23 静かなるレブンシタデル
西の広場の演習は、つつがなく終了した。
今年の勝者はレブンで、敗者はマウイ。昨年も一昨年も。40年間、同じである。
マウイは、40年前に戦ったシタデルだ。
強襲の殴りこみに、劣勢を強いられものの、陣頭に立った貴族たちが、戦える者たちをまとめ上げ、どうにか追い返すことに成功した。
華々しいとはいえない勝利の後、マウイはレブンの礎と消える。
防御。斉射。強襲。
例年の演習は、この窮地をひっくり返した戦いをシミュレートしたもの。
襲い掛かってきた敵兵から身を潜め、ゲリラ戦術でひとりひとり倒した。それが防御。
敵を一掃した後、相手シタデルに対し、断続的な長距離攻撃の返礼。それが斉射。
主だった将兵を排してから、敵シタデルへ乗り込んでの反抗作戦。それが強襲。
攻撃に耐える忍耐強さと裏をかく機敏さに秀でた者が、防御の優秀者たち。
性格かつ迅速に遠くの的を射抜く長距離攻撃に秀でる者と、集団を組織できる者が、斉射の優秀者たち。
最後に、敵のまっただ中にあっても怖じけることなく猛威を奮える勇者が、強襲の優秀者。攻撃技術だけでなく、ともすれば残虐や無鉄砲に映るくらい、一気呵成に殴りこめる度胸と冷徹さ、そして共闘する味方を援護できる機転という、レベルの高さが求められる。
そういうことから強襲の優秀者は、しばらくの間だが、英雄としてもてはやされる慣例だ。
各訓練で優れた成績を収めた者たちが、次々に、表彰されていく。
名前が呼びあげられるたびに、会場がわっと沸く。友人、恋人、その家族。それがただの知り合いであっても、まるで自分が栄誉に預かったかのように、喜んだ。記念品は木製のペンダント。魔術が施されるということもない、記念品以上の価値をもたない装飾。だが、胸にかかる20グラムほどの重みを握りしめ、みな誇らしげに笑顔する。
全員の首にペンダントを掛けた終えた王が、重々しく優秀者を称える。
曰く。この者らは、この40年でもっとも武勇に優れた者たちであると。
曰く。この者らがいる限り、いかなるシタデルも敵ではないと。
曰く。選ばれなかった者たちも切磋琢磨し、レブンの安寧を築いてもらいたいと。
東の森の広場で、実施された演習も、終わったころ。あちらでも、一字一句、たがわない言葉が述べられてるだろう。壇上で熱弁をふるうのはガモルク侯爵。東側では王に次ぐ権力を持つ上級貴族だ。
西と東の優秀者の決勝戦はなく、改まった比較はされない。
なぜなら演習は、訓練の成果を市民に知らしめるものにすぎず、優秀を選びはしても、唯一無二のトップを決める意義はないと、上級貴族は考えているからだ。
市民に課せられる、15歳から3年以上の兵役。より優れたものはそのまま兵として採用されるが、ほとんどは、我が家に戻って家業を続ける。そんな若い集団を統率する貴族の手腕の披露し、市民の意識を高揚するのが、当初目的のひとつなのだ。
とはいえ、それもこれも、戦いのない40年の間に、形骸化してしまっていた。
民衆の息抜き。そうしたイベント要素のほうにシフトしている。主に大多数を占める農業。つまり、貧困にあえぐ下級労働者の、ガス抜きだ。限られた敷地。割合の高い人口。慢性的に不足する食糧。それでも、自身の権力を維持するための努力を、上級貴族は怠らない。
若い王は重い衣装の隙間から手を出し、笑顔で手を振りながら、壇上を辞する。
会場からは盛大な拍手が沸き、なかなか鳴りやまなかった。
宴もたけなわ。進行役の貴族が閉幕を宣言して、演習は幕を閉じた。
「リハード=レブン王陛下。民衆へのお言葉、まことに感動いたしました」
控えのテントに待つ配下が、王に対し、ねぎらいの言葉をかけた。感動を語るにしては、嬉しさの抜けた暗い瞳。つり上がる眉毛の端には、叱咤のもくろみさえみえた。
楽し気だった王の笑顔が、深い闇に覆われて消える。
「いいたいことがあるようだが。台本を書いたのはお主だろう、ギガーマイト」
「風格というものがございます。王が発することに意味が生まれるのです。まこと、羨ましい。ただ、手を揚げる行為は、記してないはず」
「アドリブも許されんとはな。手の動きひとつも自由にならん王が羨ましいというなら、いつでも譲るぞ。総領主様のゲマインナー家が王なら、完璧であろう。あとはマスターの地位か。狙っておるのだろ? 息子を、と」
「……」
「ジョーダンだ冗談。そう怖い顔をするな。疲れたな。早いが、ひとり酒でもあおって寝るとしようか。王宮の隅でな」
「余計なお考えはなさらぬように」
「わかってる。兵役とでも思って、任期をまっとうしよう」
総領主:ギガーマイト=ゲマインナーは、その眉をいくぶん和らげた。
「近衛衆! 陛下がご退場めされる。馬車の用意を」
王の退去が合図となって、演習に集まったすべての人々も解散していく。演習参加の各隊が粛々と行軍。それが済むと、応援の貴族や領民らも、岐路についていった。
その道々、とある噂が、人伝の話にのぼる。「グルーム家の子がひとり、森で死んだんだんですって」と。
グルーム男爵領の二人が、貴族の子の遺体を森から運び出すのが、目撃されている。
証言者は一人や二人ではない。かなりの民がいるのだ、隠しおおせるものではない。もはや噂ではなく、事実として人々に伝搬していく。
「サンガリのとこだよな。貧乏人の子だくさん」
「とうとう食うのに困って後妻の子でも捨てたか」
「間違いなのでは? あの善人が子供を捨てるなんて」
直径1000メートルの狭い世界に、人口約1万人。
慢性の食糧不足。娯楽は過少。シタデルにひしめく寄り合う所帯では、他人の噂は娯楽だ。貴族の話は、ことさら美味しい。
「捨てたかは定かでありませんが、死亡は事実だとか。ムーダリア家の情報です」
「演習中にってのは、マズイよな。だがおもしれー。上がどう差配するか。しっしっし」
「ガモルク家は喜ぶぞ。絶対に。侯爵だった家を男爵に貶めたヤツらだ」
「しー。声が大きいです」
迷いの森ダンジョンでの出来事は、その日のうちに、静かに、だが確実に囲いの世界に広がっていった。その日のうち、上級貴族のほぼ全ての耳に入る。ガモルク家も知ることとなる。
告発の書類にあったサインは、総領主:ギガーマイト=ゲマインナーだが、取り上げられた2家は、ノグルサフ家の支配下に置かれた。ノグルサフ家は、中央で商業を管理する子爵で、農地の家柄ではない。だだ、ガモルク家へ忠誠を誓っていた。貴族のパワーバランスが働いたのは明らかであった。
翌日。
グルーム家では、小さな葬儀が、執り行われた。
参列者は、サンガリを筆頭にローラン、嫡男のトマス、長女レリア、末っ子フレッド。
執事のセバサ=オットー、侍女のチネッタ=ダッパー。
ほかには、農民長のアラモスとその家族。農民のバジャット、チャブルエ、その家族。5家あったグルーム領は、この3家に減俸されていた。
末席にいる狩の親子のギーネとグーネには、正式な住居は無く、支配のカウントから免れている。アラモス屋敷の小屋が仮住まいで、その日のその日の狩猟暮らしだ。税の義務はない。狩った獲物を、家賃代わりに納めてる。
墓はわずかとはいえ、場所をとる。ただでも少ないシタデルの希少な土地を、恒久に独占。平民のみならず、下級貴族にとってもかなり贅沢とされる。グルーム屋敷の片隅にある石の祠。マルスはそこに埋められた。
御霊を天に帰すと伝わる霊語。セバサは、それを静かに読み上げる。
ほかに聞こえるものは、サンガリの嗚咽とフレッドの腹の虫。
雨が降っていた。
風に吹かれた水滴は、シタデルの高い天井の脇を抜け、サンガリたちの頬に落ちてきた。




