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59 試練のダンジョン 3階 前編



転移陣の輝きが消えた。3階に到着したのだ。暗いそして狭い。

ぐーぐーと、ずっと鳴りやまなかった腹の虫が、大人しくなった。


死にそうな空腹感がキレイさっぱりなくなって、

むしろ、軽い朝食後のような、ほどよい満腹感があった。


「勢いでまかせて食べなくてよかったですね。満腹で動けなくなるところでした」


【コロボックル】の足で歩行可能にしたバッグをパンパン叩く。

デカいカエルが落とした30キロ入る収納バッグだ。

中身はパン、それと少し肉。


「不用心だ少しは警戒しろ。階層が上がるほど魔物も強くなる」

「用心してますよ。先頭の”ゲゲリー”が」



見通しの悪い通路。先頭に立つのはウィゲリーリだ。

首から上と腰から下を解放し、足の生えたダルマ状態。

鞭は窮屈な手に持たせた。捨てるのなんだし、取り上げてしまうとこちらの荷物。

カバンに入れるのも違うと考え、妥協の結果だ。

魔物にささげる生贄のごとく、とことこ先行させてる。


「……」


攻撃も防御もできないが、転ぶこと、叫ぶことはできる。

気に入らない敵を有効利用。人身御供仕様と名付けたい。


「人呼んで”炭鉱金糸雀(カナリア)シフト”です」


かつて、防毒マスクや送風機の存在しなかった鉱山では、

カナリヤを入れた籠を、3羽ほど持ち歩いていたという。

品種改良により多くの種類があるなか”本種”はよくにさえずる特性をもつ。

空気変化に過敏で、異常があれば鳴き止んだり行動が変になる。


「ったく。死なせてやったほうが親切だとさえ思えてくる。かつてガルモグ家の恨みを買ったグルーム家。一端を見た気がするよ」


炭鉱の目的は毒ガス検知。ダンジョンじゃ魔物検知となる。

薄いガスなら死の危険は少なかったろうが、暗がりで魔物ばったりは……。

公平かつ人道的な執行猶予である。


「はっはっは。かいかぶりです」


やらかしたのは、サンガリの爺さんで、俺ではない。

まったくの他人としか思えない古きゴシップ。

血がつながってるんだろうが、子孫にはいい迷惑だ。

魂的にはマジ他人だし、わりと本気で興味がない。

なんて、家族には口が裂けても言えない。言わないけど。


「……いつもこうなのか? キミらの弟で兄のこいつは」

「うーん。ルミナスは考えなし?」

「おりこうさんにみえるけど。みえるだけー?」


意外だ。なんという低評価。

さすがの俺も泣くぞ。 ORZ

レリア、フレッド。この涙目を見ろ。


「……」

「……」

「……」


潤んだ瞳で悲しみをアピールしてたら、葉が擦れるような音がした。

パーティカナリアがうなった!


「はがッ! 上です! セミ!」

「セミだと?」


黒と灰が混じったずんぐりした飛行物体が、天井ぎりぎりを接近してきた。

赤ちゃんアザラシくらいの敵、たしかにセミっぽい。


「飛ぶ魔物か。フレッドは上空防御。レリアッ」

「わかってるよー」

「ルミナスは、いじけてなさい」


指示をだす。が、みんなのほうが、素早かった。

フレッドが、大きな盾を斜め上に構える。

盾の先から指先ほどの鋭利な金属を発射、魔物の下腹へ当たった。

刺さらないし、ダメージ微小。というよりゼロっぽい。


だがセミの攻撃目標が、ウィゲリーリからフレッドへと移った。

左側へ転進したセミの腹部が、無防備にもさらけ出される。

レリアが【火魔法】を放つ。火の弾だ。

いわゆるファイアボールが、わずかに的を外れる。


中心からハズレるも、胴より薄く燃えやすい羽根に着弾。貫通した。

孔の開いた片翼に火が点く。数秒のうちに燃え広がって羽根は焼失した。

飛行不可能となって落ちたセミの魔物は、

ばたばた、片翼をはばたかせ、床をぐるぐる周る。


「とどめッ!」


アディラっち槍の餌食と消えた。

《カブト蝉を倒した》

狭い通路にアナウンスが響く。


「フレッド。タゲ取り上達したなー」

「えっへん」

「でも、3人で攻撃したから、SPは無しになったな」

「がーん! なんで手ぇだしたの、アディラっちぃ」

「それはつい。……おいルミナス。”アディラっち”が定着しそうなのだが? 視線を逸らすな!」

「苦言を呈されてものう。拙僧のせいではござらんし」


猛獣に目を合わせてはいけない。


「気持ち悪いしゃべりをするな! キミのせいだろうが」

「立札です。暗くて読みにくです」

「あれをみてください! すばらしい! 立札がありますよ!」

「なにが、すばらしいだ。……追及は後にするが、私は根に持つタイプだからな。覚えておくといい」


誰が覚えるものか。自慢だが、俺は忘れっぽい。

立札か。このダンジョンで初めての出現。進んだ突き当りはT字路。

いかにも、右か左か選べという風の、ポジショニングだ。

なんて書いてあるか。

”ゲゲリー”に並んで、暗くて見づらい文字に目を凝らし、読んだ。


「”チャンスだ。武器を選ぼう。右は攻撃主体で左は防御主体だ。後戻りはできないぞ!”」

「ふざけるな! ちゃんと読め」

「読みましたが、なにか?」


一字一句、そのまんまなんだが。


「ウソをつけ。キミの言うことはなにも信じられない。どけ自分で読む……」


怒りボルテージの上がったアディラっちは信じてくれない

立札を遮る位置になってる俺は、俺の肩をつかんでどかすと、

わざとらしい大口で読み上げた。


「チャンスだ! 武器を選ぼう! 右は攻撃主体で左は防御……」


耳を真っ赤にして、ぷいと横を向いた。

あらら。照れてんの。かわいいじゃねーか。

そんなアディラっちと、俺の間に二人組が割り込んだ。


「どう? わたし、まだ文字がかんぺきじゃないの」

「ルミナス、ウソだったー?」


レリアとフレッドよ。あまりツッコんでやるな。

この年代の若者は、いと傷つき易い感性とプライドで成り立ってるんだ。


「ふむ……ごほん。武器と防具を選択するということだ! 私の見立てではな!」

「はいはい。”見立て”ですね」

「うるさい!」

「へぇ! ぶき」

「せんたくー?」


からかうのはほどほどに、あまり解ってないふうの二人に、かみくだいて説明。


「武器は剣とか槍のこと。魔物をやっつける方法ですね。防具はうーん。いまは盾のことをいってるのかな。フレッドのスキルみたいに、守りを固めるかんじです」

「?」


それでも、かわいく首をかしげたわが姉弟たち。

カナリア”ゲゲリー”も、考えてる様子で、腕を窮屈そうに動かす。

アディラっちは黒い瞳を細めて顎に指をあてた。

彼女に浅黒い肌が、うす暗い通路で、より黒くみえてる。


「私は武器を強化したいが、安全に攻略したいなら防御重視。後戻りできないというのが、ネックだな」


そういうことだ。攻撃か防御の二者択一。

不足を補うべきか、得意を強化すべきか。

いま、偶然にもパーティを組んでるが、ソロを意識して選ぶことになる。

いま状況なら防御一択。長い目でみれば”いのちをだいじに”だ。


「それで右と左、どっちへいきます? 俺は左を推します」


俺は攻撃に関して、いろいろな手段がある。

いっぽう、守り方面には自信がない。

【盾】スキルを持ってるには持ってるが、フレッドほどに使いこなしてない。

いろんな防御手段を知って強化しておきたい。序盤のいまがベターなのだ。


「右だな。攻撃を充実させたい」

「わたしも右。【火魔法】通じないまものがでたらヤバい」

「ぼくみぎ。まもるほうがあってる」

「……左です」


うそ。意見が真っ二つに割れたとか。というより、ほぼ全員が攻撃だ。

防御を選んだのは、ん??  げげっ”ゲゲリー”だけ。


「そうきたか。わかった。多数決で右ですね」


仕方ない。攻撃は最大の防御ともいうし。

スキルの使い方を工夫することで、対応するとしよう。

防御はその中で、身に着けて……


「キミら二人は左へ行けばいい」

「きみ、ら?」


どゆこと?


「私たち3人は右へ進む。ウィゲリーリは微妙だが、せっかく5人もいるんだ。パーティとしての攻略を考えるなら、得意分野を分けて補いあうべきだ」

「いや、だって……」


そのときカナリアが警報を鳴らした。


「背後から魔物です。熊みたいです」


ひとり静観して、周囲の警戒を怠らなかった成果といえよう。

ダッシュしながら【浮遊付与(フロートバッファ)】で身軽に接近すると、

小柄な熊を【バット刀】でぶん殴る。


「やったか。うわッ」


一撃で沈まない。バットは爪で受け止められた。

熊の反撃。ガラ空きになった脇腹に、なんと蹴りを入れてくる。

熊が蹴りだって? って驚いてる場合じゃない。


つかまれてるバットを手放し、【脚力増強(フットワーク)で蹴って離れるが、

完全にはかわしきれずに、横腹をかすられた。


「っぶねー」


攻撃は痛くないし、ダメージもない。

チェックはしないが、代わりに、どれかスキルカウントが減少してる。

おそらく【土魔法】あたり。

距離をとれたのはラッキー。こいつとの接近戦はリスクが高い。


「セーフティな遠隔攻撃といえば、やっぱこれ!」


粘着糸(バンジーシルク)】を網状に発射する。

即効性はないが、動きは確実に止められる。もはや伝家の宝刀。


絡みつく糸。はぎとろうともがく熊。

クモ糸は粘るものだ。しかもこれは普通の糸より丈夫で切れにくい。

苦し紛れに爪をふりまわしてくるが、そんなん通じるか。

熊の視界と動きは徐々に、鈍ってきてる。よーしよし。


とどめは、これで。


床に落としたバット刀を拾い、構えなおした。こんどはじっくりと。

腰を大きく後ろにひねる。サブスキル”一本足打法”を発動する。

やったーか? いや熊は健在。一発で倒せないって。ツ、強エェ。


でも状況は変わらない。糸にまみれて動けない。

どんなに強く頑丈だって、数うちゃ倒せるぜ。

安全圏からのワンサイドゲームを続行。

2発、3発……5発目。ようやく沈黙。破片となって消えていった。


《ミニグリズリーを倒した。SP 2ポイント取得》


「はあ、はあ。ふぅ――熊だけあってしぶとかった。知床のオッサンに敬礼だ」


日本で熊は、国内最強の猛獣だ。

そんなヒグマにむかって、コラって追い払う知床のオッサン。

恐怖もあるだろうに、それを押し殺した度胸の一声。脱帽しかない。


「なんのことかわからんが、さすがだな。そこそこ苦戦しても支援の必要を感じない」

「……そりゃどうも」

「さすがルミナス。わたしの弟!」

「ねぇお腹すいたー。クッキーたべていい?」


レリアが抱きついてくる。対して、てのひらをひろげるフレッド。

この腹ペコ幼児が。俺は2個クッキーをあげた。一人で食うなよ。

あと【コロボックル】バッグはそっちに任せたほうがいいな。


「ぐずぐずしてたら全滅してしまう。姉弟たちは……任せろ、というより私のほうが弱いから頼ることになるが、上手な連携で勝ち進むさ。それと、片をつけてこい」

「かたをつける?」

「出口で合流しよう。そら行った行った!」


せかされるまま、T字路を左へ曲がる。

「おいっ」とと後ろをふり向くが、もう、道はなくなっていた。

通路は石壁で塞がれ、後戻りができなくなっていた。

ついてきたウィゲリーリが、ぽつんと立ってるだけ。


「余韻もなにもあったもんじゃないな」


ぶつぶつと前を向きなおる。

これもまた、唐突に、壁沿いに俺の膝くらいの台が現れた。

台には大小の物体が、ひとつひとつ陳列。

まったくもって、用意がよろしいダンジョンである。


防具は5種類あった。盾ってこんなにあるんだなと感心する。

スクトゥム、バックラー、ティンベー、デュエリング・シールド、大袖。

それぞれに札が置かれ、名称と簡単な機能が説明してある。

片手持ち、両手持ち。ゲームで馴染みのモノあるが実物はどれも初めて。


スクトゥム。

いわゆる大~中タイプの盾だ。


バックラー。

片手持ちや腕に取り付けるタイプ。


ティンベー。

聞きなれないが、カメの甲羅だな。

軽くて大きいからを覆い隠せる。小型ナイフとの相性がよく、

相手の攻撃を封じながら、手先や足などをスパっとやるようだ。


デュエリング・シールド。

昆棒と盾が一体化したようなもの。

使いどころはあるんだろうけど、狭いダンジョンには不向き。


大袖。

肩の防具だ。戦国時代の武将が装備しそうな印象だが、

棘を付ければ攻撃武器になる。ザクを気取ってショルダーアタック決めるか。


木製、革製、鉄製、良いとこどりのハイブリッド。

戦い方や腕力で、自由に選べってことだ。

思いがけず、バラエティに富んでるといえよう。

どれにすればいいんだろう。迷うな。


「ゲゲリーも選べ」


そう言って【基本家屋】を解除する。

半透明の結界がスッと消えて、

ガッチガチに窮屈だった腕と体が、束縛から解放される。


ウィゲリーリはダンジョンのかび臭い空気を深呼吸する。

まるで、はじめて息を吸ったかのように。たっぷり味わってる。

それからおもむろに、腰を落とした。


「リーリは絶対に、グルーム家を許しません」


ビシュッと、鞭をふるって構えた。

俺に向かって。


「いきなりそれか。カエルにも勝てないクセに俺に勝てると思ってるのか。死にたくないっていったよな。バカなことやってないで防具を選べよ」


俺は、並んだ盾を持ったり付けたりして、楽しんで試す。

スクトゥムは問題外。大きすぎて体がすっぽり隠れて動かせない。

ティンベーなんかもっと重くてデカい。ひっくり返した中に入れば一寸法師だ。


無難なのはバックラーだけど、これも俺の腕には大きすぎる。

どの盾も、デカいし重い。木製も革製も、幼児向きに造られてない。

力なきお子様だ。選びたくても、選択の自由はほとんどない。

つーか、どれも使えない。


そういやフレッドは、尖ったな金属を発射してたよな。

威力はなくタゲ取りで終わったけど、レベルが上がれば立派な武器に成長しそうだ。

しくじった。武器コースで【盾】スキルを育成するほうが近道だった。


これも教訓だな。いまさら、しょうがない。

人生には後戻りができないことがある。

俺なりの防御手段を、用意するしかないか。


「リーリをバカにするのは終わりです! 前方をみるです!!」

「後ろ?」


ため息を吐きながら、言われるまま、

盾から目を離してダンジョンの前方を見る。


「ウィゲリーリさま! よかった。待つか進むか迷っていたのですよ」


3人の男が立っていた。みな騎士の格好をしてる、というか騎士だ。

2人は知らないが、一人だけは覚えがある。


「まだ殺してなかったのですか。ご助力いたします」


あの地下室で、鞭うつウィゲリーリのすぐ横で、楽し気に眺めていた男。

俺たち姉弟をステージまで連行した男だ。

変わらない、イヤらしい笑みをニヤニヤ浮かべた男が剣を抜いた。



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