29 スキルの検証 アーキテクチャって
あ。ぶくまは、↑上からもできますよ
兄弟を巻き込んでの文字勉強がはじまった。
講師は、俺。学びが深いとは思えないが、執事セバスも母ローランも忙しい。
わからないことがあれば、まとめて代表して質問といういことで、通常授業は俺の担当になった。
午前は剣。午後に勉強。嫡男のトマスは、覚えなきゃいけない事が山ほどあるということで、学びにばかり時間をあてられない。トマスに合わせて、勉強は一日おきに。
次なる目標である”迷いの森でスキルゲット”も停滞。
幼児だけで屋敷を出るのは危ないのだという。
狭いレブンシタデル。顔をみれば何処の誰さんとわかる、人類皆兄弟的な田舎。
どこが危険だというんだ。
迷いの森に迷い込んで危ない?
それが目的だっちゅーとろうが!
魔物はいるが森の中。迷いの森以外にも、”兎”とか”狸”とか名のついた森がいくつもあろそうな。ダンジョンではなく、完全に狩りや放牧。
知り合いだらけの閉じた空間、だから。
野党もねぇ。盗賊ねぇ。襲われる危険はまったくねぇ。
万が一不心得者がいて、子供をさらったとしても、売る相手どこにもねぇ。
それなら人質って線は?
うーん。マネーってものを見たことないんだが。
その場合、物々交換になるのか?
”子供を返してほしければ、麦100キロもってこい。俵でだぞ!”
じつに締まらない。いや見てみたい気もするが。
6歳に満たない幼児が、ひとり外出禁止なのは、それが掟だからという。
トマス12歳。レリアが6歳。フレッド4歳。俺が5歳だ。
掟。言い換えれば法律だ。
トマスに連れてってもらう手もあるが、いまだと俺の存在が世間の目をひくらしい。
物議をかました事件。
上級貴族の意識が他所に向くまで、ほとぼりが冷めるまで待つか。
来年の誕生日がくるその日まで、じっとガマンの子であった。
悪いことばかりじゃない。
孤立気味だった俺だが、顔を合わせることが増え、兄弟の輪に溶け込んできてる。
それ点だけはよかったと思う。
「あの日は、上昇気流がとくに強くて。落ちそうになったヤツもいたんだ」
トマスが、演習体験をしてくれる。
手はじめにシタデルの外周に並んだあれ。
度胸試しなんだという。
護るにせよ責めるにせよ、外周での攻防は避けられない。
空中に飛び出せる勇気が兵士に求められる最低基準。
くそ度胸がないと、戦いにならないという。そりゃそうか。
スキルのあるものはスキル。ない者はロープに吊られて。勢いよく飛びだす。
中には怖気づいて動けなくなる人がいる。
そういう人は、二度と参加を認められない。
貴族であろうと農地に送られ、野菜づくりで人生を終える。
「前向きに、野菜つくりに励もうと思います!」
「後ろ向きな5歳児め。そんなに高いところが怖いか。せっかくのスキルが泣くぞ」
なぜか肩を落とすトマス。がっかりさせてゴメン。
ついでにって雰囲気で、訊かれた。
「ところでなんのスキルだった? 黙っておいてやるから」
迷いの森”廃坑ダンジョン”でゲットしたスキルの件だ。
興味津々が爆発したような笑顔をむけるトマス。うずうずしてたようだ。
”黙っておいてやる”っていう。内緒にしておくべきことみたいだ。
スキルは複数を想定してない訊き方に、一個だけ教える。声を潜めて。
「脚力増強です」
鼻水女に。別名”スプラードのお嬢様”に魔物を蹴りつけたせいと思う。
ブランチェスは、どうしてるだろう。父や兄と仲良くやれただろうか。
「おお!足が速くなるのか?」
「いえ。蹴りとジャンプ力です。屋根くらいまで跳べます」
「それって……」
「……はい。ぼくにはちょっと」
あのときはビビった。二度とやらないと誓った。
まったく、高いとこ嫌いな俺にジャンプ力とはな!
嫌がらせも甚だしい。
「ご愁傷さま」
夜。
いつもの似たような食事を終えて。
仲良し夫婦が自室に引っ込んだのを合図に、みんなが部屋へと寝にもどる。
俺も、一階自室のベッドで、ごろり。
天井板に描かれた、煤けた天使画を見るとはなく眺めてる。
こんなところにも装飾か、やっぱ貴族なんだな。
関心しつつ、スキル検証を始める。
粘着糸は、使い道が明白。
幼虫モスラとクモ男の技能を合わせた、非情に使い勝手のいいスキルだ。
使い込んでいけば、さらに便利になっていくだろう。
いつでも感覚的にこなせそうなので、後回しでよし。
危なっかしい脚力増強は、もちろん棚上げだ棚上げ。
そして残った土建設計。名前からしてユニークすぎる。
宙に浮く半透明な画面には地図があった。俺が行った場所がマップ化されてる。
チュートリアルを開く。
「ほう。一度行った場所は、マップ表示可能。しかもスナップ座標化もできる、か」
建築でも基礎でもない。”土建”ときた。
スキルは、俺の中の知識を掘り起こしたに違いない。
相変わらず、自由なダンジョン様だ。
「子スキルっていうのかな。ビヘイビアつーかツール? 位置交換、複製、移動、距離測定……。部材制作。これ素材さえあれば造れるのか? おー腕とか足とか。ありすぎて、なんだかわからん」
家を建てる基礎から、上物、エクステリアまで、このスキルで完結できるという。
一言でいえば”設計ソフト”だな。
あまりにもできることが多すぎて、なにから手をつけていいか混乱する。
仕様通りに稼働するスキルなら、怖いものなし。ぶっ飛んだ機能が満載なのだ。
前世でこそ欲しかった。お? レイヤー機能まである。
「ん-む……じつにうそくせー。最初のダンジョンでこんな最終兵器クラスのスキル。じつは机上の張りぼてってオチ?」
高性能・高機能もいいけど。大風呂敷を広げたソフトって、バグだらけなんだよな。
配布した翌日に、ユーザーからの指摘でバグがみつかる。
仕様変更に次ぐ仕様変更のダウンロードが、当初本体の数倍に。
それでもまともに動かない。結局、再開発費だけが膨らんで、倒産と。
風のうわさとなって、忘れたころにSNSに流れる。
”そもそも設計思想から違っていた” てな感じで。
まぁ、スキル疑ってもしかたない。
糸とか水魔法は、実証済みだし。やってみるか。
「この【位置交換】をぽちっとな」
ズン……。
また地震、いや、レブンの逃走だったな。
頻繁な逃走って、敵シタデルからつけ狙われてるのか?
揺れには慣れた。
日本の出身としては、地震といいきかせられなくもない。
この地面の下が空中という事実には、感覚が追いついてない。
なるべく意識しないようにしてるが、ふと、空の大天井が視界にはいると、足の裏をすくわれたような、薄皮に立ってるような気分に襲われ、四つん這いに倒れこんてしまう。
揺れ停まったな。一瞬だったな。短かすぎ。
揺れは、俺の錯覚だった?
自分のことながら、この臆病は、いやになる。
えー、【位置交換】はっと
「え? まじで?」
がばりと、身を起こして、マップを見直した。
画面マップでは、俺の居場所が変わっていた。
俺だけじゃなくて、グルーム屋敷の建物ごと。
ベッドを跳び下り、急ぐ部屋から出た。
奥のキッチンから漏れてくる以外、灯りは落とされてる。
暗い屋敷。歩こうにもよく見えない。マップを、外から屋内に切り替えてみた。
室内画像に俺の位置が明示される。まるでカーナビ。イケるな。
リビングを通り抜け、玄関にたどり着く。
重い扉をよいこらと押して、外に出た。
予想はしてたが、これは!
踏み固められた地面、髪をさらっていく風、夜でも背景が遠くなったとわかった。
敷地を取り囲んでる塀の代りに、うっすら確認できたのは、林と茂み。
「なんだよこれ、ダイダラボッチでもこんな手早くないぞ。はっははは。なんだこれ。はははははっはーーーー!!」
涙を流して笑いこけた。
外は屋敷じゃなかった。
建物だけが、西の広場に転移していたのだ。
うわ、ストックが1コに!




