18 アーキテクチャ
死ぬとか言ってフラグを立てた直後、魔物退治のポイントが溜まったのかスキルゲット。
悲しんだり喜んだり、した代償なのか今度は。久々に、看板が出現した。
数字を表すと思しき記号と、前後左右を指示する文字。同じみの組み合わせだ。
こいつの出る理由は2つ考えれる。ルーチンを間違えたか、パターンが変わるかだ。
「何てあるんだ、ブラン」
「ブランですって!? な、名前、し省略したわね!」
「川で溺れたとき、長い名前は、助けを呼んでる間に溺れるぞ」
「なんの話」
寿限無寿限無じゃないが。呼んでる間に怪我でもされたら、夢見が悪い。
とっさのとき、困るんだ。
「ち、父上からつけていただいた。大切な、な、名前を」
顔を赤らめて、身体をもじもじ捻るブラン。
そんなに気持ち悪い思いをもったなんて、悪いことした。
「そいうやキミ、自分の名前を忘れているのよね? 記憶デバフで」
「名前を忘れる?」
前にもそんなこと、言ってたが、忘れてないぞ。
「未熟な者はね。ダンジョンのプレッシャーで名前を忘れてしまうの。とくに子供は危ない。文字が読める上級貴族でも15歳にならない子は、近づくの禁止されてるの」
プランが「前進1、左へ転進、12直進、右へ踏みこんで戻る」と看板を読んだ。
指示にしたがって1エリア前進し、左へ転換。直進していく。
「名前を忘れるって変な話だけど。だからどうしたって感じだな。忘れたからって、攻略には関係ないだろ」
1エリア分進むごと、後方エリアが消える。つーか、合計の見通しが合計3エリア分しかないのは相変わらずで、いいかげんこの不思議さにも慣れてきた。
「出た。カビバラ? 糸で捕獲っと」
「ハサミで斬るわ」
警戒意識がより高まってるせいで、魔物出現への対応が素早い。
出現したネズミのバケモノを、糸で絡めとった矢先、ブランが仕留めてしまった。
デカい敵をハサミ? わずかな疑問は、首にぶっすり刺し込んだ一撃をみて納得。
刃物は刃物。どう使おうと、個人の自由だ。
「さすが下級貴族、バカね」
「またそれ」
話の続きだ。下級下級ってしつこい。
「名前にはね、その人の心と記憶が密接にリンクしているのよ。大切な人生や想い出、それに知識をね。それを忘れてしまうってことは……」
名前と記憶がリンクだ?
そりゃ、記憶喪失にでれば、名前も忘れてしまうことのもあり得るだろうけど。
リンクって。
プランはペースをあげた。
速いテンポで直線を突き進み、12のエリア踏破まで、あと2つ。
彼女の一歩についていくには、2歩も3歩も必要で、俺にはかなりキツイ。
チワワの散歩だ。腹が減ってることもあり、ついてくのでやっと。
「はぁ、はぁ。ブランチェスさま? 相済まないこってすが、ちょっとばっか悪いんだけど、すこーし、速度を低速に、だな」
「大丈夫キミ! しっかりして!」
「気づいてくれたか。かなりきつくて」
たたたと、ブランは小走りに駆けだす。心配してくれたんじゃないんですかい。
11個めに踏み込んだエリアの中央。うつ伏せに倒れた子供がいた。
俺は、抱き起こそうとするブランを「待て」と制止する。
「起こしたりゆすったり、しないほうがいい。頭を打ってるかもしれないし」
言いながらも、左右に視線をやり、魔物がいないか探る。無意識に。
やってる自分に、ニガ笑いだぜ。
男の子だった。身なりは悪くない。
今の俺よりも、すこし大きいくらいか。髪の色はグリーン。
「う……」
「気が付いたわ。キミ、名前は? 自分がだれかわかる?」
またそれ。どんだけ名前が大事なんだ。
問われた男の子は、息の漏れる掠れた言葉で、それでも律儀に応じた。
「はあ。はぁ。な、名前か。そういや、わかんねーな」
わかんないって。自分の名前をか。そんなことが。
「下級貴族みたいだけど。キミも、ダンジョンに捨てられたの?」
「はぁ、はぁ。わかんねーって。ああ、そこの、後ろのヤツ」
「俺のこと?」
虫の息とでもいうのだろうか。吸い込もうとする肩がわずかしか上下してない。
疲労紺ばい。そんな消灯直前の目が、俺をみつめた。
「なんかよ…………気に入らねぇツラ、してんな」
「初対面だろう。いきなりディスるか」
「はは、悪かった……忘れてくれ……もう、つかれた……」
言葉尻に「腹へったな」と付け足して、男の子は静かになった。
衣服は、ぼろぼろ、血が固まって黒くこびついた傷。
泥で隠れてわからないが、整った顔立ちなだけに痛々しい。
どれだけの苦闘に逢えば。こうなるのか。
「ちょっとキミ! ねぇ!」
「だから、ゆするなって」
「……」
「ブラン、さん?」
ブランチェスの頬を伝ってるのは汗?
ではなく、涙だった。
「悪化はしないわ……死んだもの」
「……え、ウソ」
言われれば、たしかに息をする気配がしてない。そんなこと。
恐る恐る、手首の脈をとってみた。
「死ぬのか。マジに?」
「なにを、いまさら」
抱えていた男の子をそっと離して草に寝かせるブランチェス。
生を手放した身体は、信じられないくらい、くたりtお、重力に順応して草に沈む。
俺たちは、少年だったそれを、しばらく見つめていた。
「ブラン行こう」
「なにを」
「置いていけないだろ。この子」
男の子を背負おうとした。重くて大きい。背負えるような体重じゃない。
だが、ダンジョンに放置するなんてできない。
どんなふうに処分されるか、考えるのもおぞましい。
〔スキル 重力上げ45% を取得しました〕
腹立つ。だが使わせてもらう。男の子はぐっと軽くなった。
「意外と力持ちなのね。わたしも手伝うわ。この子と一緒に外に帰ろう」
「ありがとう助かる」
これは設定でありイベントの一つ。そう思いたいのだが。
俺の中の何かが、違うと、否定してくる。
ここまで、叩きつけてこられたら、俺でもわかる。
現実逃避は、オシマイにすべきだ。
俺は、死んで子供として異世界に出現。
どういう事情か、いきなりダンジョンの中に放りこまれた。
そして、脱出できなければ俺も、俺たちもこうなる。
再び死ぬんだ。
「訊いたかもしれないけど。ダンジョンって意志があるのか?」
「訊かれた記憶はないけど、意志があるとすれば、マスターの采配だわね」
「マスター。偉そうだな。そいつさえ倒せば、ダンジョンはなくなるんだな」
こんな理不尽なダンジョンがあるから、悲劇がおこる。
かんたんに、子供を捨てる環境があるって、ゴミステーションじゃねーんだぞ。
親や社会の事情なんか、知りたくもない。
ブランやこの子。当たり前のように子供を見捨てる社会構造は、根本から間違ってる。
ゲームもどきなら、俺にだって、どうにかできる。
全てのゲームはクリアできるように設計されてるもんだ。
「倒すですって!? バカなことをいうわね。マスターはシタデルの守り神よ。レブンシタデルを、わたしたちを守ってくれてるの。逃げ腰だとかいろいろ不評はあっても、倒すってバカは初めてみたわ。マスターになろうという人はいるけど」
そうなのか。マスターには成れるのか。
駅前公園のバトルで勝てば、新しいマスターになれる、みたいな。
「キミの聡明さをみる限り、覚えていてもよさそうだけど」
「覚えてというと、名前のことか。ブランは覚えていたんだな。自分の名前を」
ため息をついて話を換えてきた。
これ以上つづけるのは、不毛な気がしたので、俺も乗ることに。
彼女は、鎧の胸の谷間に指先を差し込んだ。何をする。
「これよ」
そう言って見せてくれたのはネックレス。
「俺のドキっを返せ」
「なんのことよ?」
短いネックレスはチョーカーっていうんだっけ。
輪っかを繋いだ小豆チェーンタイプ。
ペンダントトップは二つあった。ひとつは青い石。間違いなく宝石だろう。
もうひとつのほうをプラプラ振ってみせる。
銀色。3×1センチほどの、薄い金属プレートだ。
「名前を刻んで、内緒で持ち歩いてたの。文字が自分の名前だと無意識に理解できていれば、こんなものいらないんだけど」
ドッグタグみたいなものか。軍人が付ける本人確認証。生きてるうちは役立たずの。
わざわざ自分の名前を持ち歩いてる目的は決まってる。
ダンジョンに放置される危険を察知していたのだ。
当たり障りのない質問で会話を続ける。
「”ブランチェス”って綴られてるんだよな?」
「わたしはスプラード家の長女。ブランチェス=スプラード。けども、父上の手でこの迷いの森に捨てられた。そんな気はしていたの。要らない娘なのよね」
哀しそうな笑顔を見ていられず、太く育った楢木みたいな樹木に視線を移す。
「自己紹介してなかったな。俺はテルアキ。倉地 照明だ」
「テルアキ。聞いたことのない響きの名前ね。クラチというのも、わたしの知る貴族にはいないけど。覚えておく。忘れたりしない絶対に」
誓うようにネックレス握りしめた。
決して忘れない、か。約束とも言えないシンプルな誓い。
いまはとんでもなく重い意味で俺の心に染みわたった。
「俺も忘れやしない。ブランチェス=スプラード」
俺たちはそれから、一言も発すことなく、黙々と歩いた。
出現する魔物を倒し、看板の指示にしたがって、ダンジョンを攻略していく。
好奇心から、看板の一つを蹴り倒し、板と杭とにバラした。
なんだこいつという目のブランに、杭は棒武器代わりで板は歩いたルートを記すメモだと答えてやった。
そんなことする人いないわよと、本気で笑われた。
カーペンタ―と、アーキテクチャという、わけのわからないスキルを取得。
ブランチェスも、水と土をゲット。
いつのまにか、迷いの森のダンジョンの魔物は、俺たちの敵では無くなっていた。
攻略は、もう目前と思われた。
 




