19 2枚看板
いつも読んでいただき、ありがとうございます
あと7話で、ストックが……
「重いけど大丈夫なの。変わってあげてもいいわよ」
「はぁはぁ、いや――」
スキルで軽くなってるとはいえ、男の子の身体はずしりと重い。
空腹もだが水が飲みたい。汗は枯れ衣服には白く塩が浮いてる。
俺の目は、死んだような魚になってることだろう。
「――いい。足をもってもらって十分助かってるし、これは俺の意地みたいなもんだ」
「無理しないで言って。いつでも代わるから」
「ありがと。ふーぅ――」
背中から半分ずれてた男の子を、そのまま地べたにずらして降ろす。
体温を感じない体躯。硬直も始まってる。
”人であった肉”と化して、背負い安くなってきてるのは皮肉なことだ。
まさに肩の荷が下りたことで、身が軽くなる。
耳の奥でアナウンスが鳴った。
〔スキル 重力上げ レベルアップ 80%になりました〕
スキル重力上げは、パッシブじゃなく回数制だ。担ぐたびにカウントが一つ減り、担いだままなら時間で減る。残るカウントは2、先行きが不安だったが。
レベルアップに伴ってカウントが満タンに。
回数が増えた、おお、倍の40回。しかも、支える重さが80%減。
背負うパワーが2割でいいのだ。100キロが20キロになる。
強がってみたものの、心身が、限界に悲鳴を上げ始めていた。
絶妙なタイミングでレベルアップ。助かったというのが本音だ。
単純に喜しい。そう思えた自分が軽薄で、嫌いになりそうだ。
「で、なんて?」
俺たちはまた、看板の前に立っていた。
パターンの変化ごとに出現。
というより、新たな歩行パターンをお告げ遊ばす、おなじみオブジェクト。
ATMで残高をチェックする気軽さで近づくと、看板は2枚。
予想外な出現。、腹と疲れのせいで見間違がったかと、目をこする。
「最後って書いてあるわね」
「はぁ。ダマシじゃないだろうな」
「ひねくれ者ね。看板まで疑ったら攻略なんてできないじゃない。過去にはちゃんと、帰ってきてる人もいるんだから」
「さようで。で、どっちに従えばいいんだ」
最後の指示はいいが、看板は2枚。ダンジョンの意図はどこにある。
こんこん。右側の看板を指でノックするブラン。トイレか。
「女子用ってあるのが、わたしね。ええと北21西16、北18西17。って、ええ?」
驚いてるブランを尻目に、左の看板をじろりと読む。
ブランに教わって、俺も文字が少し読めるようになってる。
「女子用男子用って、マジトイレだ。俺のはと……」
「? テルアキどうかしたの?」
「あ、いや。2つの指示まではまったく同じだ。こっちのがひとつ多い。男女不平等だ」
ブランチェスが2箇所で、俺が3箇所。
数の差はまぁいいとして……良くはないけど。
今回の面倒なところは、右にとか左にじゃなくて”箇所”って点だ。
行くべき座標が、ピンポイントで記してあるのだ。
「ダンジョンって、進んでさえいけば、出口にたどりつけるものよね」
「そうだよ。普通は」
どんな迷路でも、入口があって出口がある。終点を目指すことが目的だからそれでいい。挑戦する側は、どんな手を使っても脱出さえできれば良いとなる。
極端をいうなら、ショートカットすればいい。仕切りを超えても穴を掘ってもな。
辿りつけさえすれば、それが正解だ。
だけど、これは。
「踏み石型、とでもいうのか。フラグを消化しないといけないんだな。最初からおかしいとは思ってたけど」
「ふみいし?フラグ? 自分だけわかるなんてずるいわ。説明しなさい」
「ほう。年下の下級貴族に頼ってもいいのかな上級貴族さま」
「コマを上手に仕うことも、上級貴族に欠かせぬ器だ……なのよ」
ツンと言い放つのいいが、頬がピンクに染まってるせいで慣れない感が駄々洩れだ。
親の真似をしてるだけだな。身についてない感、丸だしだ。
「なによ……」
ぷいと頬を膨らます。コイツの性格が飲み込めてきたかも。
親思いで健気。見ず知らずの人にも肩入れして助けてしまう優しさ。
お節介でお人好しな女の子なんだな。
「そういや、ルートからズレたようなこと言ってたよな。なにがあった?」
鼻水だらして泣いてたときのことだ。
泣くと不細工になるときがあるってのも、ブランのキャラだな。
うぇぇ。思い出して鳥肌たった。背中に羽毛が生えてきそうだ。
「妙なこと思い出してるじゃないでしょうね」
「いいえ」
げ。心を読まれた、のか?
「……跳びこんだエリアは魔物だらけの場所だったわ。大ネズミにウサギに。みんな弱い魔物ばかりだけど、5匹や6匹が待ち構えていた。倒すまで出られないのは、ほかと同じだけど。一人であの数に参ったわ」
ダンジョンゲームのモンスターハウスかよ。よくぞ倒しきったもんだ。
しっかし、正規ルートで魔物バトルで方向を見失わせ、ルートからはみ出たら魔物の部屋。
恐ろしいというより、エゲツネぇ。
「魔物部屋はわかんないけど、全エリアに足を運ぶことがクリア条件。もれなく踏破しないと脱出できないシステムだな。いちいち看板で指示してたのは、外せばペナルティだと脅しながら、いっぽうで親切だったわけだ」
「北21西16、北18西17。場所が離れているようにみえるけど?」
「その通り離れてる。踏みそこなったってことらしい」
「そんな……」
魔物が多数出現したことは何度かあった。ただもうこっちは二人だし、力量も上がってる。スキル取得の後は、どれもが雑魚にみえてたし、そう扱って処理していた。レベリングの糧みたいに。オカシイなと首をひねりながらも、さほど気にならなかった。
でも、2箇所、3箇所の”歯抜け”は、踏まないエリアが生じるよう、ダンジョンが誘導した可能性がある。ダンジョンの不誠実さは、信用していい。
「北とか西とか言われても。日中でも向きが変わるシタデルで、方角なんて」
「向きが変わることがあるのか。なんて世界だよ。分かんないけど、そこはダンジョン内での方角でいいと思う。地図なら上が北という暗黙の取り決めみたいに」
北には、真北、磁北、方眼北の三つがあるんだが、それを語ってもな。
「どうすれば、行けるの。ここがどこかもわからないのに」
「それならわかるぞ。この板だ」
「もぎ取った看板の裏ね。なんか、ちまちま描いてたようだけど」
「これまで歩いてきた経路だ。なんか、指定ルートが四角っぽかったら、もしやと思って、升目に印してたんだ。ちなみに、ブランが鼻水女に進化する以前は除外してある」
「悪かったわね……美しくて」
スルー。無言で板をバンと叩いて意思表示。
ブランは、ちろりとにらんだ。
それから膝屈みになって、芝上の板に視線を移す。
「俺たちが歩かされたコースだが、左回りでの周回が基本みたいだ。ここ、西の廃坑ダンジョンって言うんだっけ。狭いって話してたよな」
「大人たちが会話してたのを覚えてたの。たしか……100メートル四方かな」
「100メートル?たったの?面積ならわずか1ヘクタールじゃないか」
札幌ドーム3分の1も無いぞ。
そんなとこ、半日以上もかけてぐるぐる歩かされたのかよ。
「面積なんかどうでもいい。わかるの? いま、わたしたちが立ってるこの場所が」
「わかる。北・西という指示ではっきりした」
一番下が北1で、一番左を西1としているっぽい。
そして、縦に55横に55。俺の歩数から計算すると、おおむね99メートル。
誤差を考慮して、一辺が100メートルなら辻褄があう。
ニヤリ。人差し指である一点をはじいて、俺たちの左側を示した。
間違いなくここ。北22西16だ。
俺たちがいるのは、一つ目の飛び地のすぐ南。
「すぐ隣さ」




