第十七話「思惑」(改訂版)
第十七話「思惑」
――戦場から離れること十キロメートル程の地にて
現地の古寺を借り受けて陣を張っていたのは”暁”西の雄、”長州門”の焔姫こと、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの軍だった。
「本当に毎度毎度……”長州門”にだけ情報が遅いって言うのは悪意しか感じられないわね」
少し癖のある燃えるような深紅の髪、一度目見えただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の双瞳……
ペリカ・ルシアノ=ニトゥが此度の天都原遠征……
表向きは”暁”本土の各大国立ち会いによる天都原と旺帝の歴史的調停で、実は天都原国軍総司令部参謀長、紫梗宮 京極 陽子を排除するための一大包囲網戦の話を聞いたのは、近代国家世界で行われた六大国家会議明けで、世界が戦国世界に切り替わってからであった。
「藤桐 光友の使者、何て言ったかしら?……まぁいいわ、とにかくその使者が我が”長州門”に来るのが意図的に遅いっていうのは本当に不快だわ、戦の協力を頼む立場にあるにも拘わらず、大人げない嫌がらせもいい加減にして欲しいわね……ほんと」
魅つめる者、悉くを焼き尽くしそうなほど赤く紅く紅蓮く燃える紅玉石の双瞳。
紅蓮の焔姫は艶のある石榴の唇から愚痴を零しながらも、簡易に用意された自陣内でテキパキと指示を出している。
――”外人”……
容姿の違い、言語の違い、そして特殊な環境下での民族主義の結果からか、それらの者は大体の場合、差別の対象であった。
それは大国”長州門”の国主になった”ペリカ・ルシアノ=ニトゥ”も例外では無く、彼女とその友、”アルトォーヌ・サレン=ロアノフ”が国主と参謀という位置を占める、現在の”長州門”に対する他国家の対応にも顕著に表れていたのだ。
そう言った事情から初手で他国の後塵を拝した長州門軍だが、ここに来て完全に他国との後れは挽回していた。
それは今見るように、彼女のこの意外な勤勉さと、彼女の側近である人物の功績が大きかった。
――アルトォーヌ・サレン=ロアノフ
紅蓮の焔姫と同郷の友人であり、家臣であり、なにより最も信頼する参謀でもある白い女性。
「使者は正確には赤目の鵜貝 孫六の手の者ね……”軒猿”とか言ったかしら。あと、嫌がらせ……今回に限ってそれはどうかしら?」
古寺の本堂に設置された仮の作戦本部でペリカの側近である女性は、主の愚痴にそう答える。
「どういうこと?アルト」
そして紅蓮の姫は、側近の女性に言葉の真意を問いかける。
「我が長州門軍を確実にこの”大包囲網戦”に巻き込む為の算段かと……」
目の前の紅蓮い女にも劣らぬ長い髪を二つに割って三つ編みにし、それを輪っかにしてそれぞれを両耳のところで留めた髪型の、整った顔立ちの女性……
アルトォーヌ・サレン=ロアノフは白い肌、白い髪……それは色白と言うよりは、色素を全て忘れて生まれてきたような、不自然な希薄さの華奢で存在感の薄い人物だ。
「藤桐 光友の下に付いた妖怪ジジイの策謀だと、アルトは考えているのね」
主であり、友である紅蓮の姫にアルトォーヌは頷いて見せた。
「我が長州門は旺帝や七峰と違い、天都原とは明確に敵対関係では無いでしょう?それに如何に天都原の力を削げる好機だからって、ペリカがこういった回りくどい戦に興味を示さないのではと……」
「ふん……そうね、私ならそんな迂遠なやり方より、逆に今回”七峰”が出兵したのならその隙にそっちに攻め込むわね」
さもそちらの方が好みであると、紅蓮い瞳を光らせる主にアルトォーヌは溜息をついた。
「だからこそ、既に各国が”大包囲網戦”に参加した後で……他国がこの戦で利を得て強化されるのを黙ってみていられない状況にして、その利益を長州門だけが取りこぼさないよう、私達も参加せざるを得ない状況にした。各国の状況と各王の性格を知り尽くした老練な策といえるわね」
「……絶妙の餌を目の前に吊り下げた胸くそ悪い陰謀ね、さすが”妖怪”、絶対に好きになれそうに無い年寄りだわ」
参謀の説明に、白い指先を軽く振って嫌悪を露わにする紅蓮の姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ。
「でもアルト、そこまでするモノなのかしら?あの暗黒姫は確かに手強いでしょうけど、光友にしても悪辣、卑怯者と後世に悪名を残してでもそれを成すようなものかしら?」
主人の尤もな意見に、腹心の白い女性は頷いた。
「各大国の王は、ここ最近は大きな戦は行っていないわ……小競り合いは多いけど、国家の存亡をかけたという大戦はこの間の天都原、南阿の戦いを除いては皆無でしょう」
「それはそうね……」
アルトォーヌの指摘に当然だと頷くペリカ。
確かにここ最近は大国同士の大戦は無い。
その理由は単純で、各大国が隣国に複数の敵を抱える状況で大戦で疲弊することはその他の敵につけ込まれるからである。
「これは、実際に噂されていた事なのだけれど……天都原の総司令部参謀長、紫梗宮 京極 陽子は臨海の領主、鈴原 最嘉と裏で結託して天下を狙っていると」
「!?」
ペリカの紅蓮の双瞳が、よく知った名に……
つい最近、印象的で特別な想いを抱いた男の名に……
過剰に反応する。
「……」
アルトォーヌはそれを目聡く気づいた後、軽く咳払いをして続けた。
「貴女も知っての通り、大国同士は牽制し合って大きな戦は難しい……そこで天都原と関係の無い臨海を使って最大の敵である旺帝の領土ともいえる独立小国群、赤目を攻めさせる。つまり、天都原自体は旺帝と正面切って構えないようにしながらも、それでも旺帝の戦力を削ぐため表面上は臨海を独立させ操っているのではないか……と考える者は多いのよ」
「…………つまり各国は、現在一番の脅威は”京極 陽子”であると一致したわけね」
アルトォーヌの説明を聞きながら、紅蓮の焔姫の脳裏には、つい先日の六大国家会議での暗黒の美姫の姿が浮かんでいた。
「ええ……多分ね、各国の思惑、利害関係、そこを鵜貝 孫六は老練な交渉術をもって巧みに操り、この大包囲網戦の筋書きを描いたのでしょうね」
「…………」
側近の白い女性の説明を一通り聞き終えた紅蓮の姫は、不機嫌そうに石榴色の唇を結んでいるが、それでも用意された軍の編成図に目を通しながらという相変わらずな勤勉さで手は止めていない。
「…………」
「ペリカ……貴女が気に入らないやり方だというのはわかるけど、ここは”長州門”の利益のため、堪えてもらうわよ、そもそも各国に対して出遅れている訳だし……」
「…………」
「ペリカ!」
「解っているわよアルトォーヌ……それより、先行した藤桐 光友の軍と七峰の軍は未だ尾宇美城を落とせていないのでしょう?」
「ええ、正確な総兵数はわからないけれど、天都原王を護衛する”紫梗宮”の軍は、三千から多く見積もっても五千が精々、対して攻める天都原北伐軍は一万、旺帝軍も一万、七峰は五千、我が”長州門”は四千……流石は音に聞く”無垢なる深淵”といったところでしょうね」
陽子のその天才的な戦術、手際に、軍参謀という同職であるアルトォーヌは素直に感心していた。
「旺帝は北に北来、七峰は西に我が長州門、そして我が国は東に七峰と南に日向を敵として抱える以上、精々この辺の出兵が限度ということもあるでしょう」
素直に天都原の”無垢なる深淵”を認める自身の参謀に、ペリカは少し意地悪く反論する。
「そうね……でも、どちらにしても私では相手にならないわね、あの天才とは」
アルトォーヌ・サレン=ロアノフは、少し口元を綻ばせながら主に答えていた。
――彼女は識っている
ペリカ・ルシアノ=ニトゥは決して好敵の実力を認めない狭量な人物では無いと。
――なら、何故に今回は少し頑なな反応なのか?
それはきっとあの人物……
六大国家会議で出会ったという、臨海の鈴原 最嘉なる人物が拘わってくるのだろう。
六大国家会議から帰ったペリカは何時になく上機嫌だった。
そう、藤桐 光友の使者という軒猿と名乗る男が訪ねて来るまでは……
つまり、ペリカ・ルシアノ=ニトゥはその鈴原 最嘉という男性に本気なのだと。
紅蓮の焔姫、長州門の覇王姫と呼称されて久しい幼なじみは、本来一途で今まで浮いた話などとは無縁のお嬢様だったのだ。
幼少から寝食を共にするアルトォーヌ・サレン=ロアノフ以外はその事実を知らないだろうが……
だから、今回のペリカの反応をアルトォーヌは可愛いと思ったのだろう。
とはいえ、各国が欲望むき出しで、お互いを牽制し合って連携なんて皆無。
寧ろ出来るだけ労せずして最大の功を得ようと、他を出し抜くことに必死な状況の中……
この困難な状況であくまで王を補佐して強大な敵を退け続ける天都原の”無垢なる深淵”……紫梗宮 京極 陽子という人物の才能と矜恃に、アルトォーヌは実際、尊敬ともいえる感情を持っていた。
「それは……ともかく、我が長州門もそろそろ動かないと。出遅れたのは事実なのだから、ここは確固たる成果を上げて戦後の取り分をしっかりとキープしましょう」
アルトォーヌ・サレン=ロアノフは陽子を称える発言の後、少しだけ間を置いてから、彼女の反応に面白くないとばかりに石榴の唇をへの字にしていた主にそう進言した。
――個人に対する尊敬や感心という感情はまた別の話、アルトォーヌはやはり長州門の軍師であり、紅蓮の焔姫が信頼を置く参謀であった
「そうね、こんな所まで出張って来たのだから、勿論、戦果はもらうわ……まあね、出遅れたとかあまり関係ないでしょう?我が長州門の先鋒は、菊河 基子なのだから」
長州門が覇王姫、紅蓮の焔姫は、参謀との会話中も継続していた作業の手を止めて、少し癖のある燃えるような深紅の髪を掻き上げる。
そこには、一度目見えただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の双瞳が、自信に満ちた光で煌めいていたのだった。
第十七話「思惑」END




