星に逢いにゆく
一応、童話のつもりで書きましたが、だいぶSF寄りかも。
童話ですが、ほのぼの要素皆無です。
いつも同じ夢をみる。
あまりなんども夢にみたので、ああ、これは夢だな、とわかる。
薄ぼんやりとした風景。おぼろげだけれど家の中だとわかる。
ぼくは誰かに抱えられていて、優しく頭を撫でられる。
いやではない。それは不思議と心地いい。誰かにそうされた記憶はないけれど――。
撫でながらその誰かはなにか音声を発する。その音声は家の中の機械が発する音声と同じように、なにか意味がありそうに感じる。
けれど、ぼくにはその意味がわからない。
◆◆◆
少年が目を覚ますと、そこはいつもの部屋でした。
まぶしさにいつものように顔をしかめます。
室内を照らす光は、いつも同じ時間について、同じ時間に消えます。いつからそうなっているのか少年は知りません。いつもそうだから、そういうものなのだろうと思っていました。
少年の起きる時間にはすでに部屋の中が光に満ちている。それは物心ついた頃からずっと少年の日常でした。
少年は朝起きると必ず、家の中の点検を始めます。自分で考えて始めたことか、誰かから教わったことなのか、少年にはわかりません。ただいつもそうしてきたからそうする、それだけのことでした。
家の中のあらゆるものが機械でできていました。少年は言葉を知らず、あちこちに書かれている文字を読むこともできませんでしたが、どこをどう操作すればどういうことが起きるのか、生きていくのに必要なことだけですが、理解していました。
家の中の機械は正常に動いていました。
いつも通りにスイッチを押せば、パッケージされた黄色い粘土質の食料が、いつも通りに排出され、少年はそれをいつも通りに頬張りました。
実のところ、食料と水さえ正常につくられていれば、それ以外のことは少年にとって大した問題ではありませんでした。それでも、家の中の点検を欠かしたことは一度もありません。
少年は左手で自分の頭を撫でました。
日課を終えると、少年は外へと出かけます。家の中にいてもすることがないからです。
明るいうちはお散歩をします。少年のいる星は季節による変化というものがほとんどありません。いつもと同じ岩と土ばかりの風景が広がるのみです。
時折、土の上に絵を描くのが少年の楽しみのひとつでした。
少年のいる星はとても小さいので、絵を描こうと思ったら、ずっと前に描いた絵を消してその上に描くしかありません。足で踏み消して新しい絵を描くと、元々描かれていた絵がいったいどんな絵だったかは、すぐに忘れてしまいます。
しかし、少年がそれを気にすることはありませんでした。
少年は絵を描くことが好きなだけで、あとで眺めたり、まして、誰かに見せるなんてことはないのです。
なんの意味もありませんでしたが、ただ描くことが楽しかったから、少年はよく絵を描きました。土の上に線を引いただけの単純な絵でしたが、一つの絵を完成させると、とてもうれしい気持ちになりました。
少年は左手で自分の頭を撫でました。
暗くなってからは、いつも夜空を見上げてぼんやりとしていました。
夜空はキラキラと小さな星が無数に輝いていて、見ているだけで楽しい気持ちになれました。
少年は夜空を眺めるのが好きでした。
暗くなってから眠くなるまでの間は、いつも夜空を見上げて過ごしました。
まれに、キラキラのうちの一つが、白い尾を引きながら夜空を流れていくことがありました。その様はとてもキレイでしたが、少年はそれを見ると、なぜだかいつも悲しい気持ちになりました。
少年は左手で自分の頭を撫でました。
◆◆◆
ある夜。
少年はまたキラキラが夜空を流れていくのを見ました。
しかし、そのキラキラはいつものようにどこかへと消えていくことはありませんでした。少年の頭上を何度も横切り、それはその度に大きさを増していき、あたりに轟音を響かせながら、少し離れたところへと落ちました。
あまりの衝撃に少年は一瞬、意識を失くしてしまいましたが、幸いけがもなく、すぐに気がつきました。
少年は起きあがると、すぐに星の落ちた方向へと走り出しました。
星は少年の住む小さな星の地面にめり込んでいました。少年の住む星よりも、もっともっと小さな星でしたが、少年が見上げるほどの大きさはありました。落ちた星はもう光ってはいませんでした。
光るのをやめた星はただの球体に見えました。色やその光沢がどこか少年の家の外壁に似ています。触れてみると驚くほど熱くて、少年はすぐに手を引っ込めましたが、見てみると、指先にはやけどができていました。
少年は左手で自分の頭を撫でました。
翌日、日課を終えてから様子を見に行くと、昨日まで星だった球体はもう冷たくなっていました。
少年は、球体の周囲をゆっくりと回りながら、あちこち触ったり叩いたりしてみました。少年の小さな星に外側からやってきたのは、この球体が初めてです。
少年は球体のことが気になって仕方がありません。
しばらく触っているうちに、球体の一部に指先をかけられそうな溝を見つけました。
引き開けてみると小さな扉の中には少年の家にもあるようなボタン式のスイッチがあります。
スイッチを押してみると球体の一部が勢いよく開いて階段状のものがゆっくりと延びていきます。残念なことに地面にたいしてほぼ平行に。
階段は使えないので、少年は家から椅子やらなにやらを持ってきて扉の近くに積み上げて自分なりの足場を作り上げました。足場はやや不安定ながら、なんとかその機能を果たしました。
暗いことと一部屋しかないこと、真横に傾いているため壁に立つしかないことなどをのぞけば、球体の内部は少年の家によく似ていました。ただ、食料や水を生成する機械は見あたりません。
少年は球体の内部を見回していて、ふと気づいて外に飛び出しました。
真横から突き出た――おそらく床に固定されている――椅子になにかが座っていたからです。
しばらく様子をみて、なにもおきないことがわかると、少年はおそるおそる球体へと近づいて、入り口から中の様子を伺いました。
なんの変化もありません。そろりそろりと椅子の近くまで寄ってみます。椅子に座っているものはぴくりともしません。重力に従うまま身体は傾いていますが、ベルトでしっかりと椅子に固定されていました。
長い髪が顔を覆っています。少年に比べてその身体は丸みを帯びていて、少年と違い胸のあたりに膨らみがあるものの、鏡で見る自分の姿にとてもよく似ている、と思いました。
少年は自分と同種の存在というものをはじめて目にしました。なにか言葉を交わそうにも、少年は言葉を持ちません。
代わりに、手で触れてみました。
そのひとの手はおそろしく冷たくて、少年は驚きました。自分で自分の手に触れてみます。そのひとの手に比べるとやわらかくて、あたたかい。
少年はそのひとの肩をつかんでなんどか揺すってみましたが、なんの反応もありません。
――こわれている。
そう感じました。
このひとはすでに壊れて、停止してしまったのだと思いました。
ふと見ると、その手がなにか握っています。紙切れのようでした。
その手から取り出して、広げてみると、なにか書かれているようでしたが、少年にはなにが書かれているのかわかりません。
その手に戻そうかとも考えましたが、うまく握らせることができず、あきらめて自分で持っていることにしました。
球体の中をあちこち見て回って、触って、そうするうちにいつの間にか夜になっていたようです。少年が球体から出る頃には、辺りは真っ暗でした。
いつものように見上げると、夜空には無数の星が輝いています。
この球体も元々はあのうちのひとつだったんだなあ、と少年は思います。
無数のキラキラがすべてこの球体のようなものならば、その中には壊れていないひともいるのだろうか。
自分以外のなにかに会えるかもしれない。そう想像することは、おそろしさもあるけれど、とてもわくわくすることでした。
◆◆◆
それから、少年は毎日球体に通うようになりました。
球体の操作パネルをあちこち触るうちに、どうやらこの球体を飛ばせそうだと気がつきました。
球体を飛ばす、と一口に言っても、そう簡単なことではありませんでした。
来る日も来る日も、転がったり、飛んだり落ちたりを繰り返しました。
操作パネルは椅子のひとのすぐ前にありました。
少年は、椅子の上にそのひとが座っていなければ操作がしやすくなるだろうことに気がつきました。それに、日が経つにつれ、椅子のひとはひどいにおいを放つようになっていました。
少年は椅子のベルトをはずして、そのひとを球体の外に放り出しました。自分よりもとても背の高いそのひとを抱えて、入り口まで引きずっていくのは大変でした。
少年は左手で自分の頭を撫でました。
何日も何日もかかって、少年は球体を思い通りに飛ばせるようになりました。
思い通りに飛ばせるようになると、やはりあの夜空の光に、夜空に浮かぶ無数のだれかに、逢いに行ってみたいと思うようになりました。
水と食料を家から運んで、球体に積み込めるだけ積み込みました。他に準備するものなどなにも思いつきませんでしたが、ふとあのひとが握りしめていた紙切れのことを思い出しました。
これから出会う誰かなら、そこに書かれたものの意味がわかるかもしれません。
水と食料のほかには、その紙切れだけを持って、少年は少年の星から旅立つことにしました。元々なにもない星でしたが、それでも少しだけ寂しい気持ちになりました。
少年は左手で自分の頭を撫でました。
これから自分以外のだれかに逢いに行くのだと考えると気持ちが踊りました。
できるなら、今度は壊れていない、まだ停止していないひとに逢ってみたいと少年は思いました。
慣れた手つきで球体を操作しながら、少年はいつもみる夢のことを思い出していました。
いつもやさしく頭を撫でてくれるひと。
あの夜空の無数の光の中には、もしかしたら、あのひとが住んでいる家もあるかもしれない。あのひとに似たやさしいひとが住んでいる家もあるかもしれない。もしそんなひとに出会えたら、夢でみたように、やさしく頭を撫でてくれるだろうか。
そうだったらいいな。
少年はなぜだか泣きそうな気持ちになりながら、夜空へ向かって飛び立ちました。