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賽のメンタル

作者: さっちゃん2334

人は賽

硬貨ほどに浅くもなく、

天文学ほど深くも無い。

人の数だけ目は変わる。

故に賽が最も人に近い。

気紛れで確率的で、偶然に理性的に、

振られれば面が出る。ほら




 ふと目を覚ます。

 寝ていた訳では無い。

 ただ目を閉じていただけだ。

 受験生でも無い限り学生は夢を見るものだ。

 繰り返し言うが、寝ていた訳では無い。

 夢を見ていただけだ。

 何事も無い通学中の電車内。

 目には、間違い探しでもしているかのようにいつもの光景を映し出す窓。

 耳には、マナーとおつむの足りない同学年の戯言。

 細部の揺れ。乗る人。降りる人。見送る人。

 それら全てがまるでオーケストラのように毎日毎日飽きもせず繰り返されている。

 時に自分だけがこの日常を繰り返しているのではないだろうかと考えた事はあるが手元のスマートフォンが日時を示しそれを否定する。

 こう考えるのはおそらく僕が日常に飽きてしまったからなのだろう。

 駅員の名前と顔、性格、出勤時間、人間関係、これ以上はコンプライアンスの問題から控えるが、ともかく僕は僕の日常(とそれに付随する人々)について知りすぎてしまったのだろう。

 世の中には知らない方がいいこともある。と、言うセリフがドラマや映画などに出る事があるが、本当に知らない方がいい事とは他人の秘密では無く自分の日常なのかもしれない。

 風邪で休みを取った田中さんと改札受付を変わった伊藤さんの前の改札口を定期券をかざし通り過ぎて行く。

 ふと、

 駅を出ると見慣れない日常がひとつ。

 ひらめく白。たゆたう茶。

 よく見るとそれは異様に小さいものであることに気がつく。

 また、ものでなく。人であることにも気が付く。

 身長に不相応な白衣を身に纏い、それは長い長い茶髪を引き摺らないように敷かれているかのようにも見える。

 彼女は...いや彼か?ともかくその子は長澤さん、つまり駅隣の交番勤務の警察官と話をしているようだった。

 様子を見るに、迷子の保護を行っているようだ。

 ここで彼以外にその幼児へ話しかける人がいたならば、それこそお縄にかかるべき人間である。と周囲に印象付けられてしまうだろう。

 仮に女性であるならば別かもしれないが、生憎僕は男性である。

 しばらく気まぐれに彼女が長澤さんに保護されるのを見届けようと思ったが、何かを見せると長澤さんはへこへこと交番へ戻ってしまった。

 目に見えるところまであの子の母親が来たのだろうか?だとしても長澤さんがそこから離れるのはおかしい。せめていくつか母親と言葉を交わしてから戻るだろう。

 いや、確か何かを見せていたか?何を見せたのだろうか。

 そこでふと子供に目を戻すとこちらを向いていた。

 子供は自分を見ている相手に対して興味を示す生き物だから、こちらに気を引かれたのだろう。

 まぁこの不思議は下校時に長澤さんとでも話せば解決するだろうと、そう思い通学を再会しようと背を向けた。が

 『少年』

 女児のような高い声を背に浴びた。

 女児に少年と呼ばれるわけもないが、振り返ると明らかにこちらを見ている。というか目が合った。

 その風貌に見合わない死んだ目と、それの乗った太いクマ。強調するかのような白い肌がより濃く見せているのだろう。それでも18点満点ならばこの子は16点は下らない。可愛いと言うよりは綺麗に近いような。

 そんな女児であった。

 目が合ったとはいえ念の為にと思い、

 「僕の事で

 『君以外に誰がいるのだ?』

 この反応に数秒の沈黙は避けられなかった。

 気を取り直し、

 「なんの御用でし

 『こちらを見ていただろう?』

 一昔前の不良のような理由に唖然とする。

 ひとまず返事を返そうとしたが、上手く言葉が紡がれず、

 「見ていたら何か

 『何かと聞きたいのはこちらなのだが』

 「人の話は最後まで聞けと学校で教わりませんでしたか?」

 先程からの不躾な会話に少し苛立ちを覚え、思わず子供相手に強い口調で言い放ってしまった。

 『あぁ、すまない。なんと説明すればいいか...』

 少し考え、次のように続ける。

 『私は俗に言う心理学者、というかなんというかまぁその手の職についていてね。なんとなく相手の言いたい事が分かるのだよ。とはいえ相手の言葉を遮ることは良くない事である事は理解している。本当に申し訳なかった。』

 心理学者?職?それはもしかして...

 『よく勘違いされる事があるので先に言っておくと私はこれでも成人している。』

 世の中は本当に広い。

 このような身長1mに満たない成人女性がいるのだ。

 『で』

 『話を戻すが何か聞きたい事があるのではないか?そうだな...そこの喫茶店ででもゆっくり話そうじゃないか。立って話すのはあまり好きではないのでね。』

 別に聞きたいことがある訳では無い。

 けれども僕もどこか彼女に惹かれる所があったのだろう。

 店の戸を重々しく開ける彼女の背を見、僕はスマートフォンを取り出し、学校へ休みの電話を入れる事にした。

 高校二年生になり、今年度初日に欠席する事に多少の抵抗はあったが、しかし彼女について行く事にした。

 知らない人について行くというのは如何なものかと思わない事も無いが、正直綺麗な女性と茶を嗜むという魅力には私の道徳精神は適わなかったらしい。




 駅前の喫茶店

 ここには何回が来たことがある。

 下校後、災害や家の用事で夜遅くまで帰れない際に勉強に利用する。珈琲とチョコレートパフェの美味しい喫茶店である。店主の高橋さんは珈琲豆から一杯一杯手動ミルで挽く程に珈琲にこだわるが、ここの紅茶は風味のする色水のようである。だからオススメはしない。

 客観的に見れば女児と男子高校生という少し間違えば事案になりかねない状況だが、この時間帯に客は居らず、彼女の身長であれば外からは見えない為、店長に通報されない限りは安全である。

 店主が予想していたのか案外早く来た珈琲2つを挟み、対面している。

 『それで』

 彼女が切り出す。

 『何回も言うようで済まないが、何か聞きたい事があるのではないかな?』

 「...特にありませんが」

 『だろうね』

 「は」

 予想外の反応に思わず息が漏れてしまった。

 『実は聞きたいことがあるのは私なのだよ』

 「僕に、ですか?」

 『そうだ』

 『正確に言うならば聞きたい事では無く言いたい事なのだけれど』

 言いたい事....

 「なんでしょう」

 『君は嘘をついている』

 驚き、唖然とした。

 初対面の人間いきなりに嘘つき呼ばわりされる事が人生であるとは思いもしなかった。

 『だろう?違うかい?』

 「僕は人様を騙すような真似はしてませんが」

 『嘘つきは大抵そう言う』

 流石にここまで人を馬鹿にする態度を取られると思わず睨めつけたくもなってしまう。心理学者うんぬんは一体なんだったのだ。

 『すまないな、冗談だ。だがその[人様]が他人という意味ならばそれは本当と言えるだろうね』

 「意味がわかりかねます」

 『君は自分を騙していると言いたいんだが』

 「どのような所がでしょう」

 『そうだな...これは私の予想というか推理なのだが

『君はもしかして君の事を忘れてはいないか?

『君があの電車に乗ったのは今日が初めてだろう?

『一緒に乗っていたのは君の一個下の一年生だ

『駅員やここの店主に名前を付けて人形遊びでもしているつもりか?

 『これら全てが私の勘違いならばいいのだけれど』




 名も知らない駅の前の名も知らない喫茶店

 珈琲は吐き気がするほどに不味く、驚く程に少ないメニューの中にチョコレートパフェの文字は無い。

 ふと外に目を向けると、客待ちタクシーが3台並び、その奥の駅出入口では高齢そうに見える清掃員の女性が働いている。もちろん僕は彼らの名前を知らない。彼らも僕の名前どころか顔すらも知らないだろう。

 そこで正面の女性を見る。

 彼女は知っていた。彼女の事だけは知っていた。趣味に没頭し食事も摂らない。睡眠時間など一日1時間寝ればいい方だ。何も知らない無垢な瞳は世の悪循環を垣間見た思春期のように穢れ死んでいる。対面して座っているように見えるが、座席に膝立ちする事でようやく僕と目を合わせられる程度にまで身長をかさ増ししている。それでも床に着く長い白衣は、単なる彼女の少女趣味であり、手入れの大変な長い茶髪もそうである。彼女の身長のせいか、髪も服もより長く見え、それこそがその服装の狙いなのだろう。大の甘党であるが、彼女の性格の見栄っ張りな所が僕の前で砂糖とミルクを拒んでいる。一口も減っていない珈琲とメニューと並ぶ角砂糖をチラチラと見ているのがその証拠である。だから僕は彼女が珈琲を注文する度に一時退席しなければならないが、おそらく彼女はこの気遣いに気付いている。それでも見栄っ張りを止めないところがやはり彼女を彼女たらしめる性格なのだろう。

 その彼女がこちらを見ている。

 目を、というより目の奥を。

 見ているというより覗き込んでいるような錯覚を覚える。

 飽くまでも錯覚。彼女の行動に意味は無い。

 人間の心理的行動原理を逆手に取った行動。

 こうすればそうするだろうという安易な行動。

 彼女にとって感情や思いというような、言い表すならば心と表現されがちな物は将棋やチェスのような定められた幾つかの動きしかできない駒と同じ。

 その例外は彼女だけ。

 彼女は駒でなく棋士だから。

 彼女にとっては金銀飛車角時には王玉すらも捨て駒に過ぎない。彼女によって彼女の為に彼女に殺される。

 敵になれば勝てないだろう。

 味方ならばいつ殺されるか分からない。

 だから逃げた。

 感情操作という彼女の技術。

 肉体改造という彼女の技術。

 心身の変化という技術を盗み、彼の懐から這い出てきた。

 僕の記録は出来る限り消した。僕の記憶も消した。戸籍を捏造し、顔も変えた。それでも逃げられなかった。

 こうして思い出させられたのだから。

 目の前に居るのはどこか不思議な魅力的で少女のような成人女性ではない。何の変哲もないただの少女趣味で少女性愛者である、私の父である。





 男子高校生の格好をした女と幼女の姿をした男。

 それらが不味い珈琲を飲み、世間話をしている。

 ただそれだけ。これはただそれだけの話である。

 「何故私の居場所が分かった?」

 『言わずとも分かるだろう?考え方を読んだんだ。何度も行ったろう?人は賽と。単なる確率。その計算法をまだ全て教えていない私からまだ全て学んでいない君が逃げられるわけもないだろう?』

 分かってはいた。こんなもの、小学生の家出にも満たない幼稚な行動である事は知っていた。ただの気晴らしにもならないほんの少しの抵抗。結果無意味に終わっても気が晴れればいいと思っての反抗。しかし時間稼ぎにすらならない。分かってはいたが。


 私は未だに逃れられない。


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