24 スプラード家のブランチェス
迷いの森から、力づくで連れ出した騎士の一人は、珍しいことに女性だった。
女ゆえに、女にしか分からない悩みや難事を相談できるし、命を預けることもできる。
いつか父親からそう説得されたブランチェスはしぶしぶ専属護衛を承諾した。親の言いつけだ。断れるはずもない。
公爵の言いつけで、ブランチェスを廃坑へ押し込めたのもこの騎士。主の命は絶対。従うことが騎士の譽ですべてである。そう厳しく育てられた。
女性騎士は顛末を、王城の公爵に向かったリーデンタットに代わって報告。
相手は奥方だ。
「テルアキ以外には、会いたくないとおっしゃってます」
スプラード公爵の奥方。名をハハマーマという。妻を亡くした当主ロブラールが、友人の薦めでめとった美しい後妻だ。26歳とまだ若い。リーデンタットなどは、義母というより、やや歳の離れた姉として、目じりをたらして歓迎していた。
「テルアキ? 誰のこと」
「グルーム家の、男児です」
「男児!男なの?」
男と聞いて、目をむくハハマーマ。昨年解雇した庭師の息子を思い出したのだ。ブランチェスは人見知りが激しい。数人のメイドや、目の前の騎士を除けば、言葉を交わす友人もいない。庭師の子ライルは、唯一といっていい、心を開いた同年代の子供だった。
ハハマーマも、貴重な人材として、許しもしたろう。その子が男児でなければ。
ブランチェスは、自分のように、ゆくゆくは貴族の家に嫁いでいく身分。後妻とはいえ、家を預かるハハマーマとしては、悪い虫を取り去るのは当然の処置。
庭師にはもう一人、腕がイマイチの年配の男がいた。男は、部下である女性庭師の、植物を見立てる力量に嫉妬。ありもしない失態をでっちあげ、ハハマーマに報告した。
ウソだと見抜いたが、チャンスだと判断した。虚構の失態話を採用し、女性庭師を解雇。ブランチェスと再会されるてお困るため、失態話を広げて就職を妨害。風の知らせに微笑んだ。親子ともども街の片隅で亡骸になっていたそうだ。
後日、ウソをついた罪で男のほうも首を切る。貴族の伝手で、今度こそ信用のおける人物を雇い入れてる。
「ですが5歳の幼児です。運よく生きのびたのでしょうけど、満身創痍でした。永くはもたないでしょう」
「驚かせないでよ。男は、庭師の連子の件だけでけっこう。それでさえゲマインナー家に知れたら、どんな災難がふりかかるか」
「嫁ぎ話が本格的になるまえに、死人にクチナシにしようと、旦那さまに意見したのでしたね。この度は、衆目がグルーム家に集中したおかげで、難を免れましたが」
事実だった。
ギガーマイト=ゲマインナーは、息子のモガーマイトの妻にブランチェスをと、夫に打診したらしい。庭師の息子の件は、大人になれば、子供時分の些細な想い出と落ち着くかもしれないが、その前に噂が独り歩きし、スプラードの評判が落ちてしまうほうをハハマーマ危惧した。
「……口がすぎます。追い出されたいのですか」
「他言はいたしません。決して」
ハハマーマは完璧を目指す。それが、後妻として家を仕切る自分の役割。芽は小さなうちに摘み取る。ブランチェスがさえいなくなれば、妻にという話は、根本からなくなるのだ。
なに。子供なら、自分で産めばいいこと。すでに一人お腹の中にいる。そういう思考だ。
だが――。
「それであの娘は?」
「そうでした。テルアキにあえないなら何もいらないと。自室から脱出する素振りもみせません。閉じ込めたのか、閉じこもったのか、分からない状態です」
――だが、迷いの森から、娘は生きて帰った。
しかもスキルまで手にいれたという。
スキル。15歳から許される、アリストダンジョンで試練を受けることで授かる、不思議な技能。スキル取得には複雑に絡んだ条件があるらしく、必ずゲットできる保証はない。条件解明に力をすすぐ者はほとんどいない。
手に入れたスキルは、食糧事情を改善したり、振動で破壊される建築物の修繕に活かす方向で、手いっぱいなのだ。あとはせいぜい敵シタデルの警戒くらい。
条件などひとつもなくで偶発的に得るものである。そう、サロンでの話会いで、決めつけられていた。解明の気概など、ますますなくなるというものだ。
そんなスキルをゲット。それも半日という短時間に2つもだ。
悪い虫の噂は消せない。だがあの、子供を捨てるイメージしかない森から生還して複数のスキル持ちとなった。ならば、そういう使い道は義娘にはある。スプラード家の繁栄に役立つ使い道が。
「部屋で泣いているのでしょうね。あの泣き顔。見苦しいったらないのよ」
「あれだけは残念です。せっかく見目麗しく育ったというのに」
そこは同感だと、二人は顔を合わせた。
「むっふっふ。ポイントは回数だったみたいね」
ブランチェスは閉じ込もった自室で、声を殺していた。
家の中なのに、床は一面のお花畑。毛皮だった絨毯は、季節を問わない一年草の花盛りだ。【植物】スキルをいろいろ試してみた。その結果。なんだか、できてしまったのだ。
スキルを発動するには、魔力がいるというのが通説だ。上級貴族にスキル持ちは多いのだが、みんな他家人。身近な人間にはいないし、スキルは自身のステータスなので隠そうとする。詳しいこと語られないのだ。
”魔力”という目に見えないあいまいな根源が何なのか、はっきりさせようと試していたのだ。ある瞬間から、スキルの一覧が見え始めた。
そこには、親子に階層化されたスキルが羅列され、数字が並んであった。
たとえば植物はこんな具合。
【植物 レベル1】(3/11)
ツタ(0/5)
アオダモ(2/3)
花絨毯(1/2)
柳(0/1)
使役(0/1)
ブランチェスは喜んだ。
可視化。これで検証できる。
左の数が使用数で、右が上限回数。ツタならば、5回使えることになる。
回数は、体力と密着しているようで、時間がたって疲れがなくなれば、数字も徐々に回復に向かう。一晩ぐっすり眠れば左はゼロ。
加えて、右の上限値も変化する。使えば使うほど、数が大きくなる。ツタもアオダモも、最初は”2”だった。それがいまは、5と3に加算だ。【植物】という親階層に対し、子階層も、増加する。いつ追加されたのか、気がつけば”花絨毯””柳””使役”があった。
そして、親階層【植物】の数字(3/11)こそが、大きなポイントだった。
分母にある11は、植物全体の合計。これはほかの子階層に自由に割り当てることができた。ツタの上限は5だが、ほかを使うつもりがないなら、フルに11回、割り当てることができる。
子の階層は、多ければ多いほど便利ということ。分母数字は転用できるので、そのスキルに使いみちがなくとも、ムダではなくなるのだ。
スキルは”レベル”のアップで威力を増し。上限数も明快。
”魔力”というあいまいさもなくなり、使い勝手がよくなった。
「みんな、ウソをついていたようね。アオダモ!」
花畑の中からにょっきり、一本の木が生えた。自分の腰の高さ。握るにちょうどいい太さの、樹木というより棒が出てきた。アオダモは 3/3 になる
「これ、テルアキは”バットの木”って言ってたっけ。消えて。柳!」
アオダモが消えて、代りに掌サイズの柳が出現。柳のスキルカウントが 1/1。
アオダモの数字が回復することはない。使わないまま消去したからといって数は戻らない。実績としてカウントされる。【植物】のトータルが 5/11に増えた。
柳は、苗と呼ぶべきサイズだが、バランスが妙であった。ミニサイズの成熟した柳の樹木。いわゆる盆栽くらいの大きさか。
おいでと、ブランチェスが手招きする。柳が、4本の根っこを足のように動かし、ちょこちょこ、歩いてくる。”使役”で柳を従属させてみたのだ。
不器用にぶんぶんふりまわす8本の枝は、腕のようにはいかないようだ。
つんつん。指で天辺をつついた。くすぐったかったのか、細長い葉の枝先で、撫でていてる。顔がないので表情は不明だが、仕草がかわいらしい。
ブランチェスはあの冒険をかえりみる。脱出への道のりは苦しかったはず。過ぎてしまった今は、楽しいことが多といえた。ほんの半日の体験を思い出すと、ついニヤついてしまう。
テルアキ。いや、ルミナスと呼ばれていたっけ。彼と本気で言い言い合いし場面を回想すれば、あまりにも可笑しすぎて、大きな笑い声が隠せないほどだ。
「しっ。騒いじゃだめよ私!」
掟のうるさい貴族社会だ。スプラードの屋敷に帰ってしまったいま、会うことの難しさが身に染みる。あの頑固なハハマーマが彼を連れてくるとは思えないし、父も兄も許さないだろう。解ってるが、逢えないのは、ツラかった。
だが、別れたときの状況から、自分にもできる何かがあると、理解してる。
彼の力になれるかも知れない。
そう思うと驚くほどに力が湧き、胸が熱くなってくるのだ。
「スキルをみがかなくちゃ。ハサミ、植物、水、土。それに”合成”。びっくりさせてやるんだからね!」
助けられるだけではいけない。横に並び立つ存在になるんだ。
それが、テルアキを助ける最短コースなのだと、ブランチェスは信じた。




