メンソールのトイレ
和式を洋式に変える便座とかあるらしいですね。工事が不要で、簡単にいうと底に穴の空いた蓋つきのおまるの様な物みたいですが。身体が硬くて和式が辛いって方にはちょうど良いのかな。
あーあー。
スマホで色々気になる調べものをしている。外では相変わらずの騒音、工具の回転する音。ロボットが吹き出すエアーの音。いっさい耳に入れずに集中しながら、休みに出掛ける予定とキャンプ用品を検索している。
「ちょっと、話聞いてます?」
声は聞こえているが、聞いてない。どこぞの学校でミスをして追い出された話のようだけど、そういうのは聞かない。やっぱり、山登るなら新しい靴が欲しいな。今は画像のある商品を一通り見ている。
「今、仕事中でしょ?サボってばかりでいいんですか?」
消えろ、消えてくれ。そうやって、ひとが寛いでる時に野暮な注意を吐くだけのやつは消えて。本当にムカつくと思いながら乱暴にスワイプしたら、目の前に立ってるせいで指が当たってしまった。
「ちょっと、あなた勝手に触らないでもらえます?」
こんな近い距離で当たってしまったのは、仕方ない事だ。それに、クソガキに興味はない。もしかしたら、見た目よりも年が上かもしれないが、そんな事はどうでもいい。このまま無視してれば、そのうち居なくなるはずだ。
しかし、そろそろか。
スマホをポケットに入れて腰を上げてトイレの紙を一巻き、二巻き手に取る。今度は、後頭部が腹部らしき、ぼやけた場所に当たる。頭突きのような形になった。
「何すんのよ?!」とトイレで有名な都市伝説が文句を言っているが。
「お前が邪魔なの気づけよ!こんな狭いトイレに化けて出るとか馬鹿ですか?」
流石に声に出してしまった。更に言ってやる。
「そんな、空気読めないから払われるんですよね!」
「ひどい、怒らないでよ。行くとこないのに」とトイレの有名人は傷ついた素振りをする。
駅のトイレから勝手についてきて、これだ。この態度だ。
「ちょっと、道開けて」とドアから伝説を押し出した。
この辺の地域は、極端に子供が少ない。神隠しやら誘拐やら子供に対する治安が悪いせいで、引っ越してしまうのだ。いや、これは正確ではないか、人を寄せ付けないように陣を建てている人物がいる。この話は今は、いいか。
「私、ここから、動けないんですけど!」と完全に怒らせてしまったようだ。仕方がないので、背中を見せてしゃがみこむ。
「ほれ」
「気が利くじゃない」そのまま体を預けてきた。物凄い悪寒と身体の怠さに耐えながら立ち上がる。そこへ、後輩が通りかかる。
「先輩、またサボりですかぁ?」いつも通りのへらへらした顔だ。
「失礼な事をいうなよ、人聞きの悪い。ちょっと腰を痛めたから病院行ってくるわ」
「腰が曲がってますよー。もう、歳ですねぇ」
「うっせ」
普段と変わらない会話を交わしながら、会社を出る。駅前の並木道を通り抜けて、歩道橋の階段を上がり息を切らしながら、反対車線の階段を降りる。
めっきり遊ぶ子供が居なくなった公園についた。入り口付近に出来たばかりのトイレがある。そこに背負っていた者を降ろした。
「ついたぞ」と言いながら電子タバコを咥える。
「臭いんだけど?」
「トイレがくせーのは仕方ないのでは?」
「違うわよ、それが臭いっての」
「メンソールがか?」
「うん」
全く、人の休憩時間を潰しておいて。もう、帰ろう。
「ここなら簡単に無くなることも無いと思うから、頑張って」
「何を頑張るか分からないけど。いちお、お礼言っておくわ。ありがとう」
手を振って立ち去ろうとするところを、手押し車を押していた婆さんに見られてしまった。婆さんはキョロキョロしていた。見えてはいないようだ。
それから数日後の話。
同僚が不思議な話を聞いたって言うんで、聞いてみた。なにやら、どこぞの公園のトイレにずっと鍵が掛かっている個室があるらしい。深夜に、そのドアをノックすると、女の子の声が聞こえてくるらしい。3回叩くと、ガチャリと鍵が開いてドアが開くのだけど、中には誰も居ない。
ただ猛烈にミントの芳香剤の香りがするらしい。
それで付いた、その話の名前がトイレのミントさんだとか。