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15/19

15:怒りの日

パッと、目が覚めた。

このところ、ずっと睡眠と覚醒の境目がぼんやりと曖昧で常に靄がかかったように眠気が俺を覆っていたのだが、それが突然スパッと晴れたかのようにハッキリと目が覚めた。


「おおい、こんな所に洞窟があるぞー!!」

トールの声がする。周りを見渡すと、森の中だった。たしか城塞の中を進んでいた筈なのに、何故だろう。あの感じの悪い城塞の主人に、門の外に追い返されてしまったのだろうか。いや、砦の外の森は照葉樹が殆どだったはずだが、いま俺の周りに生い茂っている樹木は針葉樹ばかりだ。また幻かと軽く舌打ちをした。


「今日はもう遅いし、ここで休もうよー。」

「そうね。今日は朝から奇妙な事ばかりで疲れたし、もう休みたいわね。救世主さま、いいですよね?!」

リルとミドがそう言ってその洞窟に入ろうとした、その時。

「わっ!!な、なに??」

「な、なんだ?!」

「地震…?!」

微かな低音の地響きが急速にクレッシェンドしたかと思うと、足下が、一瞬遅れて樹木も洞窟も、そして俺たちも前後に大きく揺さ振られた。

「頭をその荷物で守って、地面に伏せろ!!!」

俺はそう叫んだ。程なく地震は収まったが、洞窟に入るのは危険だと思ったので、もう少し進んで安全に野宿できそうな所を探すことにした。

俺たちが森を進む間にも何度か地震は起こった。しかもどんどん地響きは大きく揺れは激しくなっているようだ。いつも元気なリルがすっかり怯えてしまっている。ミドもいつもの覇気がない。


「おっ、なんだ、あれは?!」

先頭を歩いているトールが何かを発見した。

全員が目を凝らして、真っ暗い森の中に薄っすらと浮かぶ巨大な影を見た。

巨人だ。

とんでもなく大きな男が横たわっていた。

また、轟音がとどろき、地面が揺れた。地震は、この巨人のイビキだったのだ。

俺は、なんだか腹が立った。

トールも同じように腹を立てたらしく、彼はのしのしと巨人の頭に近づくと、雷のような速さと鋭さでハンマーを振り下ろした。ゴウンと硬質な音が空気を震わせ、地震がぴたりと止まった。

巨人はどうなったのかと見ると、トールが痛打した部分を軽く掻いて、寝返りを一回うつとまたイビキをかきはじめた。俺はますます腹が立った。

俺は、トールにハンマーを借りて、その巨人の頭に思いっきり振り下ろした。


「なんだ、おまえの怒りはそんなものか。」


何処からか、声が聞こえたような気がした。

俺の怒り、怒りってどんな感情だっただろうか。

小学生の頃、俺は結構怒りっぽかったような気がする。母さんがゲームを買ってくれないとか、同級生がブランコの順番を抜かしただとか、なんかつまらない事で怒っていたような気がする。

でも、いつのまにか、俺は怒らなくなった。俺が怒っても、みんなに馬鹿にされるようになったからだろうか。俺が怒っても、笑われて馬鹿にされて、虚しくなるだけだと思ったのはいつからだったか。


「もっと、ちゃんと怒ってみろよ。」


天から、いや耳の奥から声が聞こえる。

俺は叫んだ。声になっていないかもしれないが、叫んだ。

俺を無視したやつ、馬鹿にしたやつ、笑ったやつ、軽んじたやつ、使い捨てにしたやつ、みんなみんな、ハッキリと顔を思い出した。

今までなかった事にしていた怒りが沸騰して、重い蓋をはねあげた。

俺はもう我を忘れて、めちゃくちゃにハンマーを振り下ろす。鳩尾の奥から、怒りがどんどん吐き出される。腹から胸から喉から、声なのかなんなのか、とにかく怒りの塊を俺は吐き出し続けた。


どれくらいの時間が経過したのか、俺の声は嗄れ、腕は痺れたように重く、自分の胸の中はがらんどうになったかのように軽かった。

湿っぽく柔らかな地面にべったりと座り込んで息を整えていると、今迄ずっと単なる山のように眠り続けていた巨人が立ち上がった。すさまじく大きい。

巨人はちょっと屈んで何かを拾い上げた。手袋だ。よく見るとそれは先程の洞窟だった。それくらい巨大な男が、こちらを見た。ヤバイ、一発で潰される。と身を硬くしたが、巨人はニヤリと笑って、煙のように消えた。


「ほら、ちゃんと怒れるじゃないか。」

そう聞こえたような気がした。


背中をばんと叩かれて、俺は我に返った。

「やっぱり凄いな!あの巨人、俺がハンマーで思いっきり殴ってもびくともしなかったのに!!」

トールが無邪気な賞賛をくれる。

「流石は救世主さまですわ!!」

「あんなデッカイのやっつけちゃうなんてスゴイ!!」

いつもなら、気後れして「いや…」とか「ああ…」とか口の中でモゴモゴいってゴマかすようにしか返事ができないのだけど、今日はなんとなく、みんなの笑顔がひどく嬉しくて、俺はようやく、笑うことができた。


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