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80 シタデルの書籍

あと1話か2話で終わります。



「おおこれか。どれどれ」

「まだいかんち。みんな集まってからじゃぞ。ガギロンはん」


テーブルに置かれた分厚い古書を開こうとしたテガギロン=バーサダー。オトメが待ったをかけた。


ここはオガサワラの森の奥にあるちんまりした建造物のテラス。物好きにも屹立する巨木の太枝に建てられたおり、子供なら一度は夢見る秘密基地然としていた。登る階段もなければ梯子もない。そもそも獣道すらない深い場所。訪れる者は、専用の転移陣で来るしかない。オガサワラで一番高い場所なので、遠くから見ることができる。


窓をながめれば、数キロの距離を保って歩行する4つの歩行都市(シタデル)があった。ひとつは先頭を行くレブン。3つは、左右と後方を取り囲むシタデル。戦勝し傘下に収めた仲間たちだ。3基はいずれも返り討ちにした敵だ。


シタデルの戦いにおいての勝者は通常、敗シタデルを階層に取り込み、住民を隷属化するものである。だがレブンは、オガサワラのときと同じく、税と権力を掌握するにとどめ、”弟分”として、扱っていた。


シタデル同士の戦いは巨大なほうが勝つ。人間同士の戦闘では、乗り込む戦士が多いほうが有利だからだ。だが、ルミナス=グルームの”腕”による直接打撃が戦いを一変させた。シタデルそのものを兵器とする、シンプルな発想の転換だ。


レブンは、オガサワラを相手どった戦法を踏襲と、ハングライダー隊による上空制圧を基本戦術とした。シタデル戦の常識がくつがえった。


他のシタデルにはない”スキル”を持つレブン。攻撃に特化して空襲に長けたオガサワラ。他シタデルに出向いて仕掛けることはなかったが、襲いくる敵は容赦ない挟撃で撃破する。敵はみたこともない戦法に震撼した。鉾を交える前に勝利を確定させる。


”バミューダ”は、巨大でカラフルなシタデル。30階層あるオガサワラの頂上からでさえ見上げるほど巨大だ。つい先週傘下に収まった”シェトランド”は戦いを好まない文化人のシタデルだが、レブンにしかないスキルシステムを渇望し、無茶な戦いをしかけてきた。いずれも圧勝だった。


気が付けば5都市の軍団まで成長。他を寄せ付けない勢力だ。これに仕掛けてくる敵は、よほどの覚悟をもつか超巨大な敵であろう。歩調を合わせて移動する影は海を往く艦隊。いや、それをはるかにしのぐ威容をみせる。


オトメの胸には知らず、誇らしい思いが込みあげる。オガサワラの未来を大きく変えることになった、唯一の敗戦となったレブンとの戦いを思い出す。時がたったいまでも思うのだ。敗北してよかったと。


「みんなというがなオトメ殿。こうした書物に興味が持ってる文明人は、キミと私とセバサ殿くらいなもの。べつにちょっとくらい先に読んだところで減るものではなかろう?」


いい年をして、ごねるガギロン。かつて最高権力者のもとで暗い仕事を担ってきたと噂されるが、オトメはウソだと決めつけてる。待ちきれず、地団太を踏み、古書をにらみつける姿は好奇心旺盛な老研究者。いや、オモチャを待ち焦がれる子供にしかみえない。


「抜け駆けはいかん。わたしとてガマンしよんよ。(リハード)はんとハンペイにも声かけとる。レブン=オガサワラ連盟代表のふたりじゃ。まぁハンペイはこんじゃろが、リハードはんなら」


かちゃりとドアが開いた。ティーセットのワゴンを押しドアをくぐってきた紳士は、かつてグルーム家に努めていた執事セバサだ。


「レブン産のハーブティをお持ちしました。それにジャガイモのシュガーポテチです。ルミナスさまが偲ばれるお茶請けですな」


「セバサ殿っ。あなたはもう執事ではないち。いつもゆうとるじゃろ。気を遣わんでええんじゃ」

「好きでやっておりますので。それと統王陛下(リハード)さまは辞退する旨、連絡がありました」

「リハードはんが辞退? こんのか。なんでじゃ」

「バミューダでリゾートだそうで。水着でダイビングだ。と、わずかな共をつれて朝から出かけて行ったと」

「あんお人は……5つのシタデルを束ねる”大王”の立場をわかっておらんのか」

「来ないものは放っておけばいい。しからば始めようか。ハンペイ殿はこんな集まりに興味がない人だ。はじめようオトメ殿。ほれほれ」


シェトランドにある下層の人の住まない町から古の文献がみつかり、レブンとオガサワラの識者の手に渡った。ほとんどは、機知の情報や、古い日記。価値がないとはいわないが、急ぐものではなかった。だが一冊だけ、きにかかる内容か書かれたあった。


「はあ……わかったわかった」


しかたなく、オトメは破れが目立つ書物を開いた。


「おおお。これは……」


3人の目の前にある書物は、シタデルが生まれた事情が記してあった。


「やはり”大絶滅”でしたな」

「……ほにほに」


噂としては、どこにもあった言葉が、具体性をもって人の目に触れる。

”二酸化炭素”の増大による気象変動。地球にとっては数ある変化のひとつに過ぎなくても、過去5回の大絶滅は、表面の生物のほとんどを死滅に追いこんだ歴史をもつ。


99%の生命が消えたり、星そのものが氷漬けとなったり、大陸がひとつになったことで、想像を絶する灼熱地獄を招いたり。


各気温ゾーンでは、その気温と気象に適合した生物がぼっこする。気温が変化すれば、気象も大きく変動し、そのゾーンの生命は生き伸びることが困難となる。


6度目の大絶滅は人類の手によって緩やかにおこった。

エネルギーを得んがため地下にあった二酸化炭素を解放する行為。人は環境破壊と呼んで、CO2をなんとか減らそうと努力を重ねたが、星にとっては些細な問題にすぎず、すでに、後戻りはできなくなっていた。


大気の高温化。ある地域では多湿。別の地域では乾燥。大雨と洪水と山火事が多発。

地上は人の住める気温でなくなっており、平均気温45度は、空調システムで耐えられる限界を越えてしまう。


「次だ早くっ」

「……わたしはまだ読んどらん」

「遅すぎるっ!」

「ガギロンさま。あまり急かすと本が傷みますぞ」

「わかってる」


掠れたり、破れたりする植物性紙の書物。

オトメは逸るガギロンを無視して、傷めないよう、そっとページをめくっていく。


荒れ狂う海。海面は50メートル以上と危険なほどに上昇し、かつて島と呼ばれた地面はことごことく水没した。これ以上海が侵入しないよう、大陸を高い壁で囲い決して近づくことのないよう、あらゆる道路を破壊する。。


人類は、涼しい空中に活路を見出すことにした。

地上1000メートル都市。シタデルの登場である。


互いに流用できるよう、技術共用とOSの規格統一が進む。万が一故障したり、機能停止に陥ってもほかのシタデルに転用できるようにパーツをナノマシンとして無駄を削り取った。高い山。深さのある谷。高低差を活かして世界中に1000ものシタデルが作られた。


地球の大気は、主に窒素(約78%)、酸素(約21%)、アルゴン(約0.9%)で構成されている。これに比べ、温室効果ガスの二酸化炭素やメタンは、わずかしかない。21世紀初頭で、二酸化炭素は通常0.04%程度。21世紀の半ばには、0.08%まで増えてしまってる。


人類は、シタデルの建造とともに、この二酸化炭素の除去も検討。

生まれたのが、グレイグールだ。


二酸化炭素を吸って酸素を吐く軟体生物。核分割して増殖する単細胞生物。一定量を体内に取り込むと。毬藻のような核を残して解ける。発生させる静電気をシタデル歩行の電力源とした。


「……このへんは難解すぎるな」

「図解だらけで見易くなっとるんじゃろうが。半分もわからん」

「ルミナスさまなら、もしや」

「ほう。あの坊主をずいぶん買ってるものだな。主家への忠誠か」

「ないとはいいませんが。あの方はなんと申しますか。木から落ちてからというもの、別次元の方になったんのではと思えるのです」

「次……めくるで。ここから紙が当たらしい。あとから追加したの」


時が進んだ。


当初のシタデルに技術差はなかったが、開発社の住むシタデルは進歩が止まらない。地上から離れてしまった以上、資源のもとめ先は限られる。大気。太陽。そしてシタデル。資シタデル同士の戦争が始まった。限りある源源を奪うため。強者に強奪に抗う力を貯えるため。古いタイプのシタデルから犠牲になっていった。


勝利しては相手を飲み込み、そのたび階層は高くなっていく。みせびらかすように高積みされていく。高い階層は強者である証となり、敵へのけん制でもあった。荒んだ戦いにより共倒れも頻発。人類。資源総数とも、激減していった。


巨大な国は互いに潰しあい1000年。世代が進んでいくと、シタデルがなぜ造られたか知るものはいなくなった。現在101階層のマンハッタンが頂点に君臨する。


「いかに愚かな戦いだったか、わかるな。シタデルの数は、20から30しかない」

「マンハッタン。噂には聞いたことがありますが。正直、出会いたくありませぬな」

「同感じゃ。これでちょっとだけスッキリしたの。なぜシタデルができたか、すこしだけ腑におちた。ふぅ。こん書籍はほんまもんの学者に研究してもらおうかの」


ガギロンが奪うように書物を抱え込んだ。


「私が、彼らのもとにもっていこう」

「じいさん。ネコババすんなよ」

「何をいう。研究熱心な若者たちに混じって歴史を掘りかえすことくらい、スリリングな仕事はない。キミたちのように興味本位だけの人間ではないのだ」

「数多の若者を退けてきた御仁のことばだけに、説得力がありますな」

「言うな。若者キラーは5歳児に敗北して廃業だよ。いまは歴史探索。老いぼれの余生に過ぎた娯楽だ。ではなっ」


ガギロンは老いぼれとは思えない軽快なスキップ部屋から飛び出すと、鼻歌を唄いながら転移陣に消えていった。


セバサは座りなおすと、ぬるくなったお茶を飲み干した。優雅な所作で茶葉を漉し網に取り出すと、ポットの熱い湯を、オトメのカップへと注いだ。爽やかな香りがたつ。


「ティーポットでたっぷりつくるお茶もよろしいですが、一杯ずつ漉したお茶もよいものですよ」

「うん。匂いごといただいてるようじゃき。うまい」


同じく自分のティーカップにも注ぐ。


「久方ぶりに(サンガリ)さまのお顔をみたくなりました。ルミナスさまを思い出したせいですかな」

「うちもイゾーのシケタ面が懐かしくなった。……テーブルマウンテンは、ここからなら近いな…………雨雲の雨を搾り取ったらマスターに進言するか。アディラなら反対せんじゃろ」

「マスターをアゴで使うのですか。時代ですな」

「むしろ喜ぶで。立場柄、私情を抑え込んどるが、ルミナス大好き少女だったからの」


あれから10年。ルミナス=グルームたちがレブンから降りて10年という歳月が流れている。息苦しさはあったとしても食と安全が保証されたシタデル生活から野外へ去った物好きたちの顔が浮かぶ。


「腰ぬかすであいつら(・・・・)、シタデルてんこ盛りじゃきの。へへへっ」

「……そうですな」


飽きれて言葉もでなかった。オトメはあのときのことを回想して、声だけ笑った。

セバサのあいづちも陰鬱になる。


未知なる地上に降りたいという無謀が通ったのは、彼が特別な存在だったから。

望めばどんなことも叶えられたはずだ。うはうはハーレムでも、金銀財宝でも。働くこともない生涯すら保証される。どんな無茶だってリハードは実現しただろう。仮にリハードが反対したとしても、結果は同じなのだ。彼の望みをおしとどめることは不可能。誰かが反対したとしても実力で手に入れられる。実力で停止できる人間などいないのだから。今も。


だが彼は、レブンを後することを望んだ。

100人の物好きが同行した。

まったく足りない人数だ。


地上にはどんな危険があるか誰も知らない。古来の書籍にあるのは当時の情報。今を映してるわけではない。生を脅かす未知の何かがあれば人など消し飛ぶ。未知数地域を開拓のするには1000人でも足りない。何名が生き残れるか。いや何日生き長らえることだできるか。命の保証はなかった。


「ルミナスさまの夢の跡を見届けるときがきた。わけですな」


オトメがシュガーポテチをつまむ。パリり。


「このシュガーポテチ。あんま甘くないの」




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