6 ぶらルミナス
剣は午前中の、それも長くて2時間くらい。
修行が終われば、することがなくなる。
父もヒマではないので、子供につきあえるのは精一杯という。
日によっては、父がいないときもあり、そんなときは自習ではなく、修行がなくなる。
休みだな。
今日は父も、うざったい母もいない。
母よりうざいマルスは、朝一で家を飛び出し、遊びにでかけ、長男のトマスは父にかわって野菜づくりだ。嫡男はたいへんだな。
俺も、当然ヒマを満喫。
待ってました。時間ができた。
どうしても、たしかめないと、いけない。
「あれですよ。やね。いやてんじょう」
「ああ。天上のことか。現代マスターのおわす宮殿だが」
「てんじょう。きゅうでん」
天井ときいたが、違うニュアンスでの回答。そして宮殿。
父の回答が、これだった。
空のずっと高いところ。目測だが、100メートルは上空にある天井。直径にすれば、500メートル。いや1000メートルはあるだろうか。
そして北側にそびえる物体は、これまた新宿都庁か、ドバイのビル『ルジュ・ハリファ』という、中世異世界には似つかわしくない巨大な搭だ。
搭を中心に据えた天井は、周囲12本の支柱がささえる円形構造。
つまりここの住人たちはみんな、風通しのいいバカでかい建築物の軒下で、家を建てて作物を育て、暮らしているのだ。
「シタデルはマスターを従え、王は国を統べる。我々貴族は王のもと民の暮らしと国の発展を担うものだ。レブンが国の名だな」
シタデルというらしい。国のことだ。
周囲1キロほどの、狭い国。それがシタデルで、そのうち、いま俺がいるシタデルが”レブン”ということ。
「したでる。王。もっとおしえてください」
「あえて教わることではない。生きていれば勝手に知っていくことだ。それよりも剣。戦いに備えることも、貴族の使命である。天啓である星動剣を極めよ」
話はそこで打ち切られた。
あまり雄弁な父ではない。言うべきことがあれば、言葉をつづることがあるが、興味ないこと、用事のないことは、めんどうがる人だ。俺のほんとの親とはだいぶ違うな。
初日の修業は、ずっと木剣を振っていた。
シタデルってなんだ。国ってなんだ。
マスターは、人間には感知しないのか。
マスターがおわす宮殿ってどうなってんだ。
そこへは、どうやっていくんだ?
王と貴族も気になる。
疑問があとから沸いてくる。
夢にしては常軌を逸してる気がした。想像の斜め上をいきすぎてる。
俺の欲望をみたすなら、もっとこう、等身大で女子に囲まれてる。ハーレムとはいわないが、一人二人は、好みて年相応の女性が接近遭遇してもいい。
中世でもRPGでも、とっくに直接のアクションがあっていい。
ダンジョンに潜るとか、草原でスライムに遭遇するとかしてる。剣で斬ったり魔法をぶっ放して消滅させたり、冒険者登録し、宝を捜し、仲間をあつめて王に謁見。
ほとんど農家みたいな貴族の三男として、目的らしい目的もなく、剣の修行をさせられてるなんて、夢でも駄ゲームでも事態だ。
あの搭に近づけば。直にみて、触れることができれば、なにか糸口がつかめるかもしれない。夢なのか死後の世界なのか、それとももしかして……
翌日の午後。めったにチャンスが転がり込んだ。
ぶらり、おしっこでもするふりで庭にでた。
「じしん。まただ」
地面が揺れる。じつはこの世界地震が多い。揺れ方も大きく、時間も長い。
隣地との境目が、石塀とかで区切られてる。
これはまぁ普通だが、所有地の内側も細切れに仕切られてた。
まだある。
なんと屋内でも一部の仕切りが細かかったりする。
部屋は当たり前だが、そうじゃなく、たとえば戸棚の中。
作り付けの戸棚が、コップは一個ごと、お皿は一枚ごとに、動かないよう仕切られてるのだ。某『引っ越し丸ごとパック』の段ボールかよと、ひそかに突っ込んだ。
不思議だったが、そのすべてが地震対策と思えば納得できる。
ゆさぶりが激しさは、物どころか、地面さえ動きかねない。
畝のごちゃ混ぜ対策なんだろうな。マジ土地ごと動きかねないから。
これは……震度5プラスってところか。いつも以上に大きくて長い揺れ。
俺は、地面に這いつくばって、収まるまでひたすら堪える。
家の中には、レリアやフレッドがいる。
怖い盛り6歳と4歳なのに、悲鳴ひとつあがらない。
どれだけ慣れているんだ。お、止んだか。
やっと収まったか。ふぅ――。
手についた土をぱんぱんと払って、見回す。倒れたものは、ないな。よし行こう。
門から出て、左右を見る。狭い道路、いや通路だ。人が二人すれ違える幅しかない。
石と土で大人の胸くらいまで盛られた塀が、左右どちらとも20メートル先でT字路となって視界が塞がれる。そこから、左右に折るようだ。
「めいろだな」
上を見上げた。迷わないよう、出る前に搭の位置を確かめて……。
ん?
太陽ってあっちだっけ?
方向がずれてるような。
「ルミナス! おもてにでてはだめなの!」
たたたっと、前にまわりこんで、とおせんぼする人がいた。
あちゃー。レリアだ。
地震など無かったかのような元気ぶり。
小さな両手をめいっぱい大きく広げ、俺の行く手を阻む。
「ちょっとだけです。そこまで」
「ダメなの。お外は、めいろだし、まよいのもりもあるから、わたしたちは、ひとりででちゃダメなの!」
一生懸命さがとても幼気。かわいすぎる。
こんな妹がいたらなーなんて、一人っ子アニオタの妄想しそうなキャラだが、
やることを邪魔されるのは、少々むかつく。
できれば突破したいのだが、これがけっこう手ごわい相手なのだ。
一歳という時間は、幼児には大きく、なかなか超えられない成長差がある。
レリアはまだ6歳なのだが、5歳の俺より背は高く身体が重い。
フレッドのオモチャを壊したと言いがかりをつけられ、ケンカ、というよりじゃれあったときは、乗っかられて動けなくなった。走っても負ける。すべての基礎能力でこちらを上回ってるのだ。情けないが現段階、組み伏せられる自信がある。
だが。
俺はどうしても見たい。搭まで行って直に確かめたいのだ。
ひょっとしたら、この、儚いはずの世界の謎が、解けるかもしれない。
よし。この際だから、健気な姉にも巻き込まれてもらおう。
「ひとりだと、だめなんですか?」
「うん。ダメ」
言質はとったぜ。
「じゃあ。ふたりならばいいんですね?」
「ふたりぃ~?」
そうだ二人だ。さあどう答える?
「レリアとふたり。ひとりじゃないからだいじょうぶ」
「うーん……」
考えてる。考えてる。うっしっし。
本気で幼児を論破しようとする、大人げない大学生がいた。悪いかい。
「うん。ふたりならダメない。いく!」
「いきましょう! うげっ」
レリアの手をとって走り出そうとした俺。
だが誰かに襟を捕まえられる。喉が締まって変な声がでる。
「どこへ行くのでしょうか。ルミナスさまレリアさま」
チネッタかよ、ここで!
こいつ真面目なんだよな。
それに、なんでだろうか。どことなく苦手な意識がある。
「お外は危険と、奥様がおっしゃっていたのをお忘れではないでしょうね。屋敷の外は路が細かに入り組んでます。迷子になりにいくようなものですよ。とくにレリアさま?」
「なに?」
「ルミナスさまを引止めするのが姉のレリアさまでしょうが。お目付け役が、いっしょになって外に出ようとするなんて。奥様にお報せしなくてはいけませんね」
「……むぅ」
「そんなことよりも、お菓子づくり途中では無かったですか。焦げてしまいますよ」
「あーそーだったあ!」
俺を置いてけぼりにして、すたたたーと、レリアは行ってしまった。
なんて軽いんだ。お菓子だと。どうせ、いつも失敗するくせに。
残されちまった。見下ろすメイドと目が合う。
やはり苦手だ。つい目をそらした
あまり話したことはないが、固い女性という印象だ。
業務に真面目、掃除洗濯家事全般をそつなくこなし、母のいいつけには特に忠実。
俺たち子供らの世話は、たいていはチネッテがやってくれる。
ことになにか悪さを企むときの出現率びお高さは見事。
完璧なタイミングで現れては、事前に阻止してしまう。
融通がきかない。執事のようにアイドリングな部分が皆無だ。あのマルスでさえ、メイドには黙って従ってる。いたずらを仕掛けたなんて話はひとつも聞かない。
「はぁぁ。姉をたぶらかすとは、ルミナス様には飽きれるだけですねーぇ」
ナチュラルに吐きだされる言葉に、ため息が被せられる。
誰もが、罪悪感に陥れられる。チネッテの常とう手段だ。
とくに子供は、この手の心理攻撃に弱い。気分的に負けてしまい、すごすご退散するしかなくなる。
けど俺は子供じゃない。本当の歳は18歳で、この娘と同じだ。
女性のトークにはさんざんやられてる。
その程度のオーソドックスワザでは、分厚くなった心の壁は突破できない。
でも実力行使では、絶対勝てない相手。仕方ないか。
「こまらせて、わるいとはおもってます。引きさがるとします」
今日のところはね。
次のチャンスを待てばいいだけ。
俺は、待てる大人なのだ。
「目が、あきらめていませんね。これは糸をつけておかないといけないようです」
バレテーラ。