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55 試練のダンジョン 2階


俺は元来た――と思われる――道を引き返して、壁に光る文字をみつける。

今度は従順に正しく、記されてある順をたどって、通路から通路へ抜ける。

たいして時間もかからずに終着地に到達。


出現した魔物はたった2体。リポップ数に上限でもあるのか。

知らんけど、楽で助かった。


行き止まりの終着地。階段を捜したが、ない。

代りにあったのが、いかにもそれらしい丸い文様だ。

直径1mある、光輝く怪しいサークル。乗れってことだな。

仮に”転移陣”と名付けておこうか。


転移陣には、細かい文字と記号がびっしり描かれていた。めまいがするほどに。

国語と数学の教科書の、全ての文字と記号を円状に敷き詰めれたといえばわかるか。

読み解ければ、いろいろ便利なんだろうけど、速攻で萎える膨大な情報量だ。


イチオウ、複写だけはしておく。

土建設計(アーキテクチャ)】は設計ツール。

木や石、あらゆる物体を複写保存できるが、やはり字づらのほうが得意らしい。

RQコードを読みこむみたいに、アッちゅう間に、新規レイヤーに書き記された。

イチオウだ。解読する日は到来しない。そんな気がする。


記された文字と記号。意味がわからない不安はあるが、それはそれ。

転移はお約束だ。2階へ通じるって部分は疑わない。俺的にも、上に上がることの抵抗が薄い。歓迎できる。


とんっ、地面を蹴ってジャンプ。ためらうことなく、転移陣に乗った。

陣の円が動き出て輝きを増していく。視界が真っ白になって実態感が喪失した。


1秒とたたず明転と重さが回復。奥まで続く明るい通路があった。

これが2階か。とりあえず分かれ道はない。一本道。

見通しはサイコーだ。すぐにも二人を見つけられそうだ。

さっきみたいな制約がなければ、だけど。


握ってたバットは無くなっていたので、新しいのを実体化。

カウントは、【バット刀】(19/20)に減った。

1こくらい減っても、まったく問題にならない。


どんな階層かな。

最初の一歩を踏み出した。

踏み出したとたん、


ぐぅ~~


う……腹が鳴った。


腹がへってる。いや、減ってるなんて、可愛いものじゃない。

通路を歩けば歩くほど、高まる。

5歩歩いたところで、こらえきれない空腹感に襲われた。

”な、なにか食べなきゃ死んでしまう”飢餓感だ。


まずい……。マジ死にそう。


何か。クッキーがあったな


複写で備蓄してあった、それを急いで実体化する。

持ちきれず両手からこぼれる食い物に、むしゃむしゃ食いつく、

スイカにムシャぶりつくカブトムシ。

口に隙間なくほど頬張るほおばる。


「ふぅ……ひとここち、ついた」


腹が納得し、停めていた息をおもいっきり吸った。

何枚喰ったかわからない。30枚は食べたな。

あたりは、食い散らかした破片と粉でいっぱいだ。


しかしこんな急に減るもんかね。いきなりだ。

草でも腐ったパンでもいいから、食べないと死ぬ。

そんな強烈な空腹感。”腹減らずの指輪”が欲しくなる。

今朝もそこそこ、食べてきてるんだが。

冷えた牢メシじゃなくクッキーを。


「もしかすると、テーマみたいなものだったりして。まさかな……いや」


テーマ?

空腹が?


テーマだとすれば、階ごとに、なにか規定を設けてるのかもしれない。

1階はどうだったかな。結局、誰一人接触できなかった。

テーマだとすれば、”おひとり様”とか”孤立”?

どうでもいい。


気を取り直し、スキル【迷子の赤犬】を発動。

レリアとフレッドのマーキングをチェックした。いた!


「二人は2階(こっち)に跳ばされてる! 予感はあったが不安もあった。よかった」


近い。すぐそこだ。

待ってろよ。


スキル【浮遊付与(フロートバッファ)】【脚力増強(フットワーク)】を発動。

さっきの階と見た目は似てる。光源は不明だだけど、白昼灯並みに明るい。

そんな通路を、警戒しつつ、最大限の速さで進んでいく。


少しさきの左側に道の切れ間を発見。分かれ道かな。

素早く角まで寄って、ゆっくり内部をのぞきこんだ。

通路にしては間口が広い。5メートル奥で終わってる。

行き止まりか、部屋か。どっちだ。


通路と同じく特徴のない空間を、顔を半分だして、もっと奥まで見ようと。

複数の叫び声がした。


「にげれないよー!」

「うわーん!」

「こいつ、わたしが相手だ!」


部屋に跳びこんだ。見上げるような巨体があった。

いや、今の俺は、たいてい見上げてるけど。それはいい。

ぬめぬめした、三角形の二本足生物が影を落としていた。

顔がなくのっぺりしてるが。あ、背中か。カエルのようだ。


邪魔になってみえないが、こいつの正面には、少なくとも2人がいる。

声に、聞き覚えがある。レリア、フレッド。危機状態だ。


俺は、バット刀を構える。片足をあげて、腰をぐっとひねる。

ぐっと、ぐっと、まだひねる。整形外科の医師がレッドカードを示すレベルで、

これ以上ないくらい、ねじ切れそうになるまで、ひねった。


最高打率3割5分5厘、年間MVP獲得回数9回を記録した、

日本屈伸スラッガーの大技を試すのだ。


「くぅっらえぇっ 一本足打法だー!」


オールオアナッシングの、強打フルスウィング! 三振なんて恐くない!

巨大カエルの外皮が、ぶよんと弾いたが、それは数舜。

バット刀は、かすかな抵抗などモノともせずに、打ち抜いた。

本物のボールであれば、場外まで跳んだと確信できる強打力で。


ゲコゲェ~


情けない泣き声を残して、魔物は破片と消えた。


《大ガエルを倒した SP0》


0? ゼロってなんだよ。

パラバラ砕けた破片が、完全になくなった跡にバッグが残されていた。

よく言うドロップ品。迷いの森じゃほとんど無かった。SPゼロの代りかな。

効果検証なんか、後だあと。無事か?


間に合った!

抱き合ってうずくまってる二人は、レリアとフレッド。

それをかばうように、健気に、短槍を突き出してる少女。

たしか、マスターになるって息巻いてた、堅苦しいしゃべりの娘だ。


よっぽど怖かったんだな。

みんな震える足が止まらないみたい。

そして目線は、いましがたいた敵の位置に釘付けのまま。

目前の敵が、いきなりいなくなったのを、わかってない。


「おーい。敵はもう……」


呼びかける。その目線が俺を注目する。

気づいてくれた。安堵する。


「どこの子ですか? しってる?」

「しらない子」


首を傾げあう、レリアとフレッド。またこれか。

ダンジョン開始の定番やり取り。名前を呼べば戻る。

近づくため歩もうとすると。


「近づくな、子供!」


カエルに抗っていた槍が、目先につきつけられた。

あぶねぇ。くりぬく気満々だこいつ。


「二人とも、気を抜くな。カエルが変身した姿かもしれん!」

「そうなの?」

「かえるぅ?」


レリアが、その背中にフレッドを隠した。

助けあう3人の姿は、まことに微笑ましい。

だが、いつまでも、にらめっこってわけにもいかない。腹が減るからな。

レリアを、それからフレッドを指して、その名を告げる。


「レリア=グルーム、フレッド=グルーム」


二人の表情が、がらりと変化する。

危険物を眺めていた瞳に光が宿る。

自分という存在を取り戻し、俺を認識した瞳だ。


「え? …………あ、ルミナス! うわーん!」

「ん? んん? ルミナスだあ。どうして」


効果てきめん。

使い古され、現代じゃ登場しなくなった慣用句は、

こういう用途のためにあるのだなぁ。感銘を受けた。


短槍娘の横を抜けて俺の元へかけてきた。

100年ぶりに再開した肉親のように、涙くしゃくしゃに喜ぶ。

俺だってうれしい。マルスの二の舞にならなくてよかった。


状況に取り残されたのは上級貴族の娘。

口と目を大きく開いてる。


「え? え? 二人はどうして懐いてるんだ?」

「名前を憶えてる? キミの名前は?」

「チミッコのクセにキミ呼ばわりか。怪しいヤツに名乗る名など、ない」

「忘れたのな」

「…………」


図星だ。カッコよく決めてるが頬を流れる汗が証拠。

ダンジョン突入口。何人もが、ドッグタグを切り裂かれていた。

その一人だったようだ。


「ダンジョンじゃ、みんな名前を忘れるんだ。俺はルミナスで二人は姉弟。助けてくれてありがとう」


両側から俺にひっついてる、レリアとフレッド。

いぶかし気だった娘が、どうにか穂先を下げた。


「……そうなのか」


二人が世話になってる。

いいヒトだから、助けてあげたい。

でも名前がわからない。なんていったかなー。

(アブラ)がズルした”。とかそんな感じだった。


「自分を忘れたまま一人というのは危険だ。キミが名前を取り戻すまで、同行したいと思うんだけど。どうかな?」

「こちらこそ、助けてもらったことには礼をいう。二人が姉弟というのも確かなのだろう。たしかに私は自分というものを忘れている。だが、それが言い分をうのみにする理由にはならない。名と記憶を奪ったのがキミではないという証拠は? 5歳くらいにしかみえないのにその戦闘力と物言いだ。疑うに値する」


俺よりずっと頭の回る人だ。

つい素の話しかたになってしまった。疑わしいよな。

でも疑われたってなぁ。


「キミの言葉が真実だと確信できないかぎり、申し出はお断り……」


ぐぅ~。控えめな音がした。”油ズール”さん(仮名)のお腹から。

真っ赤になって「いや、これは」と、慌ててお腹を押さえる。

元カノ(疑問)にも仕草をみせてやりたい。実にフレッシュだ。


そのとき、左右からくっついてたレリアとフレッドが、崩れ落ちた。

魔物か? バット刀を握り背後を見やる。敵の影はない。


「ルミナス、お腹すいた」

「ぺこぺこー」


両手でお腹を押さえて、体を折り曲げてる。

よっぽどなのだろう、継ぎ目のない冷たい床に、へたり込んでしまった。

さきほどの思い付きが、頭に浮かんだ。テーマ”空腹”。


クッキーを実体化させると、3人の目が釘付けになった。



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