002.変化の魔法
……十年後
サタニア城の一室で眩い光があふれていた。部屋の中心に立つ少女を包むように光が集い薄っすらと人の形が見えてくる。少女が髪をかき上げるように手櫛を入れる。そこにあるはずのものが触れられない、その事実に満面の笑みを浮かべた。
「出来ました!」
「お見事です」
「やるじゃない」
セバスがそう言いながら頭を下げ、隣にいた黒いショートボブにザ・メイドというようなメイド服を纏ったメイドルがぶっきらぼうに言い放つ。
「メイドル!」
セバスが頭を下げたままの状態からメイドルを睨み上げる。ふんっ、と顔を背け腕を組むメイドル。
「いいのよ、セバス。それよりも二人には感謝の言葉しかありません」
そう言いながら、腰を九十度に曲げ頭を下げるアイネスリート。
「アイネスリート様……」
「これでフォールーンに! 人間族の国に行けるのね」
アイネスリートは人間族の大陸に行くための条件である変化の魔法を習得した。これにより魔人族の特徴である頭から生えている角を隠し見た目上は人間族と変わらないようにすることが出来る。
十年前からアイネスリートの目標でもある”人間族の平和な世界”を自らの足で見に回ること。
そっぽを向いていたメイドルから舌打ちが聞こえた。
「舐めるんじゃないよ、その見た目で人間族の大陸を旅できると思っているわけ?」
メイドルの言葉に自身を見回すアイネスリート。角がないことを確認し、ドレスの裾を持ち上げてみる。
「確かにメイドルの言う通りかもしれませんね。このドレスでは旅に向いていないでしょう。でも安心して下さい、動きやすい質素な服も準備してあります」
セバスが目頭を押さえる、メイドルがアイネスリートを睨みつけた。
「そういうことじゃねぇ! お子ちゃまには旅は無理だってーの!」
「失礼な! 私はもう十五歳になりました」
セバスがモノクルを布でひと拭きし掛けなおす、片手をメイドルの前にあげ制するように話し始める。
「アイネスリート様。申し上げにくいのですが、我々魔人族は人間族の半分ほどの成長速度なのです」
アイネスリートの笑顔が曇る。セバスとメイドルを交互に見まわし、お子ちゃまという言葉を反芻する。メイドルが苛立たし気に頭を掻き決定的な一言を吐き出した。
「あたし達人間族から見ると七~八歳くらいに見えるんだよ」
「でもっ! でも、セバスは変化の魔法が使えるようになればって!」
今度はセバスが顔を背ける。完全に明後日の方向を向いてアイネスリートからの追及の視線を躱していた。アイネスリートは俯き、少し肩を震わせ始める。
セバスとメイドルの二人はこの状況をよく知っていた。アイネスリートが泣く前兆だということを。
「行く……」
小さい声だった。
「絶対に行くんだから」
メイドルがアイネスリートから見えないようにサバスの足を踏んだ。そして聞こえないように口パクで”なんとかしろ”とセバスに伝える。
「アイネスリート様、方法はございます」
アイネスリートが顔を上げた。メイドルは信じられないものを見るようにセバスを睨みつけた。もちろん足は踏んだままで。
「確かにメイドルが言う通り、アイネスリート様がそのままのお姿で人間族の大陸を旅するのは問題が多いでしょう。そこで変化の魔法です」
「変化の魔法?」
「おいっ! セバス!」
首をコテンと傾げ聞き返すアイネスリートに、さらに足に力を込めながら声を荒げるメイドル。何事もなかったかのように続きを話し出すセバス。
「はい。変化の魔法をもう一度、でも今度は十年後、十五年後くらいの自分を想像して掛けてみてください」
先ほどと同じように室内には眩い光があふれ、部屋の中心に立つアイネスリートを包むように光が集う。収まった光の元には、ふわりとした長い銀の髪が揺れ存在感のある二つの塊がドレスの中で窮屈そうに揺れる。身長はメイドルと同じくらいで、幼さの消え去った顔は気品と知性を感じさせる。
セバスはメイドルの足を払い除け、姿見をアイネスリートの前に用意する。
「これが……、私?」
自身の顔を触りながら姿見を見つめるアイネスリート。すぐに薄氷を割るような音が室内に響き、魔人族のアイネスリートが姿を現す。
「今はまだ魔力消費が多いので、もって数分というところでしょうか。肝心な場面で使われるのがよろしいかと存じます」