第二十五話「天都原軍もう一人の天才」(改訂版)
第二十五話「天都原軍もう一人の天才」
尾宇美城正面から数キロ先に陣を構える北伐軍。
つまりは藤桐軍の総大将を任せられたのは中冨 星志朗という人物だった。
――中冨家とは、
兵法と剣術を以て王家に仕える軍の中枢たる家柄で、天都原国の軍事面最高責任者たる大元帥を何人も輩出した事のある生粋の軍人家系であり、星志朗もまたその例に漏れず現在の天都原国の将軍の一人であった。
「えっと、正面の敵軍……そうだ、なんて呼ぼうか?同じ天都原軍だけど今は敵同士、悩むところだね」
そう言って無邪気に笑う爽やかな青年。
「星志朗様……今はそのような些末事よりも如何にしてあの敵陣を攻め崩すかです」
そして無邪気な主の質問に渋い表情で首を横に振った中年の武将は、テーブル上に広げた作戦図を指さして指示を催促する。
「そうかなぁ……呼び名大事だと思うけどなぁ……」
だが肝心のその主の態度は何処吹く風だ。
整った容姿の爽やかでどことなく浮世離れした人物。
中冨 星志朗とは、眉目秀麗、知勇兼備の神童として幼少時から国内では知らぬ者のいない人物であった。
そして二十五歳になった現在、彼は国の重臣であるという他にも天都原国最強と称えられる中冨流剣術道場最高師範であり、天都原”十剣”の一振りでもあった。
まさに天才という呼び名を欲しいままにする人物。
しかし、生粋の軍人でありながら普段は頗る穏やかな性格とそこからは想像できない軍事面の実力から多くの臣民、特に女性の絶大な人気のある人物だった。
「光友殿下から、この尾宇美城大包囲網戦の総大将を仰せつかった重責。見事果たして我が中冨家の名声を今以上、不動のものとするためにも星志朗様には是非奮起して頂いて……」
「あっ!」
中年家臣が拳に力を籠めて力説するのを遮って、星志朗は間の抜けた声をあげる。
「星志朗様?」
「あ、ああ、ごめん、ごめん……ちょっとね、思いついたんだ」
「思いついた?何を?」
不可思議な顔を返す家臣の顔をズイッと覗き込み、”にたぁぁー”と童のような悪戯っぽい笑みを浮かべる青年。
「”尾宇美城の軍”って紫梗宮の指揮する軍だよね?”無垢なる深淵”京極 陽子様の!」
「ま、まぁ……ですが、尾宇美城には陛下も居られるので、形の上では総大将は藤桐 光興陛下という事に……」
中年武将は戸惑いながらも答える。
この戦いは建前上は……
病弱な天都原王、藤桐 光興を傀儡と貶めようと画策した公爵令嬢、京極 陽子を討伐するという名目になっている。
そのためには一時的に王である藤桐 光興に矛を向ける事になるとも……
王太子、藤桐 光友はそう檄を飛ばして挙兵した。
正直それを鵜呑みにしている将兵は、良くても半数も無いだろう。
それ以外の者は……
戦国の世にあって、大国天都原の覇権を争うこの大戦にあって、大義名分は今は大した意味が無い。
王太子にして王位継承権一位、国内最大の武力を誇る北伐軍総帥、藤桐 光友と、
公爵令嬢にして王位継承権六位、軍総司令部参謀長、紫梗宮 京極 陽子……
その二人の覇権争いであって、これは藤桐 光友側が仕掛けた謀略である以上、
道理よりも正義よりも、結果……最後に大国、天都原の覇権を握るのは誰か……
王が病弱で事実上権力を行使するのが困難な現在の天都原ではそれが全てだった。
「あの見目麗しい陽子様の軍だからなぁ……」
しかし、自家の家臣が見せる心配などお構いなしで……
中冨 星志朗はどこか遠くに想いをはせる。
「うるわしの……そうだ!”麗しの黒き美姫軍”!これがいいよっ!」
とびきりの案を思いついたとばかりに、ビシリと中年武将の顔前に指を指し示す星志朗だが、その家臣は、”はぁっ”と思い切り溜息を吐いていた。
「それではまるで敵を称えているようでは無いですか……」
「そうかなぁ?」
「そうです、今は”紫梗宮”は敵勢力、そこはハッキリと頭を切り替えて頂かないと」
「でも美人なんだよなぁ……とびきりの」
家臣の言など何処へやら、星志朗の優しげな顔立ちは、トロンとだらしないと言えるほどに気が抜けていた。
「そ、それよりも作戦指示を……敵正門を守るのは元”十剣”……あの岩倉 遠海殿ですぞ、老いたといえども歴戦の強者、気を引き締めて……」
「…………」
「星志朗様っ!」
相変わらず上の空の主人に、堪りかねた中年家臣が荒い声を上げときだった。
「ここと、ここと、そこに五百ずつ……あと、城門前にあからさまに展開する中央前部隊は時間稼ぎの罠だから放置で……ああ、それと」
「っ!?」
直前まで心ここにあらずといっった顔をしていた青年は、サッサと次から次へ戦略地図の数カ所を指さし、極めて的確な指示を出す。
「うっ……では、岩倉 遠海殿の本隊はいかが成されますか?城攻略には避けては通れませんが……」
中年家臣はなんだか納得いかない表情を浮かべながらも、彼に仕えて長い事もあり、正直もう馴れたというように残った問題を尋ねる。
「それは……そうだなぁ、兵力はこっちが圧倒してるんだから力押ししても良いけど、それも芸が無いし味方の被害は出来るだけ小さくしたいしね……当面は放っておけばいいよ、そうすりゃ欲に駆られた”七峰軍”辺りが攻め込むだろうからね」
「確かに……七峰の総指揮官は、彼の国を牛耳る”壬橋三人衆”が壬橋 尚明の実弟、壬橋 久嗣だとか、野望剥き出しの彼の者ならば、藤桐軍が周辺を制圧している隙を狙い、功を欲して攻め込みそうではあります」
家臣の反応に、上機嫌でウンウンと頷いている星志朗。
「が……それでは奴等に見す見す手柄を恵んでやることになるのでは?」
しかし、大まかなところでは賛成でも家臣は最後にそう付け足す。
これだけ苦労して露払いに利用される……
中年家臣の尤もな言葉に、青年はニッコリと笑って見せた。
「元”十剣”岩倉 遠海はそんなに甘くないよ、それにこの配置……多分そういうのを見越して十分な迎撃態勢を取れるようになっているみたいだ」
「?……寡兵の敵ぐ……”麗しの黒き美姫軍”が?」
中年家臣は、敵軍と素っ気ない呼び名を発しようとした瞬間に曇った青年の顔を見て、瞬時に彼が提案したばかりの馬鹿馬鹿しい呼称に言い直した。
正直、こんな下らない事で、ここでまた彼にへそを曲げられては話が進まない……
中年家臣はそう考えたのだろう。
どこの世界でも中間管理職は大変だった。
「寡兵だけども、だからこそ準備は万端だろうね。先の見事な伏兵戦術をさらに再利用してそれを元に情報網まで構築しているみたいだし……流石は”無垢なる深淵”ってところかなぁ、正直驚くね、陽子様には」
「…………」
中年家臣は、そう言って笑う主を見て黙る。
この青年は……
我が主ながら”無垢なる深淵”と恐れられる策士、京極 陽子と肩を並べるかも知れない本当に大した天才だと。
「ああ、そうだ、七峰が散々に岩倉老の軍を削ったら、その時はこっちも参戦して良いところを貰おう。そうだね……それは伝士朗の隊に任せよう!」
そして中年家臣が改めて主である青年に感心している最中にも、彼は次手を示す。
「弟君……伝士朗様に?」
「そうそう、伝士朗さまにっ!」
聞き返す家臣の言葉に巫山戯た感じで返す中冨 星志朗。
中年家臣は苦々しく笑いながらもこう応えたのだった。
「それは……容赦がないですなぁ……」
――
―
――尾宇美城籠城戦が始まってから五日目
世界が一度、近代国家世界側に切り替わって再び戦国世界側に戻り……
「城門前防衛戦の十三院 十三子様から伝達!七峰軍第三部隊を撃退し、新たに攻め寄せた第四、第五隊と交戦中!」
「右翼方面、六王 六実様から伝令!撤収状況の第八伏兵部隊と合流せり、この後はすでに合流した第六部隊と残兵力を再編成するため、指揮系統の統一に暫し時間を頂きたいと!」
「そうか……十三院 十三子には現状で三時間は戦線を維持しろと、しかる後に援軍を向ける……六王 六実の報告は了承した、速やかにまとめ上げろと……あと左翼の三堂 三奈に……」
指揮官たる俺、鈴原 最……おっと、鈴木 燦太郎も多忙を極めていた。
情報が大量に流れ込み、対応に走り回る尾宇美城司令室はまるで祭りのようだ。
「燦太郎様、お茶が入りました、それと簡素ではありますがお食事をお持ちしました」
そして絶妙のタイミングで香りの良い紅茶と、ふわふわのサンドウィッチが作戦指揮をしている俺の前の机に置かれる。
「ああ、ありがとう七子さん……で、八十神 八月の方は?」
俺に七子と呼ばれた給仕姿の女性は、この忙しく煩雑な職場でも実に優雅にお辞儀して俺の質問に答える。
「はい、予定通り前線への潜入に成功したとの事です。あと、旺帝方面なのですが未だ……ここは何かあったと判断して、小隊を幾つか派遣してはいかがでしょうか?」
「…………」
――旺帝軍……なるほど、これは予想以上の激戦ということか。七子の言うようにここは確かに多少の兵力を割いてでも情報の入手を優先した方が……
「そうだな、では……」
俺が七山 七子の提案に応じようとした時だった。
――ガタ、ガタッ!!
二人の兵士に肩を借りる形で、ボロボロの少女が司令室に姿を見せる。
「ふ、二重……」
何事かとそちらへ視線をやった七子がそう叫んでいた。
――二重?……ではこのボロボロの少女が二宮 二重か?
黒髪でおかっぱ頭の少女は、小さい身体の至る所に傷を負って立っているのもやっとだとの様相で、左右で寄り添う兵士達の肩に縋りながらもなんとか自身の足で司令室に入って来たという感じだった。
「……なな……こ?……かえってきて……たの?……ううん……そ、それより、ひ、姫様……は?」
満身創痍……
少女はそれでも七子の姿を確認すると、息を切らした途切れ途切れの声でそう尋ねてくる。
「何があったの二重!いったい……」
「お、旺帝軍の攻撃が激しくて……それで……それ……で……宮郷 弥代様が……時間稼ぎの……ために……残られて……え、……援軍を……」
ドサリッ!
そこまでで、その少女は床にへたり込んでしまった。
「……はぁ……はぁはぁ……え……ん……ぐん……を……はぁ……はぁ……」
既に立ち上がる力も、言葉を話す力さえ出し尽くした少女は、下を向いて肩を上下に呼吸を繰り返すだけだ。
――
床にへたり込んだままの二重と同じ高さに膝を落とし、力尽きた少女を覗き込んでいた七子が俺の方に振り返って伝える。
「傷は浅いものばかりかと……しかし疲労が尋常ではありません」
俺は頷いて黒髪のおかっぱ少女が見事に果たした仕事に応える。
「解った、直ぐに援軍を向かわせる。二宮 二重、大義だった!お前はもう休め」
――尾宇美城の東側……
どうやらそこでは俺の想像する以上の激戦が展開されているようだ。
「……」
――直ぐに援軍を……か、二宮 二重にはそう応えたが……
この様子では既に旺帝軍は城の東側にまで取り着いているかもしれない。
俺は最悪の事態を想定して策を練り直す。
――尾宇美城東側城門……あそこには確か……
そして俺は予め仕込んでいた幾つかの策から、その一つに思い当たる。
「七子さん、俺は今から尾宇美城東側城門へ向かう」
「っ!?……さい……燦太郎様、御自らですか?」
給仕姿の”王族特別親衛隊”七山 七子は、床に膝を突いたまま目を丸くして俺を見上げる。
「ああ、嫌な予感がする」
俺は用意していた策を確認するため、そして何よりもこの嫌な予感を払拭するため、自らそこに足を運ぶことを決断していた。
第二十五話「天都原軍もう一人の天才」END




