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尻もちをついたリューナを前に、ゲルドは腰へ木刀をしまう。

それから、ふっと息を吐いた。


「坊ちゃん、本当に急に、強くなりましたな」

「弱いなりに、戦い方を考えてみただけだよ」

「ほう」


リューナは尻の土埃をぱんぱんと払いながら、立ち上がった。

またしても敗北。そう簡単にゲルドに勝てないことは身をもって知っていたが、今回のリューナの急激な変化は奇襲をかけた状態に等しい。

ゲルドの勘の良さ、経験値の高さを改めて感じる。そんな彼が、未来ではリューナと同じ成人を迎えたばかりのアルランスに敗北するのだ。もしあの未来と同じような状況になった時、ゲルドを上回る強さを持っていなければ、繰り返すだけとなる。


ぎりっと歯を食いしばっていると、ゲルドの笑う声が聞こえてきた。


「その強さの求め方は、良くないですなあ」

「……どういう意味だい?」

「いいえ、何でも」


何やら意味深な言葉を言われ、リューナが首をかしげる。

追って言及する前に、ゲルドが言葉をつづけた。


「もし、今の戦い方をするのであれば、剣は小ぶりにした方がよろしい。今の木刀も決して重くはないが、刀身がある分、正統派です。坊ちゃんの今の戦い方は、まるで暗殺者に近い」


リューナはゲルドの、豪快だが、決して下品ではないところに好感を持っていた。

しかし、普段の様子とは違い、これは、剣士の顔だ。


「なぜ……?」


リューナが問う。彼にとって、先ほどの戦い方は身体的ハンデをカバーするための動き方だ。


「体の小さい者が、大きい者と戦うためにはいくらか工夫が必要です。一見すれば、坊ちゃんの動き方は正しい。ですが、坊ちゃんの先ほどの目は、まるで暗殺者のソレだ」

「……ゲルドを殺したいと思って戦ったわけではないんだけれど……」

「はっはっは、そんなことは百も承知ですよ。あなたは私ではなく、誰か遠くにいる人物を見ている様子でした」


歴戦の剣士というのは、一太刀交えれば相手の考えが分かるという。ゲルドも、そのたぐいの人間か。

侮れないなあ、とリューナは心の中で苦笑する。


「そういえば坊ちゃんが寝込んでいた三日間、部屋にこそ入られませんでしたが、奥様が何度も扉の前まで様子をうかがいにきていましたよ」

「えっ」


唐突な話題転換に驚く。そして、母の不器用すぎて伝わらない愛情に、笑みがこぼれた。


「そうだったのか。それは、気づかなかったなあ」

「ソフィーナお嬢様は、何度か寝ている坊ちゃんの上に飛び乗っていたと聞きましたがね」

「気づかなかったなあ!?」


幼いなりの起こし方だったのだろうか。

昨日、結局リューナは妹が泣き疲れて眠るまで、ずっとそばで頭を撫でてやっていた。

四度人生を繰り返しても、女の子の泣き止ませ方は学んでいない。上品なおばさまの喜ばせ方は自信があるが……それも、外商としての肩書きがあったからこそではある。


「坊ちゃん、この間、魔獣討伐に同行したいと仰っていましたな?」

「?」


魔物討伐。各領地を治める貴族の義務だ。

この世界には魔物がいる。その種類は、多種多様。小さなネズミのようなものもいれば、獰猛な獣のようなもの、異形の姿のものまでいる。共通するのは、地下に住処をつくり、食を求めて地上へ出てくることだ。

数匹程度なら問題はないが、群れで動くものは厄介で、人里の集落を食い荒らしたという記述もある。

領主は危険な魔物から領民を守るために、討伐隊を編成し魔物討伐へと向かうのだ。

討伐隊には二種類あり、領主が自ら編成した討伐隊と、領主が他貴族へ委託した討伐隊がある。

リューナのいるカルステッド領は前者で、ゲルドはリューナの教師となるときに討伐隊へ入隊した。


「今はヒューバー様が討伐隊を指揮されていますが、後々坊ちゃんが指揮することになるでしょう。一度、その目でご覧になると良い」


確かに、過去、リューナは魔物討伐に同行したいとゲルドに言っていた。男として後継教育を受けると決めてもなお、母の態度があまり変わらなかったことに功を焦ったからだ。


だが、リューナが討伐隊に初めて同行するのは、14歳の春のことだ。

予想外のゲルドの提案に、開いた口がふさがらない。

それまでは、何やかんやと理由をつけられ、同行を許されたことはなかった。


「ヒューバー様には、私からお伝えいたします。3日後、定期調査がありますので、参りましょう」

「父様が、許可するかな」

「ええ。今日の坊ちゃんの動きを見て、問題ないと判断いたしました。とはいえ、後方で様子を見るだけですからね」


なるほど。心の中で納得する。

魔物討伐の同行は、常に剣術を教えるゲルドが一定の水準を満たしたと判断することが条件だったのだ。


「ゲルド、ありがとう」

「いやいや、坊ちゃんの努力の賜物です! はっはっは、今日は私も晩酌でもしますかなあ!」

「お酒強くないんだから、ほどほどにね」


大声で笑いながら、ゲルドは帰路についた。





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