50 ローランとぶ
三日前。子供たち3人が、ウィゲリーリ=ガモルクに拘束されたグルーム家。
セバサは、外出していたサンガリとローランのところへ使いを走らせ呼び戻す。
火急な事態発生は、瞬く間に領地一帯、周辺に広がった。3家に減らされた、いつもの、農民一同のみならず、近隣の下級貴族たちも駆けつけ、グルーム家は人で溢れかえる。
「ローラン、セバサを責めても仕方あるまい。責められるべきは、居合わせなかった我々だ。ルミナスめ。父の言いつけを守らず迷いの森へ忍び込んだこと、きつく叱るつもりであったが……まさかこのような事態とは」
事のあらましを聞かされたローランが、セバサに追いすがろうとするのを、サンガリがとりなす。およよと、リビングのテーブルに崩れるローラン
「ああルミナス……かわいいルミナス……私が留守にしてる間に連れ去られてしまうなんて……セバサ。チネッタ。あなたたちが居りながら、なんという体たらく!」
「ローラン。相手は上級貴族。バサネス伯爵家のネイサンと、ウィゲリーリ=ガモルクというはないか。よりにもよってガモルクの。子供たちの身が心配だ」
トマスが、二人を交互にみながら、少しでも安心させようと笑みをつくるが。
「僕がみたところじゃ、ガモルクの御姫様は、ルミナスに執心のようだった。レリアやフレッドは、すぐにも解放されるのでは?」
ローランの怒りの火に油を注いだ。
「トマス! それは、ルミナス一人なら、ひどい目に遭っても良いということ? いくら同じ血が半分しか流れてないからといって、冷たいのではなくて?」
「そのー。それはそういう意味じゃ……」
「ああああああああああああ ルミィ、愛しいルミィ……!!!」
後妻のローランが産んだサンガリの子はフレッドだけ。トマスと、マルスそれにレリアは前妻との子であった。ルミナスはローランの連れ子で、商人だった夫の忘れ形見。執着はひとしおだ。
涙を誘う場面であるはずだが、そうはならない。芝居がかった嘆きのポーズ。観慣れない最初こそ、サンガリを始めセバサや領民たちが、慌てふためいたり後ずさったり、引いたものの、いつか、日常の一コマに組み入れられた。慣れたのだ。日常の一幕と受け入れられ、ついには噂を聞いて観覧にくるものまででてきた。
不幸な我が子を傷んでいるのは自分だけと言わんばかりの、大げさな嘆きっぷりのローラン。ルミナス強烈に注いだ愛情。というよりも独りよがりな贔屓。いつもの寸劇は、居合わせた人々の失笑を生んで、クールダウンの効果をもたらした。
「相変わらずですな。奥さまは」
笑ってはいけせんな、の言葉を飲み込んだセバサの口元には、笑みがこぼれていた。
「落ち着こうか。茶でもやって――」
サンガリはぐるりと面々を見渡した。テーブル・椅子はただ中心を示す物体。人が多すぎて座れないのみならず、三重に囲んでなおも、入りきれない者が外にこぼれる。アラモスらいつもの農民だけでなく、つき合い深い貴族らの顔もあった。ミワレンス、ムーダリア、メッサージュは、農地を治める男爵。グルーム家に隣接するマブセット男爵は、農地のほか”兎の森”も預かる名士だ。おのおのには、主人から離れようとしない護衛もいる。
ルミナスが広々と独占するリビングが、今日は記憶にないほぞぎゅっと狭かった。
「――と言いたいがその前にまず、集まってくれた人に礼を言いたい。この度は、当家がさらした事態を心配、駆け付けてくれたこと、まことにありがたい」
下げた頭を、あげながらチネッタを見やる。お茶の用意の合図と受け取った彼女は、厨房へと退出する。
「あーサンガリ。礼とかは別に……いただくのは後でかまわない。急いでるんだろ?」
はははと、笑いが溢れ、よりいっそう和みが増量。これもローラン効果の賜物か。サンガリは、重くならずフラットな思考ができそうだと、ふむと眉を吊り上げる。
「もちろんだともヒューリット。感謝の印は何らかの形で示そう。いずれな。みんな。マブセット卿が言ったとおりで急を要す。当家の将来を左右する重大事件なのだが、ときは切迫してるのだ。そこでまず、状況を整理して共有したい。そのうえで、今後の対策を相談になる。セバサよ。起こったことを、ここにいる皆に聞かせてやってくれ」
「はい旦那さま。始まりは本日の午前。バサネス伯爵のご子息であられるネイサンさま。ガモルク侯爵家のご令嬢ウィゲリーリさまのお二方が、ルミナス様に会わせよと騎士を同行で、おいでになられたのです……」
セバサの口から淡々と物語られる状況説明。時系列に感情を伴わなず整理つくされた事態は”事件”というより、もう一段上。”犯罪”と呼ぶにふさわしい強引に展開された、拉致だった。
「かいつまんで言うなら、興味を持ったネイサンに乗じてウィゲリーリが動いた……となるな。4人いる子供のうち、じつに3人が拉致されたのだ。ウィゲリーリは非常識なスキル取得が罪にあたると、言い散らかしてたそうだが、口実に過ぎんと俺はみている」
「4人? ……あ、いや失礼」
「いいんだ」
5人じゃないかと訂正、しかけた一人が、隣の奥方に小突かれる。マルスが死んだのはつい先日。記憶まだ生々しく、失ったと実感が湧かないのも仕方がない。
「その、渦中のルミナスなんだが、実はあんまり心配はしてない。睨むんじゃないローラン……最近のルミナスは、なんというか突然子供っぽくなくなってな。一筋縄ではいかん幼児になってる。サムロス、グーネ。いるのだろう。ここにきなさい」
うわっという叫びと、ガラガラと崩れる音がした。とつぜん呼ばれて驚き、バケツから転げ落ちたのはサムロス。心配して集まった人でごったがえした屋敷の中には入れてもらえず、ひっくり返したバケツ上ので背伸びし、格子窓からのぞきこんでいたのだ。グーネがその腕をとって立ち上がらせる。
アラモスが、「サンガリ様にキチンと話すんだぞ」そっと背中をたたく。二人は並んで、隙間を作った大人たちの間を、屋敷のリビングへ通された。テーブルの前で、見下ろす大人たちを、ぐるりと見回してから、正面のサンガリにペコリと頭を下げた。
「セバサが、レリアとフレッドをお前たちに預けてから戻ってくるまで、たっぷり時間があったはずだ。逃げることもできたのに戻ってきた。悪戯ひとつも企ててないとは言わせんぞ」
「あはは、ルミナス……坊ちゃんは、ぼっちゃんて言いにくいな……アイツは言ってたよ。そのうち行くって」
貫禄と経験を積んだ大人らの重苦しい視線を浴びたサムロス。どんな子供でも、思うようには話にくい状況なのにもかかわらず自然なふるまい。一番驚いたのは、入口辺りにいた父親のアラモスであった。あちゃーと、自分の額を叩きはしたが。
「そのうち行く? ルミナスが?」
訊きなおしたのはローランだ。覆いかぶさるように迫っていく。
「来る? ルミナスがそう言ったの ここに来ると? なんとか言いなさいよサムロス」
「んげ……シぬ」
「首がしまってるぞローラン。離してやれ。死ぬ前に」
「…………ハァ、ハァ、ハァ……、い、言ったよ? な?」
首の指が緩んで、詰る直前の息が回復したサムロス。次の攻撃に先んじ、斜め後ろの狩人っ娘に話をふる。同意を求められた、グーネは、ああ、とうなずく。大人たちは顔を見合わせる。
「どういう意味だ。時をおかず、釈放されるということか」
「まさか。ガモルク侯爵のサンガリたちへの執着は、相当なものだ」
「ですわね。こういっては失礼ですがガモルク家は、幼児という、都合よく丸め込めそうな、この上ない手札を手に入れたのです。おいそれと開放などするものでしょうか」
「都合よく丸め込める手札……か。ふふっ」
やり取りを聞いていたサンガリは、うっかり、独り言めいた笑いを漏らした。
「どうなされました? わたくし、可笑しなことを口ばしったかしら?」
「メリンダ。ルミナスを言うなりにできるものなら、拍手を送りたいと思ってしまってな。いやすまん」
「そうなんですの? 不思議な子なのですね」
「おいサンガリよ。さっきから聞いているとキミの子というのは、よほどのやり手か、食わせ物のように思えてくるのは俺だけか。ここにいるみんなは、グルーム家のことを心から心配しているのだ。すこしばかり、緊張感が足らぬのではないか?」
「いや本当にすまん、ヒューリット。だがなあルミナスは……」
言い訳がましく、最近のエピソードを披露しようとしたそのとき、チネッタが、慌てて戻ってきた。お茶の用意は何もない手ぶら。初めて聞くような大声で告げた。
「だ、旦那様! 奥さま!」
「どうしたチネッタ? そんなに慌てて。まさか、ルミナスが来たとでもいうのか?」
「その通りです。ルミナス様のマーキングが、こちらのリビングに出現……」
ヒューリットが激怒した。
「いいかげんにしたまえサンガリ! メイドに小芝居をさせるとはどういうつもりか。忙しい我々が、なんのために雁首並べたと思っている。拉致された子たちをいかに無事にガモルクから取り返すこと、その上で、彼奴等の勘違い報復を回避すること。その2点を話し合うためだ。余興なんぞ王の退屈な挨拶だけで十分。我々を担ぎたいだけなら、帰らせてもらう、戻るぞメリンダ。バカバカしい」
奥方の腕をとり、部屋を出て行こうとする、ヒューリット=マブセット。
テーブルの下から、ごそごそ、這い動く音がして、何かが出てきた。
「ぼくが拉致されたルミナスです……なんかすみません」
ルミナスは、心からすまなそう現れた。腰を45度に曲げ、両手は頭をかいたり、手もみしたり忙しい。上役に叱られた中間管理職もかくやという、見事なまでの、日本人的なへりくだりポーズで登場した。珍しい母譲りの見事なシルバーヘアが泣いている。
「ルミナス!」
「ルミナス、お前なぁ」
「この子が? どうやって現れた? スキルか? 噂は本当だったのか!」
「ルミナス―!!!! 心配したのよー どこも痛くしてない?」
「は、母上、母上……い。息が……」
怒鳴られたり、珍しがられたり、死ぬほど抱きしめられたり。
ルミナスは、身動きが取れなくなった。とりあえず【世界マップ】の転移(4/5)の回数を(3/5)に減らす。
「消えた?」
「ルミナス ルミナス! どこ?」
「ここです」
転移先は、リビングの出入り口にいたチネッタの横。とりいそぎ、ローランの魔の手から抜け出すことに成功だ。なおも、リビングデッドよろしく迫ろうとする母を、待ってと制止。目でサンガリに頼み、羽交い絞めにしてもらう。
「こんな騒ぎになってごめんなさい。心配してくれる人が、こんなにいたんですね。知らない方ばかりで、緊張します。僕はいま、ガモルク家の地下牢にいます。隙をみてこっちに来たんですが、戻らなければいけません。聞いたことない罪で尋問するらしいので」
「尋問とは、捨て置けん。ここに隠れているわけにはいかんのか?」
ふんぐふんぐと、すり抜けようともがくローランを押さえつけたまま、サンガリが聞いた。
「レリアとフレッドがいます。転移では誰かを運べないんです。僕が尋問されているうちは、二人に危険は及ばないでしょう。母上に、お願いがあるのですが」
「どうすればいいの? 夜中にこっそり忍び込んで逃がしてほしい? 騒がれないように」
どう考えても、一番騒がしそうなローランだ。こっそり忍び込むなんて不可能だろう。一同が一致して心の中でツッコミをいれたそのとき、ルミナスが言った。
「いえ、騒ぎを大きくして欲しいんです」




