雑学百夜 とどのつまりの「とど」って何?
出世魚の「ボラ」が成長した時の呼び方がハク→オボコ→イナ→ボラ→トドと変化していく。
トドとはボラが最後に到達する呼び方であるため、物事の果てという意味で「とどのつまり」という言葉が生まれた。
「まぁ、なんだ、とどのつもりだな、君はそこにいてくれるだけでいいんだよ」
入社四日目、何をすればいいかと焦る僕に、隣の席のあなたは黒くて長い髪を掻き上げながら苦笑いを浮かべ、そう声を掛けてくれました。
今思うと、とてもありがたい言葉でした。本当に痛いほど分かります。
だけどあの時の僕は、あなたにそう言われたとき、深く傷つきました。
「見限られた」と思ったのです。
笑えるでしょう? 入社四日目の若造なんて、見限るもクソも無いですもんね。
でも当時の僕は本当に必死だったのです。おまけにですね、今だから言えますが隣の席のほんの少しだけ恋心を抱いている先輩に言われたものですから十二分な程ショックを受けました。
まぁ、ほんの少しくらいは同情も出来ますよ。大学を卒業し意気揚々と社会人としての第一歩を踏んだつもりだったのに、いざ出社してみれば朝から晩まで席に座って周りの諸先輩が忙しそうにしているのをただ横で見ている事しか出来なかった訳ですからね。
こっちから「何かお手伝い出来ることはありませんか?」なんて声を掛けるのも憚られる程、皆さん忙しそうにされてました。話は変わりますがどうして新人をクソ忙しい年度初めに入社させるんでしょうかね? 仕事を教える暇作るなんてなんてどだい無理な話ですもん。
話が逸れました。
とにかく「とどのつまり、君はそこにいるだけでいい」なんて言われた僕は深く落ち込みました。その時の僕はきっとさぞかし分かりやすい位凹んでいたのでしょうね。あなたは「……じゃあ、これしてみようか?」と軽く仕事を振ってくださいました。
「はい!!!!」
背筋を伸ばし返事した僕は自分で言うのも何ですが少し可愛く映ったのでしょうか、あなたは優しく微笑んでくれましたね。
それからの日々、周りの同期と比べ少しフライング気味に私はあなたに色々な仕事のイロハを教えて頂きました。
電話の出方から始まり、決裁の取り方、果ては備品の請求方法まで。
馬鹿みたいに簡単な事ばかりなのに、これで僕も社会人の仲間入りだなんて息巻いていたものです。
定時になると、あなたはいつも「疲れたでしょ? 今日はもうお帰り」と言ってくれました。
「先輩は?」
僕がそう聞くと
「ん~、もう少しだけやっていこうかなって感じかな」
とあなたは笑っていました。
「何か手伝えることはありませんか?」
僕がそう聞くと
「あははっ! いいんだよ。どうせこれから君も嫌でも残業しなきゃいけない位頑張らなきゃいけない時がやって来るんだから、帰れるときは早く帰って定時を謳歌しときなさい」
そう言ってあなたはやはり可笑しそうに笑ってくれました。
僕はその言葉を聞き安心して家に帰りました。
後から知りましたがあの頃あなたは毎日夜遅くまで残っていたんですよね。僕に仕事を教える時間さえなければもっと早く帰れたんでしょう?
本当に申し訳ございませんでした。
あれから幾十年の月日が流れました。
当たり前ですが結婚相手はそれぞれ別に見つけましたね。あの時、実は互いに気になっていたんだって笑って話せるくらいに本当に随分と時間が経ちました。
私達はいつの間にか互いに主事から課長・部長と立場が変わりました。いわゆる出世というやつですが、あまり実感は湧きませんよね? 責任だけ増えながら時間外手当が付かなくなり手取りはむしろ若手のバリバリに働いていた時より減ったといっても過言ではありません。
給料ついでに言えば体重は増えましたが、体力は減りました。年を取るというのは本当に随分と辛いものです。
……それはあなたが一番痛感してますよね。私なんかが失礼しました。
この度あなたが病気の療養のため急遽退職されると聞き今回急いで本書をしたためた次第です。本当は直接お伝えできればと思っていたのですが、あなたは本当に随分と急がれていたみたいで……。
そういえばこの前ついにあの言葉を言えました。あなたが私に最初に掛けてくれたあの言葉ですよ。
入社二日目の部下が私の机のところまでやってきて「課長、なんかやることないですか?」と聞いてきたのです。
私はいさむ気持ちを抑えながら「まぁ、なんだ、とどのつもりだな、君はそこにいてくれるだけでいいんだよ」と伝家の宝刀のごたる言い放ちました。いやはや気持ちいいものですね。やっと私もあなたに恩返しできたようなそんな気持ちになりました。
まぁもっともその後その若手は「よっしゃー」と席に帰りながらこっそり呟いていたのを聞いてしまい少し気が削がれてしまったのですが。
また話が逸れましたね。伝えたいことを簡潔にするために文章をしたためてみたわけなのですが、気持ちが溢れてしまいどうにもうまくいきません。
まぁ、なんだ、とどのつまりですね、伝えたいことはたった一つなのです。
ありがとうございました。どうかお大事に。
雑学を種に百篇の話を一日一話ずつ投稿します。
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なおこのシリーズで扱う雑学の信憑性は一切保証しておりません。ごめんなさい。