5 剣と太極拳
グルーム家の土地は正方形に近い四角形で、家屋はL字型。意図があるのか、敷地はこまごまと仕切られていて、ほとんどには、なにかしらの作物が植えられてる。領民を食わせると語った、父の有言実行ぶりがうかがえるな。
中庭というのか、L部分の内側に、俺たちは集められた。ここだけ地面が踏み固められてる。練習場ということらしい。
「トマスマルス。二人はいつものように素振りから」
「はい。父上」
「身体が温まったら基本型をやっていい」
「もう、フルで動けます。歳よりじゃないんですから」
「一言多いな。返事は、はいだ。トマス」
「……はい。父上」
父は腰に剣を携えてる。むき出しではなく鞘に収まって。
その長さは剣先が地面に届きそうで、俺の身長くらいはある。
材質は鉄か胴かな。
支える剣帯は革製。年季のいった延び具合から、かなり重量物と推測できた。
トマスたちも剣を持っってる。
父よりずっと短くて、鞘のないむき出し刃無しの練習剣だ
磨かれて光る色は赤っぽかった。ブロンズかも。
ブロンズは青銅ともいうが、色が青とは限らない。
銅合金なので、混合物の種類や割合によっては、赤や黄色、ときに白銀色に仕上がる。
二人の剣は、赤胴色に鈍く光る。10円玉カラーだ。
「ルミナス。お前はこっちだ」
いよいよか。騎士みたいで、ちょっとワクワクするな。
「初めてのルミナスにはこれを」
渡されたのは、長さ50センチほどの細身の木剣。
金属でないのかい。
「不服そうな顔をするな。鉄の剣など、持てるはずなかろう」
「そうですが」
わかるよ。きっと持てないだろうし。けど残念な気持ちはある。
木刀は、中国剣みたいな形状。これならまぁ、振り回せるだろう。
ぼくらも始めはそれだったよ、とトマス。
お下がりだ、とマルスが笑う。
そんなに優越感を溢れさせんでも。非力は知ってますから。
「女は剣に口だしできないからな。がんばれルミナス」
トマス、良い奴だな。
「いつもいっつも、母上にちやほやされて、うらやましい、いや、甘ったれの性根もなおしてもらえ」
駄々洩れだマルス。子供らしいやきもちが憎めない。
二人は敵に見据えた立木へ相対。かけ声とともに、素振りを開始した。
俺は、少し離されたところに移動。
「サンガリ。きつくしないであげてね」
「ローラン。そこにいられては気になる。中に入っていろ」
木の陰で涙してる母。昭和の野球マンガの姉かよ。
そして訓練が始まる。
「剣の技は多彩だが、基本は素振りにある。大上段からの一振りができなければ、技を覚えても身につかん。見てろ。こうだっ」
父は頭上に構えた剣を片手で振り下ろした。空気を切り裂いた音が、シュバっと鳴る。
見た目は痩せすぎな年寄りだが、まだ29歳。現役バリバリの貫禄がある。
「これだけだ。片手用剣の訓練だが、まだ両手でいい。つまらんなんて言うなよ? やってみろ」
すでにけっこ重いんですけど。木刀なめてた。
「はい」
真似しろってことだ。頭の上に木剣を構える。太い。ぎゅっと握るのがやっとだ。
力をこめて、思い切り振り下ろす。
「あっ」
下腹の位置で止めようとしたが、止らずに地面に衝突。
木剣はすっぽ抜けて、畑のほうへと転がっていった。
「しっかり握れ。握力に見合った速さで振り下ろせ。拾ってもう一回」
「……はい」
とっとこ畑に取りにいくと、20歳くらいの男性が「はい」と渡してくれた。
男爵家が治める農家の長男だそうだ。ときどき出向いて手伝いにくるとか。
剣の道は遠いなぁ。
あれ。なんで俺こんなことさせられてんだ。
「ち。ちち、ちちうえ?」
よし。噴き出さずに呼べたぞ。
「なんだ。もう疲れたか情けない」
「けんのわざは、いつ、つかうのです?」
「戦のときと決まってる。あとは迷いの森で獣を狩る時だな」
「いくさ? あるのですか? いつですか」
「いつかわからん。いつでも戦えるように備えることも、貴族の務めだ」
戦か。俺は黙り込んだ。狩りはわかるが戦か。
中世ムードの佇まいだから、さもありなん。
うすうす感じていたが、けっこうショックでもある。
物騒な世界だったんですね。
「毎日1時間。欠かさずだ。素振りは基本。できるな」
こうして剣の訓練という日課が課せられた。ヒマだからいいけど。
あっちの兄たちは、素振りが終わったようだ。
身体が温まっようで、より高度な基本型の訓練をはじめてる。
どちらも体躯が俺よりデカい。小学生の1年と5年くらいだが。
剣道クラブの少年のような真剣さで、汗を流す。微笑ましい。
「ルミナスはヘタだな。もっと腰を落とせないか」
父は、兄らの動きに満足をみせながら、こっちには不満をたらす。
わりと口数は少ない人だが、アドバイスもできるんだな。
「こう、ですか」
「いや、しゃがむのではない。剣を振るタイミングで腰を落とすんだ」
「こう?」
「それは振り回してるだけだ。こう。身体に添わせるのだ」
「そわせる、ですか」
「なってない。それじゃ型は教えられん。トマスマルスはすぐマスターできたぞ」
トマスが困った様子で口角を下げる。
マルスが勝ち誇ったように見下す。
弱そうに思われてるな。
「トマスマルス。自分の型に集中してろ。腕が低い。殺されるぞ」
アドバイスが物騒。
でも俺はこうみえて、柔道黒帯。
誰でも取得できる初段だエッヘン。
体術もかじってる。エッヘン。
太極拳である。あの太極拳だ。
カリ・シラットや、マーシャルアーツとかのメジャー路線じゃない。
習得が難しいといわれる、時代錯誤な武術。
発祥地元の中国でさえ、年寄りの健康体操とバカにされてる。
柔道と太極拳。日中武術混同だ。
半端にみえても、まじめに取り組んだのだ。
どっちの先生からも筋がいいと褒められてる逸材なんだぞ。
誰に弁明してんだよ俺!
そりゃあ徒手と剣とは勝手が違う。
武器は扱いが難しくて、長さや重さが違う。
獲物が変われば技も流儀も異なるわな。
けども関節は、腕は内向きで足は外向き。
これは人間という生物の身体的特徴だ。
人間の姿形が変わらぬ限り、攻防には共通部分が存在する。
武道という点において、通じるものはあるのだ。そう信じてる。
「しょにちから、きめつけないでください」
「その意気やヨシ。お前の覚悟を示してみろ」
太極拳っぽく、円運動で体にそわせる動きをしてみせると、父が感激した。
どこで覚えたと聞かれたので、星の動きを真似たと、苦し紛れに説明。
すると。
「天啓か! 星動剣と名付ける。新たなる価値がグルーム家に誕生した!」
早いなおい。困った。
いや、 困らないのか。
俺のリアルが、はじめて反映されたと思えば驚くこともない。
むしろ、ようやく繋がった。
そんなことよりも。
じつは、ずっと気になってることがある。
なかなか、誰にも聞けないで、ずるずる、きてしまった。
俺にイニシアティブがあるいまなら、父も答えてくれるだろう?
「ちちうえ。あれはなんですか?」
敷地を、いや、視界の範囲をぐるりと覆っているバカでかい天井を指さした。
「あれとは?」
「……え?」
疑問に疑問が返ってくるとは。
まさか、見えないとか?