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夕飯あとの団らんタイム。

俺は、ぶらぶら遊ばせた足を止め、父に切り出した。


「ちちうえ。もじのべんきょうをしたいんですが」

「ぶ――――っ!」

「うわっ」

「なんだっ」

「父上、汚いっ」


レリアのお菓子を、どうにか飲みくだそうと、お茶をひと口含んだ父。それをすべてぶちまける。小粒入りの霧が対面にいた俺たちを襲った。カンの良いマルスは素早く退避、おっとり気味のトマスは、顔を直撃。端っこにいた俺は、隣に座る母にかばわれ被害なし。


「文字を習いたいと聞こえたようだが。むろん、聞き間違いであろうな!」

「サンガリ」


眉毛を寄せた父は、激怒と困惑のまざった口調で聞き直す。俺を胸倉をつかまんばかりの勢いを、母がとりなす。なにかしら反応を想定はしてたが、ここまで狼狽するとは。


噴飯物で汚れたテーブルを拭きにきたチネッタが、感情のない目で一瞥していく。

おそらくは。よけいな仕事を増やしてくれましたね。スキルのことは言うな。どちらかだ。両方という可能性も高い。


ますます面白い。


「そういいましたが?」

「文字は、文字とは……。誰かに、たぶらかされたのか?」


言い淀んでるな。

べつに、誑かされたわけじゃない。涼しい顔の執事を睨んでもムダだぞ。

しいていえば、チネッタだが。本音はべつのところにある。


「ひまなもので」


本音だ。左右に娯楽だらけの日本育ちに、ここは退屈すぎる。

剣しかすることがない。それも午前の数時間のみ。正直、気が滅入ってくるのだ。

学校もなさそうだし、外にも出してもらえない。

アリの行列やカタツムリの親子に感動できるはずもない。

なにかしら、他の刺激が欲しいのだ。シプナスを刺激するような。


「ひま? そんなことで文字を? 読書きの先には……分かって言ってるのか」


知ってますよぉ。スキルですよね。父は、その一語にためらいがあるようだ。

だから俺も言及しない。こういう掛け合いすきだよ。チネッタ睨むなって。

種の飛ばしっこみたいで。


「ほんをよみたいなと、おもってます。そういうものですよね」


苦虫をかんだような顔。それが返事だった。初めて見たよ。

外野はといえば、トマスは困惑。マルスは苦々しく。

レリアは泣きだしそうで。フレッドは……母に寄りかかって居眠り。大物だ。


「もじをおぼえるのが、そんなにわるいことですか? ははうえは、まいにち、みんなのよていをあれにかきこんでますが」


黒板のある玄関のほうを指さした。母は読み書きできる。なら俺ができてもいいじゃなかというアピールだ。


「うむ。ローランは大商人の娘だからな。幼いころに叩き込まれた。だが我が家では文字をそれほど重要視せぬ」

「なぜです?」

「下級貴族は領民を統べることが責務である。ほぼそれで生涯をすごす。食糧を作り、決まった分を受け取り、決められた分を、国に治めるだけのこと。領民は字を知らぬ。上級貴族への納は物量でわかる。サインの名前さえ読めて書ければ事は足りる」


珍しく長文ですね父うえ。


「”ほん”とはなんだ?文字が活躍する場は家系図や台帳くらいだ。あと戦時の命令書だな。子供が読んで楽しいとは思えぬが?」


なんといった?

本を知らない?


「ほんがないのですか? むかしのえいゆうや、しんわをつづったものがたりです」

「神話に英雄譚は、金子を払って街で聞くものだ。盛り場か広場にいけば、吟遊詩人たちが喜んで詩ってくれよう。だが物語は、聞くたびに中身が変わる。そのたび、貴重な羊皮紙に書き連ねるというのか。そのような奇特な上級貴族は知らぬな」

「そういうものですか。ではごらくをかいた、はなしというのは」

「ない」


ないってアンタ。まいったな。取り付く島がない。

文字がってより、スキルを体感してみたいだけなんだ。

半分はヒマつぶしだし。一から本をつくるとか、そこまでの執念はない。


「なによりもだ。上級貴族に目を付けられのが面倒なのだ」

「きんし、してるんですか?」

「表立ってはしてない。だが文字を読書きできるという情報は、すぐに知れ渡り、目付人が飛んでくる。対応が面倒なのだ」

「……なる」


部屋をさりがなく見渡した。フレッドを抱きあげたチネッタの目が、不自然に泳ぐ。

文字の重みとスキルとが、ようやく、繋がったな。


貴族。いや上級貴族のスキル独占だ。下級貴族や平民どもが、スキルを覚えると困ることがあおこる。優秀な下っ端が増えると、統治が難しくなるからな。

知識が向上するだけでも、インパクトがある。それが直に能力に繋がってるときた。


たとえば圧政に対する反乱だ。兵士しかもってないはずの重火器を、そこらの農民も手にしてる手ごわさ。現代、地球の各地で沈静化しない動乱をみれば、明かだ。


つまり、便利道具レベルのマーキング程度でなく、武力に繋がるスキルも、あるということ。それこそが、文字を広げない最大の理由だ。あれ、突破口にできそう。


「ちちうえ。もしかすると、もじがよめないのではありませんか?」

「何を言う! そんなことはないぞ。ローランよりも読めるしキレイな字が書ける」


食いついた。この人、字がよめないか、苦手だ。


「そうですか。ちちうえがじをよめないから、そんなつくりばなしをしたんだと、おもったもので」

「ば、バカなことを。落ちぶれたといえ、元をただせば我が家は上級貴族。読書きができないなんてありえん」

「そうですよね? ちちうえはりっぱなかたです」

「う? うむ。わかればいいのだ」

「ならそれを、しそんのぼくにもわけてください。えらいせんぞにならい、こどものぼくも、もじをおぼえ、ぼくにこどもができたときには、つたえたいとおもいます」




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