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6:夢また夢

目を開いた瞬間、飛び込んで来たのは圧倒的な紅色だった。

巨大な人間の形をしたものの首から夥しい量の血液が噴き出している。どおと地響きを轟かせて巨人が崩れ落ちる。俺は自分の中ががらんどうになったかと思うくらいに何一つ考えられない、言葉ひとつ出てこない本当に頭が真っ白な状態だった。

ゴウンと湿った地面に何か硬い物がぶつかる音がした。足元を見ると、かなり大振りな剣が落ちている。ああ、俺の手から落ちたのか、と思い出すかのように理解した瞬間、俺は自分がいまあの巨人を殺したのかという文字が脳裏に閃いた。

胸の底面から締め付けるような圧力がせり上がってくる。体が何やら叫びたがっているが、声は出ない。ただガタガタと横隔膜を震わせるような浅い呼吸しか出来ない。へなへなと膝から力が抜けて行く。情けなく座りこむ俺のもとに、女たちが駆け寄ってくる。

真っ先に走って来たリルが、飛び付くように俺に抱きついてきた。

「助けてくれて、本当にありがとう!本当にキキイッパツだったよ!ありがとう!!」

体温が高いのか妙に温かいリルを抱きしめると、実家で昔飼っていたシベリアンハスキーを思い出す。あの犬は背中を撫でてやると喜んだなと、なんとなく彼女の背を撫でてやると尾っぽがパタパタと楽しげに左右に揺れて、寧ろ俺が妙に落ち着いた(落ち着いてみるとこの尾っぽは何なのかと疑問ではあるが、この際そんな些末な事はどうでもよかった)。

「あれ、リル怪我してるじゃないか。」

リルの手足のあちこちに切り傷やら擦り傷やらがあるのに気付いた。

「こんなの全然ヘーキだよ!」

えへへと笑うリルの明るい笑顔が、突然曇り硝子の向こうに溶け込んだかのように滲み、世界が白くフェードアウトしていく。

ああ、これは眠気だ。またどうしてこんな時に、



重過ぎる瞼をこじ開けて、二度まばたきをすると、俺は猛烈な遠心力を体幹に感じた。

ハッキリと目を開くと、俺は巨大な槍を振り回してした。

槍にぶつかった何やら小さい黒っぽい生き物たちの群れが、弾き飛ばされ岩の多い地面に激突して黒っぽい血に塗れている。老人のような容貌のこの小人らを、暴走するグリンブルスティが跳ね飛ばし踏み付けてトドメを刺している。

強い風が吹いているせいか、なんの匂いも音も感じず、全く現実感が伴わない映画を見ているかのような感覚だった。

それでも背筋から不快感は這い上ってくる。

大きくよろけ膝をついた俺に、ミドが駆け寄ってきた。

「救世主さま!大丈夫ですか?!申し訳ありません。私が油断したばっかりに救世主さまをこんな危険に晒してしまって。」

「だ、大丈夫だよ。全然、なんともないから。」

全く状況がわからないし特に大丈夫でもないのに、何故か無意識に笑顔を作ってこんな返事をしてしまうのは、もはや反射なのだろう。

「まあ、救世主さま!手にお怪我をなさっているではありませんか!」

言われて初めて気がついた。両手の掌が真っ赤に擦りむけている。気付いた途端にじわじわと熱さに似た痛みを感じて俺は顔を顰めた。

痛みは猛スピードで俺の意識に覆い被さった。痛みは猛烈な眠気に変わっていた。

早く手当を、というミドの声が井戸の底に沈んで行くかのように遠去かり、また俺の意識は消えた。



海の底から浮き上がるように俺が目を覚ますと、目の前の透明な夜風の向こう側に満天の星空が広がっていた。

おそらくリルとミドのものと思われる健康的な寝息が聞こえてくる。少し遠くから響く鼾はグリンブルスティのものだろうか。俺の隣にはアングルボダが寄り添っていた。

「今日はいろいろと大変でしたわね。」

アングルボダの慈愛に満ちた声に涙が滲んだ。

話したいことがたくさんある。なのに、何も思い出せない。

喉と胸の間につかえた言葉にならない塊が、苦しくて嗚咽になった。

肩を強張らせて涙を流す俺をアングルボダは柔らかく抱き締めてくれた。

俺も彼女の体を抱きしめた。思っていた以上に細くて柔らかくて暖かくて、ますます涙が溢れた。


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