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最終話:天に向かって新しい歌を
甘酸っぱい匂いが、鼻腔の奥をついた。懐かしい、透き通った春の香りだ。
俺は目を開くのが怖くて、そーっと、薄眼を開けた。明るい空の色が水のように視界に満ちた。
俺は3回ほど深呼吸をして腹を決めると、思い切り踏み切るように勢いをつけて、はっきりと目を開けた。
そこは、広々と広がる早緑色の草叢の真ん中だった。黄色や白色の花が星のように揺れている。
ああ、この、2万数千字余りの小さな世界は、まだ生きているようだ。
遠くから声が聞こえる。あたたかくて柔らかい、この上なく優しい、いとおしい声だ。
俺は立ち上がって駆け出す。
彼女と、新しい物語を作りたいから。
黄金の猪に跨って眩しい笑顔で大きく手を振っているアングルボダの後ろには、リルとミドとヘル、そしてトールの姿も見えた。
みんなで、新しい世界を作りたい。何処までも続く、明るい空のような物語を。