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よく晴れた朝。大きな窓から木漏れ日が差し込む。

サラリーマン時代の休日は、社用携帯にかかってくるお客様からの電話がモーニングコールだった。そして要件を聞き、たいていは飛び起きて出社。「今お店にいるけど、あなたどこにいるの?」と聞かれ、「少し外に出ておりまして、10分頂ければ参ります」と謎の嘘をつくのだ。独身を謳歌していた彼は、ついに会社から徒歩5分の立地にマンションを借りた。


サラリーマン当時使っていたベッドと遜色ない寝心地の良さに、もうひと眠りしようとまぶたを閉じる。しかし、ゴロゴロと何度か寝返りを打つと、再びぱちりと目を開いた。

朝陽の影響か、ブロンドの髪がキラキラと一層輝いて見える。丸い瞳は、深い青。男とも女ともとれない中世的な幼い体を、むくりと起こした。


公爵家の子息として生活する彼の着替えの手伝いができるのは、乳母のメアリーだけと決められていた。なぜなら、彼――リューナ・カルステッドは、カルステッド家長男として公表され、教育を受けているが、彼の持つ性別は、女だからだ。


「これから、さらしなしじゃ生活できないくらい膨らむんだよな」


リューナは自らの胸に手を当てると、小さくつぶやいた。

女らしからぬ発言の原因は、彼の心は前世に引きずられ、男のままだからだ。


幼い姿に戻る前、成人をちょうど迎えた頃の記憶が、彼にはある。

成人にもなると、リューナの体つきはめっぽう女らしくなっていた。

胸だけでなく、筋肉の付きにくい柔らかい体。幸い身長は高い方だったが、それでも男連中と並ぶと細見で小さく見える。そして何度願っても生えてくることのなかった大切な息子。

その代わりに、女性特有の月経には悩まされた。月に一度のペースで頭痛と腹痛、眠気が襲ってきて、ズボンに血がつかないかと冷や冷やするのだ。通っていた学園の授業の一環で、山に登った時。ついにズボンに血がつく感触がした。リューナはその血痕を誰にも見られず隠すために、猪を見つけわざと鮮血が飛沫を上げるように狩り、夕食にしようと微笑んだのだ。

普段穏やかで、誰にも分け隔てなく接する美男子として人気を博していたが、返り血を浴び微笑む彼の姿に、鮮血の王子という二つ名がついたのは恥ずかしい話である。


「あれはやりすぎだったなあ」


学園時代を思い出してぐっと頭を抱えた。恥ずかしい。

リューナは身支度を一人で済ませると、ベッドの脇に立てかけてあった木刀を持ち、公爵家の持つ演習場へと向かった。


演習場へ到着すると、リューナの持つ最後の記憶よりも若い巨漢が、待ってましたと言わんばかりに立っていた。

赤みを帯びたさわやかな茶髪は、邪魔にならないよう短く整えられている。

一目で鍛え上げられた肉体だとわかる、がっしりとした体つきは男のあこがれだ。

一見強面な彼だが、武骨な態度は一切取らず、丁寧な剣の指導のできる男だ。

この時、彼は王の近衛騎士団を訳あって引退したばかりで独り身だが、2年後、リューナが10歳を迎える頃、将来の伴侶となる女と出会う。彼の子どもが生まれるのは、またその10年後。そして子が生まれる前に、リューナを守るために死んだ。


「ゲルド、お待たせ」

「坊ちゃん、今日は鍛錬日和ですなあ」

「はは、お手柔らかに頼むよ」


ふんっ、と良い音をたてながら木刀を一振りする巨漢に、苦笑が漏れた。


母、妹、ゲルド、メアリー。過去に戻った今、守りたい人がいる。

無実の罪で父が処刑された理由も、解明しなければならない。

親友アルランスの真実も。

そしてなにより、転生せずに過去に戻った理由が、最大の謎だ。


そのために、リューナは以前よりも、強くならねばならない。

幸い前回つけた知識や、小さい体で戦うための知恵はついている。あとは、この体でどれほど戦えるのかを確かめなければならない。今日は、そのための演習だ。

剣の達人のゲルドと、ちゃんと試合ができるようになったのは16の頃だったか。それでも3割の確率で一本取れるようになっていた程度だが。


「師匠、お願いします」


リューナは一礼すると、木刀を構えた。

対するゲルドも、リューナの雰囲気が変わったことをすぐに察し、即座に構える。


巨漢を相手にするには、体格差がありすぎる。パワーでは勝ち目がない。

ならば、体勢を崩すか、一撃で急所を突くか。ともかくリューナはゲルドの攻撃をまともに食らってはならない。そのために必要なのは、相手をかく乱する素早さと、自分の力を最大限上乗せする工夫。


「はっ」


リューナは短く息を吐くと、一気にゲルドとの間合いをつめた。

並大抵の剣士なら、この時点で目標物を見失っていただろう。しかし相手はゲルド。

一瞬後れを取ったものの、持ち前の経験値で即座にバックステップを踏む。

リューナの先制攻撃は、空振りだ。しかし、リューナとて避けられることは想定済み。大きく振った剣の遠心力を活かして、今度は左へ飛ぶ。


「ほう」


ゲルドの口から、思わず感嘆の息が漏れた。

彼にしてみれば、昨日までゲルドの雑なフェイントにも引っかかっていたような少年が、急成長を遂げたのだ。先日庭で高熱で倒れたと聞いたが、何かに取り憑かれたのでは……とよからぬ想像をするが、すぐに集中力を取り戻す。

考え事をしていては、足元をすくわれる。ゲルドは、たった8歳の少年相手にそう判断した。


横に飛んだリューナが、すかさず切っ先を向けてくる。

それをゲルドがいなすと、更に距離を縮めるように、リューナが一歩前へ踏み出した。

小柄な少年に腕の内側に入られては、腹や足を切られかねない。切られた場所によっては重症、もしくは即死だ。パワーのない優れた剣士は、徹底的に急所を狙ってくる。昔戦場で会った女剣士で、身体の構造を全て理解しているような戦い方をする女がいた。彼女は首か、心臓を狙うことが多かったが、心臓は骨に守られることも多い。ゲルドのように腕力のある男なら力技で倒せるが、彼女はあばらを避けるように、斜めから刃を刺すのだ。その剣技は美しいとすら思ったほどだ。


「坊ちゃん、急にどうなさったので?」

「ちょっと、ちゃんと強くならなきゃと思って、ねっ」

「それはそれは」


ゲルドはにこりと笑いながら、腹に向けて切りかかってくる木刀を受け止めると、ぐっと力を入れて振り払った。その衝撃でリューナは後方へ吹き飛ばされる。


馬鹿力め! リューナが心の中で毒づくと、ゲルドはにやりと笑った。

このパターンは、まずい。リューナが更に後方に下がろうと足に力を入れるが、想像するよりも自らの体は思い通りに動きはしなかった。

そして、次の瞬間には握っていたはずの木刀が宙を舞い、リューナは地べたに尻もちをついた。






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