72 15階層
少し時間は戻ります
1階から13階、全ての階層を乗り越えついに、ここ14階層をも攻略した。
前にあるのは15階への転移陣。こいつに、うちゃっと載れば15階層だ。
たぶんそこにはダンジョンはなく、2つの転移陣が待つ。
5階と10階のキー階がそうだったので、15階も同じだろう。
スペシャルスキルを貰って外に出るか。マスターになる最階上に登るか。
上層かダンジョン外か。行き先を、自分の未来を選ぶのだ。
俺は拳を硬く握った。
「あー。感慨にふけってるところ悪いのだが、とっとと済ませないか」
「リーリもアディラに同じ意見です。レブンの危機なのです急ぐのです」
「お前らね。あんだけ苦労したんですよ。ちょっと振り返ってもバチはあたんないでしょうが」
みんなを見回した。というかチビだから見上げた。
疲れの浮いた表情ながら自信が滲んでる、その顔、顔を。
カナリアゲゲリーと愉快な仲間たち。
ダンジョン制約のせいで行動を共にせざるをなくなり、
以後、なし崩し的に仲間になっちまった。
俺、こんなの多いな。
ゲゲリー護衛のひとり。忘れもしない俺がゲゲリー地下牢で、鞭打たれたとき、一番楽しそうにしていた男。俺のスキルに手も足も出なかった男が、偉そうに腕組み。
「ちょっとだけ付き合いますか。アディラさま、リーリ様。こんなグルーム幼児でも我らのリーダーですから」
でめぇ。
「1分ですますぞ。私からだ。6階層の沼とワナ。次っ」
「私ですな。7階層のパーティ縛り。5人以上が攻略条件でしたな。次」
「では。8階層の転移……2人組で手分け、上がりまくりましたね。次」
「リーリです。9階。弱いけど数が多くて途切れないゴブリン集団。次」
投げやりかッ。
でも、思い出す思い出す。思い出してきたー。
一番しんどかったのはどこか。誰かに訊かれたら6階、と俺は答える。
5階から見上げたときの、低いと高いがあるなーっていう天井の高低差。
下からみて低い部分は、6階じゃ沼地だったのだ。
深さ3メートルで、広さは30メートル四方ほど。
水中におわすはワニカバのモンスターだ。あれはマズイ。ひと口でかみ殺される。
沼には道があった。水芭蕉で有名な”尾瀬”みたいに細い板の道だ。
道を塞いで特大の宝箱が置かれてた。
宝箱は大人の背丈くらい大きく、つるりとしてとっかかりがない。
跳び越せないこともないが、ここにも立札があった。
『飛ぶこと・跳ぶことを禁止する。破ったら撃ち落とす。解除してススメ』
宝箱は、往く手に点々と8個もあった。
「カナリアの出動だ!」
「グル子はさっき、リーリを無視するようなこと言ってたです」
「気が変わったんだ」
カギはついてない。ゲゲリーの命を受けた護衛が、ギィと上蓋を持ち上げると、
宝箱は盛大に爆発した。俺たち全員、風圧で吹き飛ばされる。
「うぎゃっ」
「おわーー」
「た、助けて……」
沼の中から口を開けて待ち構えるのは巨大なワニカバ。ありゃだめだ喰われたら、ひと口でかみ殺される。
どうにか板道に捕まった俺は、急いで、【基本家屋】の”床(1/1)”を創り出す。
周囲には俺を中心としてフローリングの床が現れる。だいたい20畳くらい。
なんとかみんな、落ちずに済んだな。悲鳴がした。
一番跳ばされたの箱を開けた護衛が、床のギリに指だけでこらえてる。
落ちそうになってワニカバがすぐそこに迫る。
喰われる直前、【粘着糸】で捕まえることができた。
助かったが。”床(0/1)”に。この方法はしばらく使えなくなった。
俺の、【粘着糸】で、どうにかしのぎきったが、
もしも、元の世界に戻っても、一生、動物園には行かないだろう。
このときのお宝は【回復】スキル。オーブではなく直接に【回復】を所得。
おかげで全員、怪我には縁がなくなった。まあ。俺が複写した【回復】を渡せば済んでいた話なんだが。なんか、無駄に死ぬ思いをした。
8階の転移陣は、転移先に魔物がうじゃうじゃ。
これもしんどかったっけんだけど、足場があるだけ楽だったよ。
感慨深いなぁ……。
「ジャスト1分。14階すべてふり返ったな。載ろうとしよう。行けルミナス!」
俺の感慨は打ち破られた。
「行けってアディラっち。俺ってリーダーじゃないんですか」
「そうだ。だから載れ!」
「……はい」
べつに転移陣はひとり乗りってわけじゃなく2~3人はイケる。
俺、アディラ、ゲゲリーが載って光に包まれ、感慨もなく15階層に到着。
「ここから先は通せませんな」
「何をいう。通すのだ」
「キミは自分が何者か記憶を失っている。よくぞ意識を保っているものですが。ここまでですな。あそこから外に出てもらいます」
「誰が行くか。上に行くのだ」
子供と高校生が言い合いしてた。ピンクがかった黒髪で丸顔童顔なのが高校生。
奇妙に落ち着いており、身体的特徴がみあたらないのが子供のほう。
アディラがおしえてくれる。
「リーデンタット=スプラードと、あの小さいのは知らんな」
鼻水ブランの兄ちゃんか。どこか似てるな。
「子供が誰か、アディラっちは知ってますか?」
「いや本当にわからない。だいたい、キミたちグルーム兄妹以外に子供が紛れているはずはないのだ。道中、残っている可能性として考えたのは、モガーマイト=ゲマインナーとその護衛くらいだが」
「ゲマインナー? 誰でしたっけね?」
「キミの記憶もたいがいだな。マスターになると息巻いてたバカがいただろう」
「いたかも。アディラっていうバカが。イテ叩くな!」
こいつ。手の早さに磨きがかかってきてる。
しっかしあいつ。邪魔だよな。やっとここまできたってのに。
マスター云々はどうでもいいが、地上に降りるチャンスがつかめるかもしれない。
通せんぼは、レリアだけで十分だぜ。
「いると思ったんなら、いるかもですね」
「なんだそれは? 待て。相手の正体が分かってないんだぞ」
「たたけば分かる」
「ルミナス。急いてやしないか?」
「べつにいそいでいませんよ」
俺は、つかつか、そいつらのとこに行った。
礼によって、まずは立札だ。今度のは文字がずば抜けて多い。
最上段には、でかでかと。
―― 右:最階上への転移陣 左:ダンジョン外 ――
その下は、細かく各種説明がぎっしりとだ。保険の契約書か。
転移陣さえわかればいい。俺より10センチほど背の高い子供の前に寄った。
子供は、貼り付けた笑顔で陰気に語る。
「なんだねキミは、おや、グルームの子倅か。生き長らえておったとは、悪運かダンジョンの恩寵か。後者ならもっと相手を選ぶべきだね。いずれにせよ」
見た目と声は、疑いようもない子供。
だが湿り気とでもいうか、仕草からにじみ出る幾重の異なる空気が、
老練な大人であることをむき出しにしていた。
そして、笑顔にも疲れたとばかりに、貌から表情が落ちる。
「ここは通せんな。我が主の命により、そう決まっているのだ。スキルを貰って外に出るがよい。悪いことは言わん。そうでないと……」
「ああうるさい。リーデンタット=スプラード!」
俺は高校生を指さして、負けじとめんどくさそうに、怒鳴ってやった。
「え……お、お、私は、そうだ私はリーデンタット! 思い出した。思い出した!」
例によって効果は劇的。
この人すげー。記憶なしでこんなとこまでたどり着いたのか。
「邪魔をする気かね。たくさん従えて強気になってるぼくちゃん。外に出るなら見逃してもいいんだがね」
「邪魔する、つーか邪魔はどっちだ。俺の目的は上なんだよ。通してもらおう」
「身の程知らずって言葉を教わらなかったか。サンガリ殿は教育もできんとみえる」
「身の程知らずはどっちかね。どけ」
俺は【粘着糸】で、くるもうとしたが。
相手は半歩早くそれを避けた。見えてるぞ!
避けたそこに盾をだして、3方を取り囲む。
よーし。
「逃げ道は塞いだぞ。お前こそ外に出ろ」
取り囲んだ盾をさらに狭め、転移陣に押し付ける。
お客様、お出口はダンジョン外です。
子供が転んだ。転移陣に落下……かと思ったら、体が浮いて落ちてかない。
こいつ【浮遊付与】スキル持ちか。うへぇ。
それでもいい。まだまだやってないことは多いんだ。楽しませてもらおうか。
リーデンタットが怒鳴った。
「キミは、ルミナスか! 俺が名前を忘れたのは、ドッグタグのせいじゃない。思い出した事を忘れさせられたんだ! 気をつけろ! そいつは人の記憶と気分を操る」
何を言ってんだ。意味が分からない。
この後聞いてやるから。詳しくはWEBでってな。
「人の忠告は聞いておくものだ子倅。【行動操作】」
ドーン! といういささか間抜けな効果音で、頭を衝撃が突き抜けた。
力がぬけて、転倒しそうになる。
【浮遊付与】で体を支えようと――
「あ。めんど」
――その気が失せた。
俺は転んだ。くるんくるんと。壁に当たって止まった。
立てばいいんだが。
「立つのめんど」
なんだ。心に体がついてこない。意識はあるんだが、気合が入らない。
これはいったい。
「だから言ったんだ!」
「【行動操作】の3。戦意喪失して攻撃できなくなる。それどころか全てのやる気がなくなるのだな」
なんだってーーー!?
怒りふつふつ。このやろ、なんてスキルかけてくるんだ。
こんなの、やる気がなくたって、思考さえ生きてればいくらでも。
「あーめんど。寝る」




