第十八話「不協和音」(改訂版)
第十八話「不協和音」
「反対です!」
枝瀬城玉座の間はその一言で静まりかえった。
「…………」
俺は両肘を玉座の肘掛けに置き、口元の前で両手を組んだ格好でその人物を見据えている。
「赤目攻略はもう目前です、ここは小津を中心に、枝瀬、戸羽、鍬音という既に手中に収めた各地を盤石にし、その威勢を以て敵の最終防衛ライン、那原城を攻略すべきでしょう!」
声の主は、宗三 壱。
俺の側近中の側近で、今回の赤目遠征軍の方針転換に際し、那原城攻略の最中である鍬音城から急遽呼び戻した。
「最嘉様、ここは我が主が自ら指揮を執って頂き、我ら臨海の赤目遠征全軍を率いて出陣、一気に那原を制圧するのが最も効果的であると具申致します!」
「…………」
壱の意見は尤もだ。
そもそも俺もそのつもりで今の状況を作り出したのだから。
――しかし……
「分を弁えよ、宗三 壱!我が君の意に反するかっ!」
玉座脇、俺の隣に控えていた黒髪ショートカットの少女が、段下の壱に向かって一喝し、半歩前に出る。
「意に反する?いいや考え違いをするな鈴原 真琴!我が主の目的は赤目の攻略、そしてその後の旺帝への足がかりを作るためのこの戦だったはずだ、それが最嘉様の戦略であり、真意であったはず!」
「宗三 壱!それこそ考え違いよ!我が君の”今の言葉”こそが絶対、それ以外真意など無いわ!」
「…………」
「…………」
段上、段下で繰り広げられる二人の剣幕に、居並ぶ諸将達もただ言葉を呑み込み狼狽するしかない。
此所に比堅 廉高や神反 陽之亮などの古参の重鎮が居たのならば、また状況は変わってきたのだろうが……
「真琴よ……忠臣とは主の王道の一助となれるのならば、あえて一時のご不興を賜っても過ちを指摘する事を憚らない者の事を指すのだ」
「忠臣?……壱、貴方は考え違いをしているわ、私たちにとって最嘉さまの成す事が真実、あなた如きが差し出口など……」
「もういい、真琴」
俺はそこまでだと言わんばかりにその口論を制していた。
「は、はい!……我が君」
真琴は恐縮して俺に一礼し、半歩下がって元の位置である玉座に腰掛けた俺の隣に控える。
「…………」
壱も一旦は頭を下げたが……
再び顔を上げた表情は、まだ言い足りなさげだった。
「……」
「……」
そして、玉座の間に控える諸将も重い沈黙の中、俺の発する次の言葉を待っていた。
――壱の言うことは尤もだ。俺もそう考えていた……だが
「宗三 壱……”暁”の各大国が一時的とは言え共闘して天都原の陽……紫梗宮を排除に動くとは俺も予測は出来ていなかった、それは俺のミスだ。だが状況が変わった以上は我が臨海もそれに応じた行動に出る必要がある」
俺は話しながらも考える。
――そうだ、一刻一刻と変化する状況には柔軟に対応しなければならない
――しかし今の俺は本当に臨海の為に動いているのか?
答えは否だ。
俺は……鈴原 最嘉は……
ただ、京極 陽子を失いたくない!
その想いを叶えるため、後付けで理由を取って付けているだけなのだ。
「……では、天都原国軍総司令部参謀長、紫梗宮にはそれだけの価値があると?」
宗三 壱は段下から問う。
――それだけの価値……臨海にとって目前の赤目攻略を諦めるほどの価値……か
「紫梗宮 京極 陽子は、我が臨海にとってはまだ利用価値がある。少なくとも我が臨海に敵意を剥き出しにしている王太子、藤桐 光友が天都原を統べるような事があれば、臨海は天都原、旺帝という暁最大の国家に挟撃される状況にさえなるだろう」
「ならば矢張り、ここは赤目を完全に手中にしておくべきでは?そもそも今、六大国家の内の四カ国までが参加する大包囲網戦に我ら臨海が割って入ってどうにかなるとも思えません!」
――全く以てその通りだ……
――二の句が継げない
俺の取ろうとしている行動には、抑も三つの大きな問題がある。
ひとつは、今から駆けつけて間に合うのか?という事。
これは、正直もうどうにもならない。
陽子の能力と頑張り……そして運……しかないだろう。
二つ目は、現状で四大国が上辺だけとはいえ協力する大軍勢に、臨海程度でどう対応するというのか……だ。
勿論、真面な戦では話しにもならないだろうから、俺の取る策は……
大国達の仮初めの連合になんとか付け入り、上手く協力関係を崩して……だろうか。
――並大抵では無いな……相手がどの大国だろうと現状の俺には相手に示せる代価が無い
臨海と天都原。京極 陽子陣営に与すれば、現状以上の利益を得られるという事を提示できなければ四大国全てが敵に回ることになる。
そして最後に……
臨海がそんな無謀な戦に走った後に起こる各地の反乱。
臨海はここ暫くで急激に版図を広げつつある新勢力だ。
つまり新参地域の領主や武将がここぞとばかりに反旗を翻し、決起しても全くおかしくない。
というか、新参で無くても沈む船から脱出しようとする者がいても当然だろう。
――だからこそ、宗三 壱が言うように、現在不用意に”かの戦”に関わるのは愚策……
「現在は先ず足元を固め、天下の動勢がどう変化するのか見極めた後で我が国の方針を……」
ガタッ!
俺は壱の言葉を最後まで聞かずに立ち上がった。
「!?」
宗三 壱の……諸将の……視線が俺に集中する。
「藤桐 光友が天都原を統べるような事になればどうなるか……結果は自ずと解るだろう……なら」
「しかしっ!」
「黙れ壱っ!我が君のお言葉を遮るとは不敬も甚だしいわっ!」
俺の横に控えたショートカットの黒髪少女が、すかさずそれを一喝する。
「…………」
壱には珍しく……
というか初めてだろうな……
不承不承だというのがあからさまに見て取れる態度で一応は頭を下げて控える。
しかし俺はあえてそれを見なかったかのように続けた。
「強大な相手が攻めの一手を打つというのなら受け手に回るのは不利でしか無い!そして今後何らかの手を打つために鍵となるのが天都原王家の血を受け継ぎ、王位継承権を所持する紫梗宮、京極 陽子だ」
「…………」
俺は諸将に向けて啖呵を切るが、壱は頭を垂れたままだ。
「真琴、今すぐ動かせる兵はどれくらいだ?」
「はい、この枝瀬に三千、戸羽に千五百かと」
少女の言葉に俺は頷く。
「では、俺は道中、戸羽で兵を補充しつつ、天都原領、尾宇美城に向かう。宗三 壱、お前は赤目の要である小津城に入り赤目一帯に睨みを利かせろ」
「…………」
壱は即座に返事をしない。
「宗三 壱っ!」
「…………承知……しました」
そして、真琴の一喝で渋々とそう応えた。
「…………」
玉座の間の空気は重い。
俺の側近である宗三 壱と鈴原 真琴が激しい口論を展開したのもそうだが、自身に対する反対意見を威圧的に押しつぶす俺に、場は恐縮しきりだった。
自らの側近中の側近であり、俺の旗揚げ以来の功臣である宗三 壱の尤もな意見に全く取り合おうとしない主君。
――彼をここまで”なおざり”にする俺に諸将が疑問を抱くのはごく自然だろう……な
「最嘉さま……」
立ち尽くしたままの壱……
ついそちらに視線を向けてしまっていた俺に、真琴が心配そうな声をかけてくる。
「ああ……この枝瀬は荷内 志朗に任せる、久井瀬 雪白には引き続き那原城攻略を続けさせろ、攻撃は最大の防御だからな」
「は、はっ!」
俺の指名を受けた、白髪頭の髪を後ろで束ねた初老の男、荷内 志朗が壱に次いで頭を下げた。
「一応言っておくが……これは決定事項だ。我が臨海は赤目のような合議制では無い、絶対君主制だ。俺の言葉がいかなる時も最終決断だと肝に銘じよ!」
「…………ははっ!!」
ビシリと空気が張り詰め、玉座に控えた将兵達は新旧問わず頭を深々と下げたのだった。
――
―
玉座の間を後にした俺……
――今はこうするしか無い……
空気の思い玉座の間に残る諸将……
特に宗三 壱の姿が何時までも頭に残る俺は、軽く頭を振り払い直ぐに出陣の準備に……
――!?
入ろうとした俺の前に、一人の女性が膝をつき深々と頭を垂れていた。
「どういうつもりなの?……七山 奈々子」
真琴がすかさず、庇うように俺の前に立ち、鋭い視線を投げかける。
――七山 奈々子
日乃攻略で手に入れた人材。
有能故に俺自らが日乃領の那知城から引き抜いた給仕長で、今回の赤目攻略にも同行させていた。
「臨海領主様……いえ、鈴原 最嘉様、今回のご判断、我が主に成り代わりまして、感謝申し上げます」
「?」
彼女の言葉の意味が解らず不思議な顔をする真琴に、俺はそっと肩に手を置いて下がるよう促す。
「…………」
真琴は警戒を維持しつつも、その人物に敵意が無いと確認すると、そっと俺の後ろに下がった。
「…………七山 奈々子、その言葉は”王族特別親衛隊”としてか?」
俺の言葉に女性は、平伏した頭を更に深々と下げた。
「ご慧眼、恐れ入ります」
俺はそうだ……
この七山 奈々子なる人物の正体には薄々感づいていた。
日乃での戦いの時……覧津城の城主、下野 永保の不可解な戦い方。
勇猛果敢で知られ猪突猛進な一面はあると聞くが、中々の良将らしいとも聞いていた下野 永保の選択した愚かな戦法は明らかに不自然だった。
それはつまり、何者かが日乃の地で我ら臨海を影で支援するために動いていたのではと……
そう考えると、九郎江での戦いで真琴の救援作戦で何者かが画策した七峰への介入タイミングが俺と測ったように絶妙だったのも頷けると……
「”王族特別親衛隊”は確か天都原王家に仕える極秘の特殊精鋭部隊だったな……お前の行動を見るに現在は陽子に仕えているということか?」
「そこまでご存じでしたか……本来”王族特別親衛隊”は天都原でも知る者はごく僅かですのに、流石は陽子様が見込んだ御方」
俺が他国の間者かも知れないと警戒していた事を彼女なりに感じ取っていたのだろうが、それが京極 陽子で、その所属部隊までを突き止めていたことには流石に驚いたのであろう、七山 奈々子は一瞬、ビクリと肩を震わせたが、直ぐに取り繕って俺を賛辞する。
「それで?」
「はいっ!改めまして……私は、天都原国軍総司令部参謀長、紫梗宮、京極 陽子様付き”王族特別親衛隊”が一枚、七山 ”七子”……本来の”奈々子”の字は、数字の七と書きます」
――”王族特別親衛隊”が一枚、七山 七子……奈々子でなく七子ね……
――なるほどそういえば、天都原の”王族特別親衛隊”は、一から十三の数字を重ねた名を持つ十三枚の”構成員”からなると、たしか諜報部隊隊長、花房 清奈の情報にあったな
「鈴原 最嘉様、今までこの身と目的を秘匿していた事、誠に申し訳ありま……」
「余計な事は良い、それより陽子の情報……現在の尾宇美城の情報を聞かせてもらうぞ、時間が無いから道中での事となるが……」
――そうだ、俺は万が一が起こったときを考えて、七山 奈々子、いや、七山 七子を泳がせていた
陽子との最後の連絡手段として、この七山 七子を身近に置くべく、今の今まで連れ回していたのだ。
「七山 七子、俺達は直ぐに出立するが、お前は……」
「勿論、ご一緒させて頂きます!」
臨海の給仕長改め、天都原国、京極 陽子付で”王族特別親衛隊”のひとりである七山 七子は、もう一度深々と頭を下げたのだった。
第十八話「不協和音」END




