16 二つの糸
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ありがたいことですねー
「まぁた魔物。大蛇だぞ。そっち蹴るからなー」
「わたしに回さないで欲しいわね」
うさぎ出現がきっかとして、魔物が頻繁に出現するようになった。
フラグでも立ったんだろか。静かだったのに、おかしなものだ。
出現する魔物は、ネズミやカピバラや、兎などのげっ歯類が大半。
蛇やトカゲなんかが時々だ。森の生物たちって分類だ。
強さは、それほどじゃない。時間をかければ、俺でも蹴りや踏みつけで倒すことができる。が、けっこうな体力を削られる。武器などで一撃のもとに葬れば楽なのだが。俺にはこれといった決定打がない。ブランチェスに魔物を回すよう、心がけてる。
「剣をもってるんだから。構えろ。いくぞ!」
「もう……いいわよ。せーのっ、オイショ!」
大蛇が消滅した。気の抜けた一閃に倒される哀れな最期である。それほどまでに、素人目にもわかるほど、力みのないひと振りだともいえる。魔物に慣れてきた証拠だ。
「ナイスフォロー!」
「ふぅ。キミねぇ、なにか武器とかないの? 蹴って逃げ回ってるだけじゃない」
「立ってるものは親でも使え、てな。ついて来たんだから仕事しろ。俺の得意分野は、関節技や投げ技なんだ」
ダンジョンで倒した数は、20を超えた。これまでに何かを落とした魔物はおらず、レベルアップなんてゲームイベントもない。変化のない、遭遇した魔物を手あたり次第に倒していくだけの、旨みなき攻略だった。1秒でも早く脱出したい。正直、飽きてきてる。
「むむー。蛇にだって関節くらいあるはずよ!極めなさいよ」
「そうか? 関節みつけたら、ぜひともおしえてくれ。あるならな」
「いっちいち腹立つわね。いまの蛇は頭から5センチのところを斬ったわ。次は8センチを狙う。反対側に曲がらない骨があれば、そこが関節よ。絶対にみつけてみせる」
襲いかかる蛇を2センチ単位でスライスかよ。
すっげー精度で、執念だ。意味ねーけど。
「ガンバりゃあ~」
「むっかつくっ!」
からかうのが、ちょっと楽しくなってきた。一人より二人のほうが心強いのは確か。ダンジョンを脱出するうえでも、複数のほうが方向を間違いにくいなど、アドバンテージが多い。なにより、気分転換できるメリットは計り知れない。危険をさまようダンジョンで、滅入らずにいられるのは、バカ話のできる相手がいるから。ブランチェスがいるからだ。
「なによ?」
「いいや。いくぞ」
トカゲ、兎、またトカゲ。空腹を気のせいと無視して、突き進む。
店なんかどこにもない、食い物のことを考えるとよけいに腹が減る。
とにかく集中。なんにしても、脱出するしかないのだ。
「ちゃららら~♪ 魔物が現れた!」
「バカ言ってないで、こっちへ蹴りなさいよ」
「でっけーイモムシ登場。お初だな。行くぞ!!」
のそのそ、這って現れたのは、薄緑のイモムシ。
子犬ほどのコタツの下にもぐれるそうなそいつを、剣を構えたブランチェスへ、右脚で蹴りつける。だが、イモムシは見た目を裏切って俊敏だった。
上半身だか首を、ぷるんとふって俺の蹴りをかわす。口から3本の糸を吐き出した。
2本が肩と脇をかすめて飛んでいき、1本が俺の足に付着した。
「早くよこしなさい。何をやってるの!」
「くそっ。ネバっとして、とれない!」
引っ張ってちぎろうとした。強靭で千切れない。
しかも粘つきが強力だ。
絡みつかれた手の自由が奪われる。
蹴るどころではない。
「て、テグス製の納豆糸みたいだ。ショーユでかき混ぜてやろか!」
「すぐ剣で切るわ。そのまま動かないで」
「待てブランチェス! 俺よりも……」
俺よりイモムシを。糸でなく、糸を吐き出してる本体を倒しさないと、終わらない。
そう伝えようとする前に、彼女の剣は、糸にむかって振り降ろされる。
その糸は現在、俺の両手を封じてる。そいつを切るってことは。
「俺を糸ごと抹殺する気か!?」
「あ、あれ? 斬れない。け、剣が絡まっちゃった。よかったね」
「そういう問題じゃない!」
切られかけた。それも胸を。
血液ドバドバの瀕死状態に、あやうくなるところだった。
イモムシ糸の粘着力に感謝したい。
「ど、どうすればいいのよ。剣がとれなくなったわ! 攻撃できない!」
「胸くっつけるな。離れろよ。ったく、よけいなことをして……ブラン!後ろ!」
「え?アッ」
ブランチェスの背後、別の魔物が現れた。今度はクモ。
大きさが、丁度いまの俺くらいの、黒クモだ。
クモは、ブランチェスの首をつかもうと二本の前足を交差させた。
だが、間一髪。彼女のほうが一息、早い。
攻撃をかわして逃げおおせる。
「でも、剣が」
ブランチェスが、クモから逃げられたのは、剣を手離したからだ。
一時の安全の代償は大きいといえよう。
目先の危機は脱した。彼女は丸腰になった。
対峙するクモが、ゆっくりと距離を詰めつつ回り込んでくる。
射しこむ日に6つの目が輝く。こいつ、自身の優位を理解してる。
「くっ、最悪すぎるわ。2匹同時、しかも動きがとれなくなってからなんて。このダンジョン性格悪すぎよ」
「同感だが、悪口はダンジョンの心証を悪くするぞ。意志があるならだけど」
「いまさらだわ」
クモの策略にひっかかった。
俺たち二人は、攻撃ができないどころか、その手段すらないまま、背中合わせに追いつめられ、ますます動きがとれなくなる。
イモムシのときおり吐き出す糸が、厚く重なって、俺の上半身は封じられつつある。
クモの尻から糸が勢いよく跳んで、それがブランチェスの片腕に巻き付いた。
「わたしたち、ここで死んでしまうのかしら」
「フラグ立てるな。いちいち落ち込まない。考えるのは退治のしかただ」
「退治ですって。どの口が言うのよ、殺されかけているのに」
前にも後ろにも魔物。種類はちがうが、どちらも糸を使う。
このままじゃ、二人まとめて繭にされて保存食だ。
クモなんて、玄関に張られた巣を棒で絡めとるくらいしか付き合いがない。
イモムシはさらに、付き合いがない。
「毛のはえない毛虫のことをイモムシっていうだけで、明確な分類はないそうだ」
「それがどうしたっていうのよ!」
ごもっとも。だが、しゃべることで、なにかがまとまってくることがある。
どっかで読んだどうでもいい記憶。
読んだことさえ忘れた知識が、口から出てきた。
「どっちも糸の攻撃。クモなんか粘る糸を粘らない糸の2種類を使い分けてる」
「その口が、糸に塞がれるわよ。少しは抵抗しなさいよ」
ブランが糸を切断した。懐から取り出した鋏で切ったのだ。
剣より小さく小回りが自由だが、ガムテープを切っているようなもの。
粘ばり成分が付着するにつれて、切れ味が落ち、吐かれる糸にペース負けしてる。
「自分の糸は、見分けがつく……ってことは。場所を変われっ!」
「え?」
俺は、一定距離から近づいてこないイモムシへ、一息で迫った。
ピンと張っていた糸にたるみが生まれた。
身体をよじり、まだ自由の残るほうの手で、イモムシの糸を鷲づかみする。
たるみつつくりだした糸を両手に持ち、イモムシを蹴り飛ばして離す。
その勢いを駆って、逆の、クモへの側へと身体を翻す。
「ブランも! クモの糸をイモムシに!!」
「わかったわ!」
輪にしたイモムシ糸をクモの前両足に引っかける。
クモは一瞬も動きを止めず、尻糸の矛先をブランチェスから俺へと変えた。
が、糸の先端はブランチェスにある。彼女がそれを引っ張った。
糸は横にピンと張られたが、俺への影響はなし。
よし! イモムシ糸をガンガン引き出し、クモの足という足に巻きつける。
クモは糸をかじり解こうとあがく。しかし糸の主はイモムシ。成分が異なる。
自分の糸ならなにかの溶液で分解できでも、これは溶けない。
糸はどんどん絡まっていく。クモはついに、身動きができなくなった。
「こ、これに触らなきゃいけないの? うぅぅー」
ブランチェスは、イモムシを踏んづけてるが、クモの糸で縛るのをためらってる。
俺が無理やりに、糸を引き出したせいで、すでに苦しそうなイモムシくん。
縛るほう縛られるほう、ともに震えている。珍しい光景だ。
意を決したブランチェスが、糸を絡める。
「きき、、きもい……わわ。ぷにょんぷにょんする、冷たい」
「いや、べつにもう縛らんでもいいんだけども。おりゃ、おりゃっ」
俺はクモの上で跳ねて踵で着地。何度も繰り返す。
8回目でようやくとどめを刺した。クモが粒子になって消えていった。
意外としぶといもんだな。楽に踏みつぶせるサイズじゃない。
額の汗をぬぐう。疲れた。
「そっちは……」
「死んで! 早く死んじゃってよ! えいっ、えいっ」
ふり向けば、鋏を何度も打ち下ろしてるブランチェス。
必死の形相で、子犬サイズイモムシに、鋏をズクズク刺していた。
手を貸さないほうが、いいかな。
俺は手の糸をみつめる。魔物が消えたのに糸は残った。
不思議だな。いわゆるモンスタードロップなのか。
どうせならもっと役立つものがいい。食い物系なら、なお良い。
イモムシが粒子化した。ようやく倒したようだ。
2匹同時が、こんなにやっかいだとはな。
RPGなら、横一列に並んで正面からやって来るのに。
”迷いの森”には、ぜひ見習ってほしいご都合主義だ。
今回は、運が良かったにすぎない。ひとつ間違えたら、死んでいた。
対策を考えないとマズイ。本当にここで朽ち果ててしまう。
ブランをみれば、ぺたり座り込んでしまってる。
肩ににじませた疲労感。2歳は老けて見える。それでも不動JKなんだが。
「わたしたち、ここから抜け出せるのかしら」
「ブランチェス……」
少女はそれから、ぽつりと付け加えた。
「死にたくない」
1ミリでも、おもしろいと感じたあなた。
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