第二十話「二人の鬼」後編(改訂版)
第二十話「二人の鬼」後編
「此所は……本当に現世なのか?」
天を突くような二本の直角な角を生やした特徴的な造りの兜を被った男が、その場の光景に言葉を無くし立ち尽くしていた。
「あははっ!ふふっ!あはははぁぁーー!」
その戦場には狂ったように紅の唇を開いて両手の剣を振り廻し続ける”独りの女”
「ぎゃぁぁ!」
「ぐふぉっ!」
――阿鼻叫喚!
血飛沫を撒き散らす紅き竜巻に肉を削がれ、骨を刻まれ、倒れ行く数多の旺帝兵士達!
長い黒髪……いや、赤黒く染まった髪を振り乱し、全身をも更なる”紅”に染めたまま踊り狂う女は……
「あはははぁぁーー!」
女の肩口には折れた刀が刺さり、身につけた鎧は歪み凹み、所々の衣服が破れて露出した白い肌にも、腕にも足にも無数の傷を負って……
それはもう返り血なのか自身の血なのか。
何十人斬り伏せたのか、孤軍奮闘で両手の刃を振るう紅き女は赤の中で笑い続ける。
「これが……宮郷の”紅夜叉”なのか……」
だが、驚くべき事にその女の運動量は微塵も落ちることがない。
敵も味方もない、自身以外は唯唯切り刻む獲物でしかない。
「尾谷端殿、ここは無駄に兵を失うのは愚策、あの紅の化物から包囲網を解いて、一旦距離を……」
遅ればせながら、槍を片手に持った黒い仮面の将が駆けつけた時には、同僚である二本角兜の男、尾谷端 允茂が”紅き化物”の前で立ち尽くす背中があった。
「尾谷端殿!一旦距離を!!」
額から鼻まで覆った黒い仮面を装着した、露出した顎には立派な髭を蓄えた黒仮面の男、山道 鹿助は先行していた尾谷端 允茂に、今一度背後からそう助言する。
「鹿助殿……確かに、これでは被害が大きすぎるな」
山道 鹿助の忠告を受けた尾谷端 允茂は頷き、直ぐに無秩序に被害を出している自隊に命令を出した。
「離れろ!離れるのだっ!少しばかり時間はかかるが、遠巻きから飛び道具を交え、確実に仕留め……」
「では、俺が行こう」
――!?
命令が完結する前に尾谷端 允茂の後方、山道 鹿助のさらに後ろから不意に別の男が現れる。
「き、貴様は……」
その人物は、細身で引き締まった体つき、両腕をだらりと無防備に下げてはいるが、一分の隙も見当たらない男。
一見、物静かに見えるが、実は関わり合いになりたくは無い鋭い眼光を宿す、長めの黒髪を雑に後方で纏めた男。
「あ、阿薙……どの」
黒仮面の将、山道 鹿助がその男の名を呼んだ。
「こんなところで時間を食っている暇はないだろう、貴殿等が行かぬのなら俺が仕留めるまで」
旺帝の二武将を差し置いて前に出るのは、天都原の王太子、藤桐 光友が懐刀で天都原”十剣”がひとり、阿薙 忠隆。
ザッ!ザッ!
言うが早いか、前方の”紅き夜叉”へと臆することなど微塵も無く歩を進める阿薙 忠隆。
ザシュゥーー!!
「ぎゃぁぁっ!!」
ザッ!ザッ!
「……」
「っ!……あら?」
ドサリ
闘争と殺戮の恍惚からか惚けた瞳で、無言で近寄る男を視界に捉えた血化粧の女は、斬り殺したばかりの兵を雑にうち捨てる。
「なに?なに?……今度はあなたがこの身を紅く彩ってくれるの?」
そして、ゆっくりと男の方を振り返って微笑った。
「……生憎だが、お前を飾るのは貴様自身の血だ」
そして、戦慄の血濡れた夜叉と対峙しても、表情を全く変えずに応える天都原随一の剣士。
「ふふ……血に飢える紅の夜叉を目の前にして、口だけで無い事を祈るわ」
愉しげに……
本当に愉しげに口角を上げた女は、血に浸した両手の細身剣を水平に振り上げた!
ダダッ!
ダッ!
「待たれよっ!ここで”その獲物”を持って行かれては、我ら旺帝”八竜”の名折れっ!」
突如!天を突くような二本の直角な角を生やした特徴的な造りの兜を被った男が、阿薙 忠隆の後ろから飛び出して、紅夜叉に剣を抜いて跳びかかった!
「左様!天都原の客将如きに”トンビに油揚げ”はさせませぬぞっ!忠隆殿っ!!」
額から鼻まで覆われた黒い仮面を装着した男もまた、同時に突進し、その槍が紅の女の足下を薙ぎ払う!
ブォォン!
黒仮面、山道 鹿助が放った足払いの槍を――
ふわりっ!
軽く跳んで躱し、
ガッ!
そのまま片足で槍を踏みつけて地面に押さえ込んだ。
シュオンッ!
弥代は直後に左手の剣を振り下ろす!
「ぬっ!」
山道 鹿助は斬られてはたまらないと、槍を慌てて放して後方へ仰け反って倒れた。
キィィーーンッ!
同時に攻撃を仕掛けた二本角兜の尾谷端 允茂の刀は、弥代の右手の剣に弾かれ、
ズバァァッ!
「ぐはっ!なんだとっ!?」
体勢を崩した尾谷端 允茂は、そのまま彼女の左手の剣に腕を斬りつけられて、後方へ下がる。
――飛び散る鮮血!
「あはははっ!またくれるの?私に”紅”を彩ってくれるのぉぉーー!!」
脂汗を滲ませてしゃがむ二人の武将を見下ろしながら、女は妖艶な紅い唇で笑う。
「ぐぅぬぬぬ……夜叉め!」
「恐ろしい……正しく人外!」
場の空気に完全に呑まれた二人の旺帝が”八竜将軍”
「……そうよ、”紅夜叉”……私はね、紅い人食い鬼なのよぉぉっ!!」
「……くっ」
「ぬぅ……」
近寄る”紅い狂気”に場を支配され、旺帝の二将は未だ動けない。
ザッ!ザッ!
「…………あら?」
再び――
尾谷端 允茂、山道 鹿助の後ろから男が現れる。
ザッ!ザッ!
シャラン!
歩きながら刀身を抜き放つ男。
そしてその金属音に、”紅”に染まる女は、垂れ気味の瞳をスッと動かして視線を移す。
「奇遇だな、宮郷の”紅夜叉”、宮郷 弥代よ……俺もそう呼ばれている」
ザッ!ザッ!
銀色に反射する刀身を肩の高さに掲げて歩み寄る男。
「へぇ、そうだったんだ?……あなたが……あの」
それだけで弥代には、男がなにを況んやか……理解する。
「……鬼」
呟いた弥代の艶っぽい唇の端が、今までで一番愉しそうに上がった。
「ああ、”鬼阿薙”……そう呼ばれている」
そして――
後に、この”尾宇美城大包囲網戦”で最も凄惨な場となったという戦場で……
「……」
「……」
二人の”鬼”は嗤って刃を突き合わせたのだった。
第二十話「二人の鬼」後編 END




