16;旅のおわり
あれ、いつのまに眠ってしまっていたのだろうか。俺は慌てて周囲の様子を探ろうと視線をグルリと動かした。白く美しい石畳の道を俺たちは遊園地のパレードのような華やかなゴンドラのような乗り物に乗って進んでいた。背中や尻の下のクッションの感触が柔らかく、心地良い。
ゆったりと広い道の両側はやはり上品な白色の石で作られた塀が何処までも続いている。随分と高さのある塀だなと見上げて、俺は気付いた。これは塀ではなくて、壁だ。俺たちの頭よりもずっとずっと高い位置に大きな窓があいている。そして、高さの見当もつかないほどの彼方に天井が見えた。なるほど、巨人の城だけあってスケールが俺の基準とはまるで違うようだ。
仲間たちはみな、ゴンドラのクッションに身を沈め、小刻みな規則的な揺れに合わせて寝息を立てている。きっと疲れているのだろう。後ろを振り向くと、巨大な黄金の台車に載せられたグリンブルスティが丸くなって眠っていた。こうして見ると案外可愛らしい生き物に思える。
俺は再び、出来の良い綿雲のようなクッションに背をもたせて、大きく息を吐いた。
この不思議な世界にきてしまって、一体どれくらい経ったのだろうか。
不規則に眠ってしまうせいもあって、時間の感覚が全然ないのだ。
そもそも、ここは何なのだろう。何故こんなところに来てしまったのだろう。俺はこれからどうなるのだろう。
今更だが、様々な疑問が溢れてくる。だいたい、今までどうして俺は特に何も真面目に考えてこなかったのだろうか。衝撃と混乱が大きすぎて、頭の中が濃霧に覆われたようにもったりと鈍重で、まともな思考が出来なかったのだ、というのは言い訳に過ぎないだろうか。
俺は静かに目を閉じた。
この世界は、正直言って、快適だ。
みんなが俺を認めてくれる。泣いても怒っても、弱くても愚鈍でも、勇気も知恵も何にもなくても、なんとかなってしまう。アングルボダが俺を受けとめて、抱きしめてくれる。ミドやリルが褒めてくれる。トールやグリンブルスティにも助けてもらえる。ヘルも黙ってついてきてくれる。実際に俺は何もしていないのにだ。
おかしい。絶対におかしい。この世界はおかしい。
この世界の危機って、一体なんなんだ。アングルボダも具体的なことは何も教えてくれない。
そういえば、トールが最初に言っていた、俺たちがこの世界を滅ぼすって、一体どういうことなんだろうか。
俺の中で、猛烈な風速で疑問の嵐が吹き荒れている。闇の中から吹き付ける風が、俺の心の青白い疑問符を渦に巻き込んでいく。ぶつかり合った疑問符同士から火花が散って、俺の目の裏はチカチカと痛んだ。
突然、ガタンとゴンドラが停止した。慣性で頭がガクンと揺れる。唐突な衝撃に驚いて目を開けると、皆も目を覚ましたらしくキョロキョロと周りを見回している。
目の前に荘厳ささえ感じさせる程の巨大な扉があった。
岩盤のような閂がひとりでに抜けた。滑るような滑らかさだ。穏やかな速度で扉が内側に開いていく。
湖のような床が見えてくる。扉の向こう側は、真夏のように明るい。
やがて、扉が全開になった。
「ようこそ。よく食べ、よく走り、よく眠る、健やかなる客人たちよ。」
部屋の奥、遥か彼方に、もはや聖堂のような玉座があった。大理石の彫刻、黄金の装飾、そして王冠を被った男がひとり。地を這うような、頭上から降るような声が俺たちに投げ掛けられた。
俺は、その姿がこの旅の終わりを示しているかのように感じた。