11:目を覚ませ
グリンブルスティの背に揺られ、数時間とも数日ともしれない時間が経過した。俺の意識は乾いた草原と初夏の田園の幻との間を行ったり来たりし、うつらうつらと眠っているのか起きているのかも曖昧な有様だった。
草原が徐々に深くなり、ぽつりぽつりと低木が増え、やがて松のような陽樹なんかの大樹が目につくようになったかと思っているうちに、目的の城壁を覆い隠すかのような森に差し掛かった。
唐突に、頬を水滴が打った。
大きな雨粒が、ビタンと音を立てて落ちて来たのだ。反射的に空を見上げると、それがあたかも機関銃の掃射開始合図だったかのように、凄まじい勢いの豪雨が覆い被さってきた。耳を塞ぐような攻撃的な打撃音と全身に突き刺さる冷たい圧力に、俺は恐怖を感じて背を丸めた。
ジリリリリン、ジリリリリン、ジリリリリン…
奇妙な音が鳴り響く。全身が固まり、ザザッと鳥肌が立った。背中から、額から変な汗が流れ落ちた。
スマホの着信音だ。
心臓が激烈なアッチェレランドで拍動がもう雨音を追い越しそうな程に暴走している。両手も焦りすぎて縺れ震え、硬いのかグニャグニャなのかおかしな動きでポケットを探る。
あれ、俺はどうしてスーツを来ているのか。
この唐突な豪雨、スーツ、スマホ。
鼻の奥に、馴染みのコーヒーの匂いが抜けたような気がした。
俺は鳩尾にグッと力を入れて背中を伸ばした。唇を真一文字に結んで、眼を見開いた。右のポケットからスマホを取り出す。未だ鳴り止まぬそれを俺は思いっきりへし折った。
雨なんか、ひとかけらも降ってはいなかった。それどころか雲ひとつない星空が俺の頭上に広がっていた。俺はスーツなんか着ていないし、スマホなんてこの世界には存在しない。
はあああ、と魂まで抜けてしまいそうな嘆息が腹の奥から押し出された。全身の力が抜けてふわふわと上半身が揺れたところを背後から、あの優しい温もりが受け止めてくれた。
「ひとりで、たたかっていらしたのね。」
この声のぬくみが、背中からじんわりと腹の奥や胸の芯に染み入ってきて、俺というものの奥底からむせ返るようになんとも言えない気持ちが溢れてくる。
嗚咽を漏らす俺を、アングルボダは後ろから抱きしめていてくれている。
「あなたは、本当は強い人なのよ。自分で思っている以上に、自分に勝てるだけの力があるのよ。」
そんなこと、あるものか。俺はいつだって、逃げ続けてきた。泣いて、寝て、逃げていた。いつもいつも。この世界でも。
眠ってばかりだから、未だにわかっていないことばかりだ。彼女のことだって、俺は何も知らない。彼女は俺をいつでも支えてくれるけれど、俺は彼女に一体何をしているのだろう。一体何ができるのだろう。
俺は振り向いて彼女を真正面から抱きしめた。
後ろから俺を抱いてくれる彼女はとても大きく感じるけれど、こうして向き合って抱き合うと、彼女はとても細くて小さかった。小さくて柔らかくて温かい彼女が本当に愛おしくて堪らなかった。