第十六話「抗戦」(改訂版)
第十六話「抗戦」
「はっはー!ゆくぞ雑兵共!このまま謀反人、”紫梗宮”京極 陽子姫殿下を見事討ち取れれば、我が新たなる主に天都原十剣が一振り、祇園 藤治朗ここに在りっ!とアピール出来る絶好の機会だっ!」
片手で肩に刀を担いだ如何にも軽率そうな男が、ニヤケ面を浮かべたまま馬上で吠える。
「おのれぇ恥を知れ!嘗ての主に易々と牙を向ける裏切り者がぁ!」
ザシュ!
「この!恩師知ら……」
ドシュ!
一軍を率いて爆進するニヤけ男は、躍りかかる兵士二人を馬上から易く切り倒す。
「はぁぁ?恥?恩知らず?バッカじゃねぇの……”十剣”は元々天都原国に仕える将軍なんだよ!別にあの”暗黒のお姫様”に個人的に忠誠を誓っていた訳じゃねぇし、勝つのが光友殿下ならそっちに付くのが当たり前だろうが!」
祇園 藤治朗はそう言って刀の血を面倒臭そうに払うと、先にある城を眺めた。
――尾宇美城
天都原最東端の城で、現在は天都原王である藤桐 光興と、総参謀長であり王位継承権第六位の紫梗宮、京極 陽子が僅かな兵のみを頼りに籠もる場所だ。
「良いぜぇ、俺が一番乗りだ…………ん?」
手柄の独り占めを目論んでいたニヤけ面の男は、そこで”ある光景”に気づく。
「なんだありゃ……」
城の前には、三百から四百程の騎馬兵と指揮官らしき見知った老将軍。
「……岩倉の爺さんねぇ」
それは別に珍しくない、意外でも無い……しかし!
「兵が……少なすぎるなぁ」
祇園 藤治朗は緩んでいた口端を下げ、訝しげな表情を浮かべて、藤桐 光友から預かった自軍の進軍を止めた。
「藤治朗様、敵居城は目前ですが何故に?このまま一気に我が隊で決着をつけようではないですか!」
「…………ちっ」
隣に馬を寄せた部下の言葉に祇園 藤治朗は舌打ちをした。
だが、彼はその苛立たしい態度を部下相手にしたのでは無い。
「ばぁーか、あれじゃ少なすぎるだろうが……如何に今回は陛下の護衛が少数だったと言ってもアレは少なすぎる……てことは」
そう言って祇園 藤治朗が左右を見回そうとした瞬間だった!
ワァァァッーー!
ワァァァッーー!
藤治朗の軍の右側面から、敵の一軍が突如現れて襲いかかってきた!
「ぎゃっ!」
「う、うわっ!」
意表を突かれ、乱れる祇園 藤治朗軍の右翼。
「ちっ、相変わらず小賢しいお姫様だ……おいっ!落ち着け!伏兵なんぞといっても少数だ、最低限の防御をしつつ右翼を中央部に後退させ、直ちに反撃用に再編しろ!」
「は、はっ!」
指揮官である祇園 藤治朗の指示で混乱は直ぐに収まり……
ワァァァッーー!
ワァァァッーー!
――かけたとき、今度は左側面から敵の一軍が突如現れ襲いかかって来る!
「ぎゃっ!」
「う、うわっ!」
またも先手を取られ、乱れる彼の左翼。
「おいおい、学習能力ないのかよ、お前ら……慌てる必要ないだろ?同じだよ、最低限の防御をしつつ左翼を中央部に後退させろ、んで反撃な」
またも指揮官である祇園 藤治朗の指示で混乱は収まり、今度こそ彼の軍は秩序を取り戻して左右の伏兵を蹴散らし始める。
「悲しいかなこれが兵力差の限界なんだよなぁ……陽子姫ちゃん、残念!」
祇園 藤治朗はニヤけ顔で嘗ての主に不敬な言葉を発しながら……剣を掲げた。
「ゆくぞ雑兵共!敵総大将はとびきりの美女だぞぉ!ハハハァッ!」
そして完全に体勢を立て直した祇園 藤治朗軍は、一気に正面の本隊へと突入を仕掛け……
ぎゃぁぁーー!!
うわぁぁーー!!
突如、空は暗く陰って――
ぎゃぁぁーー!!
うわぁぁーー!!
彼らの上空は無数に降り注ぐ弓矢によって塗りつぶされていた。
「ちぃぃっ!今度は飛び道具かよっ」
ギィィィーーン!
ギィィィーーン!
祇園 藤治朗は降り注ぐ刃の数々を剣で弾きながら、今度は後方の小高い丘に現れた弓兵部隊を目を凝らせて見ていた。
――その部隊は一見して少数の弓兵部隊……
「だが指揮官らしき人物は……見覚えあるなぁ」
左右の伏兵からの攻撃に対して防御に集結していた藤治朗の隊。
その密集した隊の真上からの、”待ってました”とばかりの飛び道具による一斉射撃だ。
なまじ密集していたが為に、被害は馬鹿にならない。
更に突撃体勢で無防備だった藤治朗の隊は、見る間にバタバタと射倒されていった。
「…………」
「と、藤治朗様っ!このままでは我が隊は狙い撃ちにされたまま、三方から殲滅されてしまいます!ここは一度転身して後方の敵弓隊を蹴散らして第二軍に合流しては……」
「…………」
「藤治朗様!」
忌忌しげに後方の弓隊を睨んだまま黙り込む指揮官に、部下の男は声を張り上げて進言するが……
「……そりゃ駄目だ、お前は死にたいのか?」
「は?」
相変わらずそこに視線をやったままの男は、降り注ぐ刃に頭を低く下げて対処しながらそう答えて、意味が解らないと言った部下にはお構いなしに馬の腹を蹴った!
ヒヒィィーーン!!
途端に祇園 藤治朗が騎乗した馬が、最初に伏兵を仕掛けてきた右翼方向へ走り出す!
「最初の伏兵隊だ!そこならもうかなり薄いぞ!そこを突破して森に逃げ込むっ!」
そして、先頭きって突っ込む藤治朗の姿は既に小さくなっていた。
「お……おぅ……藤治朗様!森へ?自軍に合流はぁっ!!」
部下の男も疑問の声を上げながらではあるが、慌てて兵を引き連れて祇園 藤治朗の後を追って突撃して行くのだった。
――
―
「戦果は……藤桐 光友軍の先鋒隊を撃破、退却せしめましたが壊滅には至りませんでした」
――尾宇美城の一室で
戦場から早々に戻った老将は恭しく白髪頭を下げて自らの主に報告をする。
「そう、あの軽薄者も一応は天都原十剣ね、腐っても鯛というところかしら」
少女はそれほど興味なさげに呟くと、十人以上で囲めそうなほどの会議室の大テーブル上に向かって白い指先を伸ばした。
――コトリ
そしてテーブル上に広げられた”ロイ・デ・シュヴァリエ”の盤面の駒を一つ右端へ動かす。
「どちらにしてもこの”駒”は……この戦いではもう脅威にはなり得ないわ」
冷静な瞳で盤面を見つめる少女。
腰まで届く降ろされた緑の黒髪が緩やかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的な艶やかな紅い唇がそう呟いた。
「祇園 藤治朗が後続の味方、自軍に合流しようとしたならば、そこで彼の人生は終わっていたでしょうな」
老将は少女が動かした”騎士”の駒を見ながら若干残念そうに言う。
「……」
闇黒色の膝丈ゴシック調ドレスに薄手のレースのケープを纏った類い希なる美少女。
恐ろしいまでに他人を惹きつける奈落の双瞳が印象的な天都原きっての美姫。
――紫梗宮、京極 陽子
老将が言うように、実は陽子の作戦はまだ先があったのだ。
もし、あの場で祇園 藤治朗が後方へ引いて弓兵部隊を蹴散らそうとしたならば、藤治朗軍が自軍と合流する前に更に伏せていた伏兵が次々と襲いかかって殲滅するという寸法だったのだ。
伏兵の一部隊一部隊は寡兵とは言え、間断なく攻め寄せる新手に……
その疲労感と絶望感に……
完全に上手くいっていれば、敵先鋒隊”祇園部隊”は壊滅するはずであった。
今回、彼女が選択した、こういった戦術の呼び方としては”十面埋伏”というのが適当だろう。
古の時代から時の覇者に抗する小勢の逆転劇を演出するような、そんな場面に登場する一手。
それは正に現在の京極 陽子達の状況に一致していた。
「”尾宇美城の姫”を囮として敵を誘き出し、幾重にも伏せた伏兵で包囲殲滅する。敵が一時撤退し自軍と合流するため後方一点突破をとったなら、今度は後方の弓隊を囮にしてその周辺に伏せた伏兵で殲滅する……相変わらず容赦の無い見事な戦術ですな」
老将は勿論、主を称えたつもりではあるが、陽子は”容赦の無い”という言葉に少し不機嫌そうに美眉を顰めた。
「ですが、それも全て、死に物狂いの敵を留め置ける事が可能な屈強なる第二の囮が……弓隊を率いる”紅の射手”……いいや、この戦場では”紅夜叉”と呼んだ方が宜しいでしょうな、ともかく、宮郷領主代理、宮郷 弥代殿の存在が有ればこそですな」
「…………」
少女の反応に気づきながらも”しれっ”と言葉を続ける老人をよそに、陽子は別の場所に美しい暗黒の双瞳を向けていた。
「はい、陽子様。その宮郷様は陽子様のご指示通り、隊の再編成を終え既に尾宇美城背面へ布陣が完了されたと報告が入っております」
陽子の視線の先に控える細い銀縁フレームの眼鏡をかけた若い女が、主の意図を察して即座に答える。
「そう、二宮 二重が率いる歩兵部隊と合流は済んだのね……」
「はい、これで国境付近に構える旺帝軍への牽制は、暫くはどうにかなりそうです」
「藤桐 光友軍本隊の後背で様子見の”七峰軍”と、遅れて合流したという”長州門軍”の状況は?」
陽子は続けて聞く。
「”七峰”の兵力は五千ほどで”壬橋三人衆”の次兄、壬橋 久嗣が指揮をとっておりますが、未だ布陣したままで目立った動きはありません。”長州門”は君主、”紅蓮の焔姫”ことペリカ・ルシアノ=ニトゥが四千の兵で直々に出陣してきた様ですが、なんといってもこの地に到着したばかりですので軍の再編にもう暫くは時間が必要かと……」
銀縁眼鏡の女性からの報告に、陽子は無言で頷いてから盤面に再び視線を落とした。
「…………」
そして、また思考に耽る陽子は沈黙する。
「……では陽子様、私もこれより尾宇美城正面、岩倉様の補佐として出陣致しますので」
情報を纏め、新たな戦術の思考に入った主を見てとった銀縁眼鏡の女性は、そう告げてから丁寧に頭を下げる。
「貴女達がいてくれて助かったわ……十三子」
暗黒の双瞳はテーブル上に広げられた”ロイ・デ・シュヴァリエ”の盤面に向けたままで、陽子はよく働いてくれた部下に謝辞を述べる。
「勿体ないお言葉でございます。ですが元より私共は陽子様の目で在り、耳で在り、手足で在りますし、もしもの時は御身をお護りする”人の盾”でもありますれば、そのようなお気遣いは無用です」
陽子に十三子と呼ばれた銀縁眼鏡の女性は言葉でそう恐縮しつつも、一層深々と頭を下げたのだった。
「そうだったわね……それから岩倉、よく彼女達を各地から呼び戻しておいてくれたわ」
「いえ、ご相談もせず、勝手な行動……お許し下さい」
老将、岩倉 遠海も姿勢を正して深々と腰を折るが、再び顔を上げたときはもう戦士の顔になっていた。
「では宮……新手を蹴散らして参りますれば、続きはまた後ほど」
そう言って主に敬礼を捧げて部屋を去る老将。
「この後は我が同輩、“一原 一枝”が陽子様のサポートを引き継がさせて頂きますので、暫しこちらでお待ち下さい」
銀縁眼鏡の女性、十三院 十三子という女性は、もう一度深々と陽子に礼をしてから、つい今し方去ったばかりの老将に付き従う様に部屋から去る。
「…………」
そして独り残った陽子は、大テーブル上の盤面を再び眺めていた。
「”王族特別親衛隊”……それさえもかき集めた現状、本当にもう手持ちの手札は少ないわ」
独りになって呟いた暗黒の少女が見せた弱音……
それは今まで誰にも見せたことの無い表情であった。
第十六話「抗戦」END




