4 男爵領
朝が来た。
寝て起きたってことは。睡眠中というタイムイベントがあったわけで。
これが、傷病中の昏睡夢だとしてだ。
夢の中で寝て起きるって現象をどうみればいいんだ?
朝食が終わって朝の団らん。
玄関のストールのかけた黒板に、母が書き込んでる。
大人たちの、本日の用事だそうだ。
あれが、この世界の文字か。略画も添えてある、上手いな母。
さっき用を足そうと外のトイレに行く途中、不穏な物体が目にはいったんだ。
あれはいったい?
「おとうさま。ききたいことが」
「父上とよぶのだ。それは貴族のたしなみだ。わかるな。ちちうえ」
「ち、ぷぷぷ、ちち、ぷぷ」
「なぜ笑らう?」
真顔で呼べってか。無理だ無理。
どこのお武家さまだよ。
俺れぁ俳優じゃねーって。
「グルーム家は代々の名家。名と家に恥じぬための第一歩。ほれ言え。ち・ち・う・え」
「ち、ちちうえ」
「涙をふけ。もういちど」
「ちちうえ」
「うむ、それでいい」
俺のいるこの家は、男爵家なのだそうだ。
父は、名をサンガリ=グルーム(29歳)という。
男爵に上級と下級があるってことじゃなく、公爵・侯爵・伯爵が上級で、子爵と男爵が下級だとか。
茶をすすりながら、あれこれ教えてくれる父。
俺だけにおしえるついで、ほかの兄弟への確認もあるようだ。
ビバ学習! 知識は繰り返してこそみにつく。
男爵は、一律下級の貴族。上と下。
江戸時代の土佐の身分制度、上士・郷士みたいなのものだ。
グルーム家は、元々上級貴族だった。だが、3代前に下級へ転落。
「なにをやらかしたんですか?」
「知らんなあ。公爵に水たまりの泥でもひっかけたとか?」
「そんなあほな」
「あほだったんだなぁ。我が祖先は。わっはっは」
信じられん。相当みじめだったはずの出来事を、のほほんと語る父。
転落したなら再起をはかって上級を目指せばいいものを、貴族とか家とかいうわりに、楽天的な性格だ。
現状に満足してるのか、落ちぶれを隠そうとしないどころか、笑ってる始末。
先祖が知れば涙をこぼしそうな言動。斜陽ぶりがじつに清々しい。
こんな人だが、不満をこぼす人が見当たらない。
トマスはあきれ顔だが、嫌ってるのではなく、やれやれって感じだ。
妻と子供を溺愛し、家令やメイドに優しい家長。
誰に対しても、公平で優しく接する。
領民からも親しまれていそうだ。
そこんとこ、偏重な愛をむけてくる母と違う。
その母親は、ローラン=グルーム(25歳)。
商業貴族と呼ばれるベクブラーム家から嫁いできたお嬢様。
「星の数ほど取引相手を手玉に取る家風で育ったから人の扱いに長けた女性だ」
父は、母の手をとって持ち上げる。子供の接し方は学ばなかったようだ。
なにかというと抱きついてくる。いまもだ。
「ルミナス様……」
「はい?」
執事だ。耳打ちしてきた。なんだ。
じつは、お二人そろって金勘定には、うといのです。
かんたんに騙され、なけなしの財や食糧を分け与えること、幾数度。
そんなふうだから、家は経済的に困窮状態。
降格どころか、没落一直線ってな勢いだという。
幼児になにを吹き込んでるんだ。
「ルミナス様は、決して、そうならないように。決して!」
「……はい」
力説する声が、すすり泣いてる。
マルスが言ってたな、領地に農家が5軒しかないと。
ヘタ打って5軒に減ったのか、5軒しかないから下降線なのか。
どうでもいいことなので、知りたくもない。
兄弟は、俺の上に3人、下に一人の合計5人。
うち一人がレリアという姉で、お菓子づくりをメイドに習う6歳だ。
メイドとともに、兄弟の監視役を、担ってる。とくに俺の。
あの日も、門から出ようした俺を、制止したそうな。
そんなわけで、俺は3男にあたる。名をルミナスという。
明るいって意味があるらしい。
家名のグルームは、陰鬱・重苦しいという意味だという。
なにを期待されてるんだろう。陰鬱な明るさ?
「きぞくって、なにをするんですか?」
封建社会だな。西洋でも日本でもあった身分社会。歴史の授業でやった。
農業を基盤とした王政があって、ちんまい領地を互いに奪い合う。
爵位は功績であがり領地も増えるが、王の怒りや気分で取り上げられる。
剣と魔法のRPGイメージが世間じゃまかり通ってるが、あれはいいとこ取り過ぎて、うのみにできない。手を合わせたくなるくらい世知辛い時代が、俺の思い描く封建社会だ。
「農作物を育てて、農民を食わせる。それが下級貴族だ」
食わせるって言ったか。食わせてもらう、じゃなくて。
「逆では?のうみんのつくった作物をきぞくが食べるんじゃ?」
「農民の作物だけでは、農民が食べていけぬ。豊作なんぞ期待できんからな。作物を育てる貴族がいないと、皆、死に絶える」
うげげげ。
社員の給料を稼ぐため内職する社長かよ。
破産寸前。没落は近い。
なんだよこの設定。
俺の夢だよな?
没落の悲惨に見舞われる前に、目ざめておきたい。
ログアウトボタンは、どこだろう。
廻りをさがすがどこにもない。
試しに右手をふったが、現れない。
そうだと思ったよ。
「ルミナスは元気を取り戻したようだな?」
「それは、まあ」
木から落ちた件のことか。
もとからべつになんともない。
「ならよし。お前も5歳。貴族のたしなみを身に着ける時がきた」
「たしなみ、ですか?」
「あなた! まだよいではありませんか」
母があわててとりなそうとする。
兄たちの目が光る。
なんか嫌な予感がする。
「遅いくらいだよローラン。上級貴族は3歳から始めている」
はじめてる?何を?
「今日から剣の修行だ。よいな?」
喜んでいいのか。ファンタジーといえば、剣と魔法。
うち、一方がやってきた。
意外と、デフォに忠実な世界のようだ。




