9:正しく世界を終わらせるために
暗い。目を開いているのか、閉じているのかさえ分からない。自分が立っているのか寝ているのかも、起きているのかまだ眠っているのかも判然としない。
耳の奥が震えるような静けさだ。これが、しじまが聞こえるという状態なのかもしれない。
腕にひんやりとした夜風を感じる。じわじわと全身の感覚が滲むように戻ってくる。
目の裏を白いノイズがチラついた。ノイズはやがて音になった。柔らかな女の声だ。
「どんな世界にだって、必ず終わりは来るわ。この世界だってそう。でもね、まだこの世界は終わってはならないのです。」
どこまでも優しい、慈愛に満ちた口調で女は言う。
「この世界を破壊することがお前達の目的ではないのか!」
こちらは強い口調の男の声だ。些か大きすぎる声で前のめり気味に話す様子がわかる。しかし、対する女の声は変わらず、落ち着いていてどこまでも優しいものだった。
「然るべき時がきたら、正しくこの世界を終わらせる。それが私達の役目なの。だから、今はこの世界を守らなくてはならないのです。」
「しかし…」
「あなただって本当はわかっているのでしょう…、あの方が…」
声はまた遠ざかり、白いノイズになり、しじまに溶けてしまった。俺の感覚もまた薄い闇に沈むように遠退いて消えた。
俺がハッキリと目を開けることが出来たのは、辺りの空気はまだ仄かに青く霞んでいて遥か東の空の端が白み出したばかりの頃だった。
「見ろ、あれが東の城壁だ。」
不意に掛けられた声に慌てて振り向くと、トールが俺の後ろに立っていた。彼の指差す方を目を凝らして見ると、空と陸の境界に不自然なギザギザ模様が刻まれていた。白く輝く日の出の空を背景に、その城壁は切り抜かれたかのように黒く鋭く聳え立っている。
「あそこに、この世界を終わらそうとするものがいるのか?」
「ああ、あの女はそう言っていた。」
彼は厳しい眼差しで、地平の彼方の不吉な幾何学模様を睨みつけていた。
「ちょっと、このオッサンなんでまだいるんだよー!」
「あんた、救世主さまから離れなさいよ!!」
不意に後ろから、かしましい声がした。リルとミドの声だ。
「俺はお前達がこの世界を本当に破壊しないか見張ることに決めたんだ。だから東の城壁までお前達についていくことにした。」
「ナニソレ、聞いてないよ!」
「そんなことより早く救世主さまから離れて!!」
キーキーと騒がしい二人に業を煮やしたのか、トールは朝露に濡れている大地に逞しい脚を踏みしめると、樫の木のような腕を振り抜いて例のハンマーを投げつけた。ハンマーはビュッと風を切って空に舞い上がり、忽ちのうちに二羽の鳥を叩き落として彼の手に戻ってきた。
「話は後だ。朝飯にしよう。」
リルとミドは口を噤んで顔を見合わせた後、トールが落とした鳥を拾いに走っていった。
水を汲みにいっていたのであろうアングルボダとヘルが戻ってきた。
今日はなんだかいつもよりも騒がしい旅路になりそうだなと思った。