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招かれた母・リーリャの部屋は、簡素だ。

揃えられたものは一級品だが、余計なものはない。母とて生粋の貴族令嬢だったはずだ。贅沢をしようと思えば、死ぬほどできるというのに。

ソフィーナの身支度を他の侍女に任せたのか、メアリーが紅茶を入れ、その後退室した。

紅茶を一口飲むと、おもむろにリーリャは口を開いた。


「それで、どこまで習いましたか」


歴史の授業のことだ。


「450年前の建国当時、領地争いにより広域にわたって全面戦争があったこと。勝利を収めたのが、現皇帝のグランネル家。そして我がカルステッド家は、グランネル家と共に戦ったことは学びました」


グランネル家とカルステッド家は、旧知の仲だった。

片方の領地で食糧難があれば食糧を提供し、魔物討伐に苦戦すれば兵力を貸し、持ちつ持たれつの関係を築いて来ていた。

まだ国という概念もあやふやだった頃、全ての領地で助け合えていれば、悲惨な戦いにはならなかったはずだが、全ての領地が平和的解決を望むわけではなかった。

ある時、食糧難を他領を制圧することで乗り越えようとする輩が現れた。外交のようなものは少なく、閉鎖的だったことも相まって、武力には武力でこたえる方法がとられた。これが、いくつもの領を巻き込んだ戦争へと発展していく。


近隣で紛争が起きれば、次はわが身かと、各領地の緊張感は増していった。


「民を巻き込み、多くの被害を出すこのやり方に、グランネル家とカルステッド家は憂いていました。しかし、他の領地間の戦いに首を突っ込むのも、自らの領を危険にさらすことと同義です」


リューナは続ける。


「ある時、グランネル家が立ち上がり、軍事力の弱い領や、戦いを望まない穏健派の領に話を持ち掛けたと聞いています」


ついにしびれを切らしたグランネル家が、カルステッド家と共に和平交渉を行った。

領地への他人の侵入を良しとはしないが、このまま戦いが長引くのは避けたい。各領主たちは非常に悩んだと言う。

しかし、グランネル家当主は非常にカリスマ性の高い人物であった。

各領主たちの不安を払拭していき、やがて、彼についていきたいと思わせるほどの信頼を獲得した。

そこからは早かった。武力、食糧、医療と各領地の得意な分野での協力を仰ぎ、カルステッド家を筆頭に、守りに徹していた彼らは苦渋の決断で攻めへと転じる。

結論を言ってしまえば同じ武力での制圧ということになってしまうが、ずるずると長引くことを考えれば、民間人の被害が最も少なく済む決断だったと、リューナは思う。

カルステッド家は全面的にグランネル家に協力していた。


「やがて広域な領地を全て交渉、もしくは武力交渉により収めると、カルステッド家は献身的な協力体制と貢献度により、公爵の地位を賜ったと」


リューナが知る建国の歴史では、国の頂点となるグランネル家には異常なほどのカリスマ性があった。他の領地と協力するという考えの少ない時代に、それをやってのけたグランネル家は皇帝になるべくしてなったと言っても過言ではない。以来、グランネル家の血筋を持つ者の中でも継承権の高い者、もしくは圧倒的支持を集めた者が次期皇帝に任じられてきた。


おおよそ学んだことを話すと、母は重たそうに口を開いた。


「当時、カルステッド家はどのような立ち位置にいたと思いますか」


唐突な問いに、リューナは少し考える。


「歴史を学ぶ上では、それほど名前は出てきませんでした。あまりにもグランネル家の功績が大きすぎます。建国において献身的にグランネル家を支えた家、というのが世間での認識です」


――だが、その程度で。リューナは再び口を開く。


「しかし、不自然です。僕の感覚的な話になってしまいますが、カルステッド家の現在ポジションは変です。建国時、ここまで献身的にグランネル家を支えておきながら、現在の政治や、特に次期皇帝の後継者争いにおいては常に中立を保ち、ほとんど口を出すことはありません」


そう、過去、リューナは学園を卒業した16歳の頃から、彼は父に連れられて王宮に頻繁に出入りするようになった。後学の為、というのが理由ではあったが、父が自らの意志を公にし、賛成を募るような姿は一度たりとも見なかった。

自らの考えのない公爵、というには、存在感のある男だ。男も女も、後宮では自らを守るために必死に動く中で、彼の寡黙な背中は印象に残っている。

そして極めつけは、皇帝陛下にお会いした時だ。「我が子は可愛かろう」なんて冗談めかしながら言う皇帝へ、沈黙を貫いた父。もちろん可愛いですなどと答えられた日には度肝を抜かれていただろうが、それよりも、皇帝の問いに対し沈黙を貫くことは不遜な態度ではないだろうかと疑問を持った。この場で罪に問われたりしないかとリューナは非常に焦ったことを覚えている。

しかしそれを気にする様子もなく、その後外交の話を続けたのだ。皇帝陛下の目には、父に対する信頼のようなものを感じた。


大々的に動くわけでもなく、政治に強く関与することもなく、後継者争いで誰を押すこともない者を相手に、持てる感情だろうか。他に何か功績を挙げているのか?


そして、リューナが過去に殺された日のアルランスの言葉。

最初から彼はリューナや、母、妹を殺すつもりでいた。そして、「女だと知っていれば」という発言。女であることで回避できた事件だと仮定する。男になることのリューナのメリットは、カルステッド家を継ぐ権利を得ること、ただ一つ。憶測にすぎないが、これはアルランスの個人的な感情ではなく、家柄や家督相続に関係があるのではないだろうか。


「これほど揺らがぬ地位を確立するには、歴史に散見されるカルステッド家の功績では足りないと思うのです。例え一時、献身さから重宝されたのだとしても、グランネル家のカリスマ性をもってすればカルステッド家と同じように貢献した家も多いはずです。近年においても何か大きな功を成したわけでもありませんよね?」


リューナにとって、カルステッド家の疑問を解消することは、アルランスに繋がるヒントになるはずなのだ。

食い気味に母に詰め寄ると、彼女は小さな唇から溜め息を漏らした。


「よく、考えていますね。今日はもう寝なさい」


開いた口からは、求める回答などはなく、退室を促す言葉だけが放たれた。




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