第3話 もう1人の魔女参上
夜も更けた住宅街の道に人気は無い。深夜に出歩いているところを警察に見つかったら注意されるかもしれないが、こんなところをパトロールすることは滅多になく、遭遇するのは天文学的確率だと言っていい。
そんな真夜中の道を雫は慣れた足取りで歩いていく。
ピチョ…ピチョ…
数分歩いたところで、道端にダークマターがいるのを発見した。
「またここか…」
雫は思わずため息交じりの声を漏らす。すべてを憶えているわけじゃないが、どこで遭遇したかはわりと憶えている。この場所はここ1ヶ月で4回目だ。
同じ場所に何度も発生するということは、この近辺は負の感情が強いのだろう。できることなら、その負の感情を突き止めて解消したい。負の感情が強い限り、ダークマターは発生し続ける。自分がやっていることは発生した後の処理に過ぎないのだ。
とはいえ、このまま放置するわけにもいかない。ダークマターを放置すれば、人々の負の感情はより強くなっていく。そしてさらに多くのダークマターを生み……。
だから自分はダークマターを消滅させるのだ。この魔女の力を使って。
雫は“いつも通り”右手を差し出してダークマターに向けた。そして右手が橙色に輝き―――
ゴオォォォ…!!
闇夜に輝く灼熱の炎がその黒い物質を蒸発させていく。そしていつも通りダークマターは蒸気となって宙に消えた。
雫は消滅するのを見届けると、踵を返して家路につこうとした。
「へぇ~~!さすがだねぇ~」
突如、見知らぬ少女の声が上の方から聞こえてきた。辺りを見回しても道に人の姿は見当たらない。
「こっちこっち!もっと上の方!」
キョロキョロ見回していると、痺れを切らした少女の声が。その声の言う通り、視線をもっと上げて横を見ると――
屋根の上に1人の少女が座っていた。ダークブラウンの髪のセミロングに、服装は黒基調のブラウスを着て、白のスカートを穿いていた。
「あなたが黒瀬雫だね。噂には聞いてるよ~、火の魔女が結構活躍してるって」
初対面の名前も知らない子からいきなり褒められたので、素直に喜んでいいのか迷ってしまう。
そんな雫を見て、茶髪の少女は困り笑いを浮かべる。
「もしかして警戒してる?怪しい奴じゃないって。あたしは蒔田沙夜。あなたと同じ、ダークマターを消滅させるために日夜頑張ってる魔女だよ」
沙夜は自己紹介すると、5メートルの高さはあるであろう屋根の上から当然のように飛び降りて、雫の前に着地して見せた。
そのあまりに華麗な動作に雫は思わず見入ってしまった。魔女だからと言って身体能力が必ず上がるわけではないし、自分があんなところから飛び降りたら重傷だろう。
「びっくりしてる!えへへ~、やっぱり屋根の上を選んで正解だったね」
沙夜は自分から照れて頭をさする。どうやらわざわざ屋根の上で見物していたのは、パフォーマンスだったようだ。家の住人は、まさか自分の家の屋根に魔女が座っていたなんて思いもしないだろう。
それにしても、別の魔女と逢うのはかなり久しぶりだ。ずっと1人の存在だったので、同種の人間と出会えればそれはそれで嬉しい。
「ねぇ、あたしとパートナーにならない?」
「え?」
突拍子もなかったので、雫は首を傾げてしまった。何の前振りも無く仲間になれというのは、さすがにちょっと強引というか…。こういう反応をしてしまうのも無理はないだろう。
だが、沙夜の方はそんな反応気にもしておらず、調子を変えずに雫に迫る。
「あたしの魔法って索敵型でさ~、自分で言うのもなんだけど、せっかくダークマターを見つけても、魔法で消滅できないんだよね~。だから今まではナイフ投げたり、ライターで蒸発させたりしてたんだけど……、なんかこう…ちまちましてて魔女らしくないって言うか…」
「それでわたしを…?」
「そう!あなたの魔法って攻撃特化型だから、あたしと相性いいと思うんだ。あたしがダークマターを探して、あなたが消滅させる。どう?」
彼女の言っていることは理にかなっている。自分はダークマターを消滅できても、探し出すことはできない。それを彼女に任せれば、より効率よくダークマターを消滅できる。自分が魔女として活動できる時間は限られているから、効率というのは結構重要だ。
何より、自分が求められているということが素直に嬉しいと思えた。
「うん、わかった」
「おっ!じゃあよろしく!」
沙夜は笑顔を向けると、手を差し出してきた。友情の握手だろうか…。雫もやや恥ずかしそうに手を差し出し、2人は握手を交わしたのだった。