第二十四話「裏切りの代償」(改訂版)
第二十四話「裏切りの代償」
「本当に勝算は在るのだろうな!?その策を成功させる根拠は在るのだろうなっ!?」
臨海軍将軍、久井瀬 雪白によって赤目領”那原城”が陥落してから二日……
赤目領都”小津”を放棄して東の僻地”那原”にて臨海軍を迎え撃つと豪語していた鵜貝 孫六が、その手勢ごと消息を絶ったことにより臨海対赤目による戦の趨勢は決した。
そして程なく、赤目の諸将は雪崩をうって臨海軍に降伏をしていった。
「松長殿!聞いているのか?一度は降った臨海を裏切ったは良いが、我らが”鍬音”で孤立するのではと、皆不安がっているのだ!」
しかし、その流れに抗う者も確かに居る。
赤目領土内、鍬音城の廊下を早足で歩くこの二人の男、一度は臨海に屈服を余儀なくされたが、現在は混乱に乗じて蜂起した。
「松長殿っ!!」
片方の男が焦りも露わにもう一人の男にせっつく。
「そう取り乱すな、荒井 又重殿……無論、蜂起したからにはちゃんと手筈は整えてある」
歩きながらも、その男に取りすがられる男は……
松長と呼ばれた男は、特徴的な刀傷が眉間に刻まれた痩せぽっちの老将だった。
「手筈?それは……」
「”戸羽城”の楽道斎には既に書状を送り色好い返事を貰っておる、それに……」
眉間に刀傷の老将は、呆れ顔で溜息混じりに足を止める。
「有村 楽道斎に?では、では!”枝瀬”の荷内 志朗殿は?かの御仁はなんと?」
「…………」
安堵の表情を浮かべたのもつかの間、直ぐに新たな疑問をせっついてくる男に、眉間に刀傷のある如何にも不敵な老将……
”松長 平久”は心底鬱陶しそうにしながら首を横に振る。
「”枝瀬城主”の荷内 志朗は我らと供に立つ気はないそうだ……臨海王、鈴原 最嘉に忠義を示すと……そう返答がきておる」
「な、なんと……くっ……」
「…………」
松長 平久は荒井 又重の落胆する顔を暫し眺めていたが、直ぐに口元に余裕の笑みを浮かべる。
「なに、問題は無い。貴殿も荷内 志朗がそういう堅物だと知っていよう?我ら同じ赤目の家人であっても、そういう風に割り切れる男では無いと……な」
「し、しかし……なんと愚かな……赤目の、いや、荷内家は四十八家のひとつであるのだ!その自覚があるのか……い、いやそんなことより今は……それでは我らが計画は……」
見る見るうちに色を無くす荒井 又重の顔を眺めながらも、松長 平久の口元はそれでも余裕に角度を上げたままだ。
「”枝瀬”は一時捨て置く、それよりも今の我らの課題は如何にこの赤目から臨海軍を追い払うかに尽きる……違うか?」
自信たっぷりに笑う痩せぽっちの老将に、荒井 又重は怪訝な顔を返す。
「いや……しかし、”枝瀬”が呼応しない以上は、”鍬音”と”戸羽”の楽道斎のみで挙兵することに……それでは赤目全土を奪還するには……」
「なに、問題ない。我らの蜂起には既に”赤目四十八家”の方々では我が主、多羅尾 光俊様と他には貴殿の主、杉谷 善十坊様の二家がついておる。後は厚かましくも我が領地に居座る臨海軍共を蹴散らせれば、臨海軍に一度は屈服し、日和見を決め込む他の赤目諸将も動かざるを得ないだろうて……」
「しかしっ!我らのみでは……如何に敵総大将の……あの小賢しい”ペテン師”鈴原 最嘉が不在とは言え、”鍬音”と”戸羽”のみでは……」
どれだけ言葉を尽くしても不安を払拭できない荒井 又重に、特徴的な刀傷が眉間に刻まれた痩せぽっちの老将は……
「荒井 又重っ!」
一喝する!
「っ!!」
老将の突然の一喝に荒井 又重は思わず息を呑んだ。
「いや、荒井 又重殿……貴殿は少し思い違いをしておるぞ」
老将、松長 平久は激しい口調から一転、ニヤリと含んだ笑みを浮かべていた。
「??」
驚いたままの表情の荒井 又重に、松長 平久は見栄えのしないコケた顔を左手で摩りながら今までで一番”含んだ”笑みを浮かべる。
「この挙兵の後ろ盾は”赤目四十八家”の二家、我が主、多羅尾 光俊様と貴殿の主、杉谷 善十坊様……実戦指揮を執る同輩は”鍬音城”の我らと”戸羽城”の有村 楽道斎に後は……」
「……?」
そして老将の……
梟雄と呼ばれし松長 平久の”含んだ笑み”は殊更邪悪に歪む。
「”小津城”の宗三 壱である!」
「なっ!!」
まさかの名前……
まさかの人物の名前に……
荒井 又重は大きく口を開けたまま固まってしまっていた。
「ハァッハッハッハァーー!!どうだ?荒井殿、大いなる勝算が見えて来たであろう」
「し……かし、それは真の?俄には信じられぬ……」
宗三 壱といえば臨海でも忠臣として特に名高い将だ。
臨海領主、鈴原 最嘉に絶対の忠誠を誓う側近中の側近……
それは荒井 又重も承知している事実だけに、その情報は如何にも信じがたいことであった。
「なんにせよ、この”鍬音城”は既に我らが乗っ取ってしまったのだ。後は”戸羽城”の有村 楽道斎が同様に万事上手く進めよう、ならば我らはもう後には引けぬ……」
「そ、それは……たしかに」
退路を断たれた状況で、荒井 又重は頷くしか無い。
「ふはは、いい加減に覚悟を決められい、赤目四十八家のひとつ杉谷 善十坊様の右腕と呼ばれし荒井 又重よ!その名が泣くぞっ!」
締めとばかりにそう言い、眉間に刀傷のある不敵な老将、赤目の梟雄、松長 平久は笑い飛ばしたのであった。
――
―
――”鍬音”と”戸羽”で造反!
その報は直ぐに”那原城”を攻略したばかりだった久井瀬 雪白の耳に届いた。
「お待ちください、久井瀬様!久井瀬 雪白様!!」
純白の佳人と称される名刀”白鷺”
城漆の鞘が美しい刀を手に、プラチナブロンドの髪が美しい少女がその場を発とうとしていた。
「…………なに?」
少女は短く応えて、不機嫌そうに振り向く。
腰まである輝くプラチナブロンドをひとつの三つ編みにまとめて肩から垂らした美少女は、それと同色で大きめの瞳を、自分に縋る相手に向けていた。
「……え……と、このまま”鍬音”と”戸羽”征伐に向かうのは如何にも尚早です!敵の陣容も不明な事が多いですし、第一この”那原”の地はどうされますか!?」
彼女の臨時副官を務める木崎という士官は、振り向いて自身に向けられる少女の美しい容姿に……
不謹慎だと思いながらも、思わずドギマギと心臓を跳ねさせながら、少女の直情的な行動を諫める。
「…………さいかの敵は討つ……それだけ」
白磁のようなきめ細かい白い肌。
彼女の整った輪郭と、それに応じる以上の美しい目鼻が配置された容姿。
白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇と……
白金の軽装鎧を身に纏ったその少女は、紛れもない美少女だった。
「で、ですから、先ずは敵の陣容を詳しく……」
木崎は頬を赤らめながらもなんとか食い下がる。
「”鍬音城”は松長 平久、荒井 又重。”戸羽城”は有村 楽道斎が乗っ取った……それらの黒幕は赤目主家でそれの主人達、多羅尾 光俊と杉谷 善十坊とかいう雑駁」
「!?」
木崎は驚いていた。
他人に興味の薄いこの少女……
感情表現が少しばかり乏しいこの美少女が抑もこんな感情的な行動を取ること自体に多少の驚きはあったが、それよりもなによりも……
自身が担当する戦場では無い敵将の名前をこうも覚えているとは……
南阿の将軍時代に、自分の義父である久鷹 是清の名を“これこれ?”と呼び、真面に覚えていなかったという逸話がある彼女とは思えない。
「さいかの邪魔をする者は斬る……それだけ」
もう一度そう言って、彼女はまたも背を向けて歩き出そうと――
「ま、待って下さい!久井瀬様っ!!」
「…………」
そしてまたも呼び止められ、あからさまに不満そうな顔で、プラチナに輝く髪を揺らせて立ち止まった。
――これか……つまり最嘉様のためなら……って、くそぉ……やっぱり羨ましいです最嘉様っ!!
その顔を見て、木崎はそんなことを思う。
「あ、あの……つまりですね、それはまだ全容では無いはずです。これだけ周到な相手なら他に裏で糸を引く輩があるやもしれません、今暫くはこの”那原城”の守りを固めてこの赤目領内の要である宗三 壱様の”小津”と連携を保ちつつ、天都原領の尾宇美城に居られる最嘉様に指示を仰ぐのが宜しいでしょう」
「…………」
木崎の的確な進言に、流石の雪白も足を止めたまま黙り込むが……どうもまだ不満な感じだ。
「最嘉様がこの場に居られたならきっとそう指示を出されると……」
それ故に木崎は、雪白の行動理由であるところらしい最嘉の名を使い、駄目を押す。
「さいかが?……うん、そういえば……さいかなら……」
それを受け、プラチナの美少女は何やらブツブツと呟き考え込んでしまった。
「…………解った、真琴の部下の木崎。だったら、あなたはもっと詳しい状況を確認して。わたしは……ご飯途中だったから」
そしてようやく考えが纏まったらしい美少女は、そういう丸投げ的な命令を出してから、彼女自身は自室に消えたのだった。
「ふぅ……しかし」
木崎は一先ず安堵するが、疑問も湧いていた。
「雪白様、昼食はついさっき済ませたはず…………」
あれだけ食べてどうやってあの完璧なプロポーションを維持しているのか?
木崎は”美少女という世界の神秘”に頭を捻りながらも……
自身の仕事を進めるため、彼自身も忙しなくその場を後にするのだった。
――
―
――だが、それから半日も経ずに……
状況は、急展開を迎えたのだ。
「ほ、報告致します!依然”鍬音城”は松長 平久、荒井 又重が、”戸羽城”は有村 楽道斎が占拠したままで……その、”小津城”は……”小津”を守る宗三 壱様は……」
木崎は伏し目がちに、震えた声で報告する。
「赤目領土”小津”にて……にて、宗三 壱様……謀反……」
「……」
それを聞く雪白はいつも通り無表情で……
報告する木崎の方が動揺していた。
「み、自らが治める領土を顧みず、議の無い戦に介入する鈴原 最嘉の愚かな行為を捨て置け無い。よって、赤目領は滅びに向かう臨海から独立し、此れを守護すると宣言……つまり、壱様は……つまり……」
「この機に乗じて赤目領土を我が物とし、独立するということ……ですなぁ」
衝撃の出来事に、ショックのあまり声が震えて言葉が出てこない木崎の代わりに……
そこに居合わせた坊主、根来寺 数酒坊が勝手に報告を引き継いだ。
そして、その報告を”那原城”の謁見広間で受けた雪白は……
「…………」
臨海の”終の天使”こと、赤目にて新たに”殲滅将軍”と恐れられし久井瀬 雪白は
その衝撃的な報告を、美しい容姿をイチミリも変える事無く聞いていた。
だが、木崎の……いや、他の将兵達全員の動揺は尋常で無かった。
――あの宗三 壱様が!?
――他の誰が離反しようとも、鈴原 真琴と宗三 壱だけはそれは無いと思われていた、鈴原 最嘉の双璧が!?
それはこの場に居る誰もが思いもよらなかった凶事、”青天の霹靂”であった。
「まぁ、あれですなぁ……正しい進言をしたにも拘わらず諸将の前で叱責され、恥をかかされては……然もありなんかと」
――っ!!
空気を読まない生臭坊主の言に、その場の兵士達が俄に殺気づく。
「貴様に何が解るっ!!この生臭がっ!」
「最嘉様と壱様の絆を貴様は!!」
臨海の将兵はいきりたつが、実際には根来寺 数酒坊の言は的を射ている……
とは言えなくても、遠からずだろう。
宗三 壱がその程度のことで心服する主に矛を向けるなどあり得ないと言っても、それは既に現実のものとなったのだ。
だから半ばそれは最早、八つ当たりだと自覚していても、
長く臨海に仕え、供に時を過ごした将兵達はその言葉を看過できなかった。
「これは失敬……とはいえ、主君が理に沿わぬ事を選択し、自身の意見、ひいては存在そのものを軽んじたとあっては……」
首元に大きな数珠を幾重にも巻いた坊主はいつも通り、通常の倍はあろうかという酒壺を肩に抱えた格好で、自身が作り出した殺気立つ空気の中でも平然と続ける。
「根来寺 数酒坊殿……壱様は真面目な方なんです。そして、しっかりとした矜恃を持たれた筋の通った方、ですから皆が信じられないのも無理は無いのです」
言葉を震わせながらも、木崎は枝瀬城から使者の役割を担って来たばかりの客将である坊主に答える。
「…………真面目故に起こる悲劇もあるであろうに、」
「か、数酒坊どのっ!!」
ああ言えばこう言う、遂に木崎さえも感情を爆発しかけた時だった。
――ヒュン!シュバッ!
「なっ!?」
「お、おぉ……!」
副官と坊主はその一閃に目を見開く。
ズッズズ…………ガシャン!!
そして、その光の軌跡が消失して一呼吸後、
中央に鎮座してあった玉座の背もたれが斜めにスライドして、上半分が石床に落ちた。
「…………」
「…………」
そこにいた将兵達も一瞬で言葉を無くして立ち尽くす。
「お、おぉ……なんと刹那で鋭利な、真にこれは”神速剣”」
「……雪白……様……」
数酒坊と木崎もその元凶である少女を見ていた。
そして、其処には……
「…………」
最早”ひと”が御することができるとは思えないくらいの覇気を纏った美しいプラチナの髪の美少女が居た。
――細みの刀身に撓るように切っ先まで突き抜ける流麗な刀影
――零れ入る光を直刃の刃文が白く内包する白雪の刀身
真に映える見目麗しき純白の佳人と称えられる氷の刃を抜き身に下げた美少女。
いや、”抜き身”なのはそのプラチナブロンドの美少女自身も同様だろう。
「斬るわ……それだけ」
そして幾万の星の大河を内包したプラチナの双瞳に殺意を籠めた臨海の”終の天使”は……
赤目領”那原”の地に降臨した。
第二十四話「裏切りの代償」END




