12 迷いのダンジョン
予約投稿、なってませんでした……
お尻に硬い床を感じて、俺は目をさました。
上半身をおこし、あたりをうかがう。
「薄暗い。どこだろ?」
ぼんやりした灯りがどこまでも続く通路。その入口に倒れていたようだ。
規則的に続いてる洞穴は、人口のトンネルにも、自然の洞窟にもみえない。
地下道のようなトンネルなら、もっとコンクリート臭くてもいい。
鍾乳洞にしては、人が歩くのを前定とした平坦な床部。それこそ人工物過ぎる。
「まさか、な」
一番しっくりくる「ダンジョン」という言葉を、頭をふって打ち消し、最後の記憶をたどってみた。
たしか、社員旅行で廃線の鉄橋からバンジージャンプを……。
俺は、死んだのか?
いや、そうじゃないと、心のどこかが告げてくる。
どうにも、考えまとまらない。
肝心な何かを忘れてしまってるような。
もっとも、そこへ至る思考の道筋こそが、記憶違いかもしれないが。
想像に想像を重ねるのはムダ。脳ミソを疲れさすだけ。
状況を素直にのみ込め。正解はおそらく”俺は重傷を負ってる”だ。
このビジョンは夢で、身体は病院の集中治療室。
川底にたたきつけられたんだ。こうして意識があるだけマシ、と思っておこう。
眠ったまま死んだほうが、苦しまなくていいかもだが。
行くとこまで行けば、意識が回復することだろう。
「んじゃリアルへの扉を、こじ開けにいきますか」
腰をあげると、夢のくせに体のあちこちが痛んだ。どこかにぶつけたんだろう。
辻褄はクエスチョンだが、鉄橋ジャンプだし、生きてるだけで丸もうけ。
どっち行こう。明るい光が射しこんでるあちらが入口、いや出口か。
奥ではない、そちらのほうへ足を踏み出す。人影があらわれた。
「こちらは入口専用。行っても出られないわよ」
少女がいた。透き通った声が穴の中に反響する。渋い茶色の、ぶ厚い革製のジャケットとパンツ。これだけで十分重そうなのに、頭には金属の額当て、腰には剣だ。
カッコいいというより、”着るのに時間がかりそうだ”の印象が強い。制服がこんなだったら、毎日遅刻だな。
「ここは迷いの森にある廃坑」
「迷いの森?廃坑?」
「そうよ。人呼んで”迷いのダンジョン”。脱出方法はクリアのみ!」
肩までかかるストレートの赤い髪。あどけなさを残しつつ整った顔立ちは、美少女といっていい。まぁ、ゲームやアニメにありがちな、ステレオタイプキャラだな。
剣の時代は男社会。女は、どんな大きな貴族でも家を支える存在だったっていう。着飾ったりはしても剣士ではない。少女剣士は、現実には希なのだ。だから物語に向いてるといえるのだが。
やってくれる。
俺の夢ってことで、ほぼ決まりだな。
が、同時に、別の可能性も頭をよぎる。
「ダンジョンのアトラクション……だったりして」
旅行にあたっての基本。ひととおりの観光名所は調べてる。名所、旧所はもちろん、果樹園や景色、季節のイベント、遊園地なども。抜けはない。はずなのだが、調査が足りないとか、新しく作られたばかりということも考えられる。
このダンジョンを見落としてた可能性が、ないこともない。
だが、この北の大地で遊べる遊園施設は、意外と少ない。
俺が子供だったころよりも、娯楽施設は、増えるどころか減少傾向。
沖縄や京都を抜いて、観光人気ナンバー1の都道府県とか言われてるくせにな。
わりと本格的なダンジョンである。しかも、客は俺ひとりなのに、コスプレ案内人。
ここまで至れりな施設というと、もしや、VR?
入場した覚えはない。
だが念のためだ。ゴーグルを外そうと試みる。
「ログアウト! 脱出だー……」
「なにをしてるのよ?」
「……べつに」
考え過ぎだな。装着してないモノが外れる道理がない。
「で?キミについていけばいいのかな? お嬢ちゃん」
「おおおおじょーちゃん!? 失礼なことをいうわね。もうすぐ、あと何年かで15歳。で成人になるのよ。そっちこそお子様じゃないのよ」
「お……子様? 俺のどこがお子様だよ。18歳は選挙権をもつ大人だ」
少女は肩を怒らせて迫ってきた。といっても数メートルしか離れてないので、すぐ接触圏内の俺の真ん前。そこで両腕を腰にあてると、ふふんっと見下ろす。
そう、見下ろされたのだ。
「18歳?キミが? ジョークにもならないわね」
この子はどうみても少女。もうすぐ15だというが小学生といっても通じるくらいの、現役バリバリ少女だ。身長は、バランス的に140センチくらいか。7頭身とか8頭身では決してない。なのに、俺よりも背が高い。
俺の頭の位置が、彼女の胸の高さほどまでしかない。”これからですよー見守ってくださいねー”な、胸のあたりまでしか。
「……お、お、大きいけど。ちっちゃい」
「ちっちゃい言うな。わたしのこの胸は、将来を嘱望される大型新人なの」
パンっ。
手のひらがとび、俺の頬にいい音が鳴った。
痛い。叩かれた。これも、ちゃんと痛かった。
現実説。つまりアトラクション説の株がより濃厚となったが、アトラクションの案内人が、お客に平手を張るものだろうか。
「ひどい擦り傷ねキミ」
「いましがた、ビンタされたからね」
「そうじゃなくて。手も足も擦り向けてるじゃない。いい服をきてるから下級貴族の子みたいだけど、捨てられたの?」
「す、捨てられた?」
俺はバンジーで……。
うーん?
そういや、ハーネスは固定されてなかったな。
社員旅行を便乗して俺を捨てるために仕組まれたワナ。
殺人事件だったのか。
いや。いやいや、それとここの状況は別だ。
あのバンジーから、一足飛びでダンジョンの中だ。辻褄が合わなすぎる。
いったい何がおこってるんだ。
「覚えてないようね。字が読めない子がダンジョンはいると、よくそうなるのよ。よくきく話だわ。口減らしに置いていかれたのかもしれないわね。キミ」
「字が読めない? 口減らし? そこもっと詳しく」
急だ。しかも変な設定だ。
アトラクションでそこまで捻る必要があるのか。
ついていけないんだけど。
「それじゃ、わたしは行くわね」
「え? 案内してくれるんじゃないの」
「ダンジョンは危険よ。奥に行くのはやめたほうがいいわ。キミはここで助けを待つべき。間違って迷いこんのだのなら、大人が捜しに来てくれるはずよ」
少女は冷めた目で俺の頭を撫でると、胸当てから取り出した挟ハサミを握って、足早にダンジョンの奥へと去ってしまった。さよならと手をふって。
案内人じゃなくてもいいから、いろいろ聞きたかった。ツッコミ的にも。
「そういや痛い。夢の中じゃないってことだ」
肘や膝には、あちこち擦りむいたあとがある。切り傷というよりも、無理やり引きずられたような擦り傷だ。
展開に頭がついていかない。ここはどこで、俺のに身になにがおこってる。
少なくとも、イベントとかアトラクションの類ではないようだ。
覚えてる最後の記憶。やはりバンジージャンプか。
彼女のいるスカイツリーへ行くために、社員旅行でバンジー試練を自分に課した。
彼女からの裏切りのメールで、バンジーを止めようとする。
高揚した社員たちに押し切られてのバンジージャンプに失敗、落下。
しかし、なぜかそれは、ずいぶんと時間の経った昔の出来事のようだった気がしてる。
思い出として。心の中で、なかば整理がついてしまってるような。
ついさっきの出来事なのに、悔しいという思いが遠くに霞んでいて、感情が希薄になってる。どういう心理状態なんだろか。淡泊すぎる自身の心に戸惑う。
「あの子、入口からは出られないって言ってたな。それに奥は危険だと」
ダンジョンというのを俄かに信じられないが、なにかあるのは間違いない。
ここがどこで、先はどうなってるか。
それに、この、縮んだ体。
全部が全部、わからんだらけだ。
わからんなら、分かる何かを見つけにいくしかない。
行けばわかるだろう。
待ってたからといって、誰かが来る保証はないし。
というか打開したいなら、行動するしかないんだ。
気持ちを切り替え、薄い灯りがぼんやり光ってる奥を見据えた。
自らの頬を、バシっとたたいた。
「よしっと」




