます。や。殴り合いのけんかしたら、殴ったほうも殴られたほうも痛いやろ。告白もおんなじや。振られるほうもつらいけど、振ったほうも辛いんやで。それまで仲良くしてたら、なおさらや。由美って子、優しい子やな。けどな、あんたは男の子や。振られたからってメソメソしてんと、惚れた女が幸せになるのを黙って見守りいや。」
俺は、なんだか気持ちがすっとなった気がした。そんな俺の顔を見て、母ちゃん、にっこり笑って、「カレー、冷めてるで。レンジであっためて食べや。」
そういって、母ちゃんは部屋を出て行った。しばらくしたら俺は、急に腹が減ってきて、こっそりダイニングに向かった。隣の部屋に仏壇があるんだけど、仏壇の前には母ちゃんがいて、父ちゃんに何か話しかけてた。何だか聞くのはいけない気がして、俺は、カレーを温めて、ガツガツ食った。
次の日、良が話しかけてきた。由美が好きな子が解ったって。良のやつ、意外と観察力があるからな。どうやら、山中精次って言うやつらしい。ひょろりとしてて、メガネかけてて、あ、俺、こいつ好きになれん。って思った。すました顔で、本なんか読んでるし。見ているだけでむかつくやつだ。だけど、由美への気持ちを聞かせてもらわんと、気が済まん。
俺は、山中の机に向かっていった。机の前に立って、睨みつけてると、山中は本から目を上げて、「何か?」と聞いてきた。何が、「何か?」や。と思ったから、大きな声で言ってやったよ。
「山中精次っていうんは、お前か?」