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ゲルドから魔物討伐同行の許可がでた。
そうと決まれば、早速準備だ。
実をいうと、リューナは過去、初めて見る魔物を前に、怪我を負った。
14歳当時、小柄なりの戦い方を身に着け初め、ゲルドに褒められることで調子に乗っていたことが原因だ。自らの実力を過大評価していた。
ゲルドとの授業は、決してぬるいわけではない。しかし、魔物討伐の相手は加減など知らぬ魔物。人間を、殺す気で襲ってくるのだ。自らが生き残るために。
初同行でも、木刀をもって、後方で様子をうかがうことが条件だった。しかし、数が多く、回り込まれ対峙しなくてはならなくなった。襲い来る驚異的な魔物の威圧感に恐怖し、つま先一つ動かせずに魔物の爪をその身に受けた。
それから三日三晩熱を出し、ソフィーナに泣かれたのだ。
「今考えると、定期的に眠り込んでるな、俺」
つぶやきながら、屋敷へ戻る。
今回のゲルドの同行許可によって、分かったことがある。
以前経験したことと、まったく同じように時間が進むわけではないことだ。
リューナの行動次第で、未来が変わる。
この事実は、大切な人たちを守るための、希望の光だ。
夕食のために部屋の扉を開けようとすると、カチャリ、と銀食器の小さな音がした。
入室すれば、もう食事の用意は整っていた。
母と妹がすでに席についている。父ヒューバーの席は、今日も空席だ。
リューナは5歳になるまで、母と共に食事をしたことはなかった。妹が生まれた人生の転機の日からだ。家族での食事が始まったのは。
メアリーはなぜか泣いて喜んだが、食事中の会話の内容はごくわずかだ。
今日は何を学んだのかと問われ、リューナも母を探るような視線で見つつも、事務的な回答をするのみにとどまっていた。
ヨイショの天才と揶揄されていたリューナですら掴みどころのなかった母が、だんだんとわかってくると、リューナの心持ちも変わってくる。
「母様、今日はゲルドと剣術の稽古をしていました。腕力がないのが悩みでしたが、工夫一つで変わるものですね。魔物討伐の同行許可をもらいました」
珍しく、リューナから話題を振ると、母は視線だけをこちらへ向けた。
「にーさま、まものって?」
「とっても怖い生き物のことだよ。もし見かけても、ソフィはすぐに食べられちゃうから、逃げるんだよ」
「たべるの!?」
好奇心で聞いた内容が、予想よりも怖いものだったのだろう。
コロコロと表情の変わる妹が可愛らしい。
「まもの、こわいぃ」
「そうだね。兄様がソフィをしっかり守れるくらい強くなるから、安心してね」
よしよしと宥めるように言うと、ソフィは向日葵が咲くような笑顔になった。
すると、黙々と食事を進めていた母が手を止める。
「体調は、変わりないのですか」
少しの間考え、先日の庭で倒れたことを指していることを察する。
「……はい、もう回復して元気すぎるくらいです」
「そう。迷惑がかかりますからね、また倒れるようなことがないように」
「はい。ご心配をおかけしました」
言い放つ母に、リューナはニコリと笑む。美しいプラチナブロンドと、深海のような青の瞳は、彼女の無表情と相まってどこか冷たい印象を受ける。
――母は、ツンデレというやつか? いや、クーデレか?
などと考えていると、ふとゲルドの発言を思い出した。
「母様、お願いがあります」
「言ってみなさい」
「小型の、剣が欲しいのです」
なぜ? と言わんばかりに、訝し気な視線を向けられた。
「ゲルドに助言を頂きまして。今の僕の戦い方には、その方が合うだろうと。魔物討伐は後方にいますが、戦いにならないとは言い切れません。護身用です」
「……用意させましょう」
「ありがとうございます!」
頼んでみるものだ。
リューナが母・リーリャに頼みごとをしたことは初めてと言っても良い。
外商マン人生でも、二度目の貧民街生活でも、一方的な願いをすることはなかった。相手の為になることならいくらでもしていたが。もしお願いをするとしても、彼にとってはWin-Winの関係となることが前提となる。
リーリャの心の内を読み切れていなかった彼にとって、頼みごとをし辛かったのが本音のところだ。
「母様、質問をしても良いですか?」
「良いでしょう」
母の許可を待って、リューナはつづけた。
「歴史の勉強をしていて、わからないところがあります」
一呼吸おいて、彼は死ぬ直前、強く疑問に思っていたことを問う。
「我が国……グランネル皇国の建国に関するところで、初代カルステッド公爵と皇族の関係について、お聞きしたいのですが」
ピクリ、とリーリャの手が止まる。
「場所を変えましょう」
リーリャの視線が、リューナの背後を向く。
後ろに控えていたメアリーが意図をくみ取り、空いた食事を下げるよう侍従に命じた。
そしてソフィーナの近くへ寄ると、
「ソフィーナお嬢様。そろそろ、眠る準備を致しましょう」
ニコリと微笑み、ソフィーナの退室を促す。
妹の退室を見届けてから、リーリャが立ち上がった。そして、そう何度も入ったことのない、母の自室へ招かれたのだった。