表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/45

3



リリアンナがリューナという名を授かったのは、妹の誕生の日のことである。

その日を境に、リリアンナは美しく輝く金色の髪をバッサリと切り、女性的なものを一切身に着けなくなった。

もとより乳母メアリーの好みで着せられていたものだったので、心は男な彼にとって、さほど問題にはならなかったのだが。当時仕えていた使用人は、信用のおけるものだけを残して一掃された。残ったのは主治医と、執事長、庭師、そしてメアリーだけだった。


「何が起きたんだ……」


全身鏡の前でへたり込んだリューナは、もちもちの幼い頬をつねってみる。

じわりと鈍い痛みが頬に広がった。


「死んだら、次の人生になるかと思ったのに」


ふと、最後の剣の痛みを思い出し、リューナは胸に手を当てた。

一切ふくらみのない胸。まだ8歳なのだから、当然と言えば当然だ。女だったことも夢なのでは、と今度は視線を下におろしてみる。そっとズボンのゴムを引っ張ってみると、やはりこちらも何もない。


「さすがについてるわけない。馬鹿か」


「リューナ坊ちゃん、お食事のご用意ができましたよ」


扉の外から聞こえたメアリーの声に、びくりと反応してとっさにズボンから手を放す。

反応がないのを変に感じたのか、部屋の扉を開けてリューナの顔をのぞくメアリーに、はははと謎の苦笑いをした。



◆◆◆



食事をするために部屋を移動した。テーブルには病み上がりにも優しい、野菜たっぷりのスープが置いてあった。

そういえばひとつ前の人生では、調味料も開発して食文化をめちゃくちゃ促進させたな……と、心の中で考える。

席についてスープを飲もうとスプーンですくうと、バタバタと焦ったような足音が近づいてきた。

リューナがスプーンをおいて振り返る前に、ぐいっと右腕を下に引っ張られる。すかさずスープがこぼれないよう、もう片方の手で器を抑えると、小さな影が視界に映った。


「ソフィ?」


見知った姿に声をかけると、白金色のふわふわの髪の毛が揺れた。

なかなか上を向かないので、リューナが椅子から離れ、片膝をつく。


「ソフィ、久しぶりに、かわいい顔を見せておくれ」


あの日、あの襲撃を受けた日、リューナはかわいい妹を守ることすらできず、それどころか遺体を埋めてやることすらできなかった。

その後悔が、妹の姿を見ることでより強く押し寄せる。


ソフィーナの頬を優しくなでてやると、ようやく彼女は顔をあげた。

目にはいっぱいの涙をため、唇に力を入れているからか、梅干を口いっぱいに含んだような顔になっている。


「にーさま、もう眠っちゃ、いや!」


いやいやと掴んだ腕を上下に振るソフィーナ。よほど心配してくれたのだろうか。

そういえば、以前同じようなことがあった。熱を出して庭園で倒れ、三日寝込んだ。起きるとソフィーナがもう寝るなといって泣くのだ。それをなだめるのに、かなり時間を要した。まるで、あの日の出来事を繰り返しているかのような感覚に陥る。


――ああ、本当に。俺は同じ人生を二度繰り返そうとしているのか。


なぜだ? 死ぬことで新たな人生を始めることはあった。しかし、繰り返したことはない。

死に方がキーなのか? 39歳、排水溝でないと新たな人生に進めないルールでもあるのだろうか。

ぐるぐると頭の中で考え込むと、カタリと背後の扉が動く音がした。

反射的に視線を向けると、閉まろうとするドア。その奥に、妹と同じプラチナブロンドの髪を持つ、女性の後ろ姿。


「母様?」


つぶやき程度の小さな声。それが遠くを歩く母に聞こえるはずもない。

リューナが起きたことを聞きつけ、様子を見に来たのだろうか。声をかけてくれればよいのに。思うが、何も言わないのが母らしいとくすりと笑みがこぼれた。

前回の時は、回復後に母の姿を見ていない。

この愛らしい妹を慰めるのに必死で、扉の音にも気づかなかったのだ。

ふと、ソフィーナをかばうように庭園で息を引き取っていた母の姿を思い出す。


そうか。リューナは胸のつかえがすっととれたような気持ちになった。

母は決して、子どもたちに愛情を持っていなかったわけではないのだ。

激しい男尊女卑、男児しか家督を継げないルールがあるこの世界において、男児を産み育てることが母の生きる意味だったのかもしれない。

リューナが、人に求められることを生きがいとしているように。


「ソフィ、泣き止んでおくれ。かわいい顔が台無しだよ」

「やー!」


滅多にわがままを言わない妹が、駄々をこねる。

その姿を更に愛らしく思い、同時に、リューナは強く思った。


時が戻ったのならば、母と妹に、二度と同じ運命をたどらせはしない、と。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ