第十五話「転身」(改訂版)
第十五話「転身」
「では、雪白は小津城に無事入城したのか」
俺は腹心の少女からの現況報告を聞きながら、枝瀬城の玉座の間へ向かって歩いていた。
「はい、最嘉さま。鵜貝 孫六は小津を放棄したようで、一戦も交えずに自領の東の端、”那原”まで撤退したと報告が入っております」
「そうか……」
俺は歩きながら考える。
――解せないな、名だたる堅城の小津城を放棄して、さして立地条件の良くない那原の小城へ?なにを企んでいるんだ、あの妖怪じじい
「これで赤目領土の大半が臨海のものだ。しかし、領都である小津を無抵抗に差し出すなんて、とても勝つ気があるとは思えんが……」
「……」
共に歩いていた少女の……俺の顔をウットリと眺める視線に気づいた俺は真琴を見る。
「最嘉さまは流石ですね、厳しい戦いの最中でさえ、急激に大きくなりつつある臨海の先を見て動かれてます」
そして俺と視線の合った黒髪ショートカットの美少女はニッコリと微笑んでそう言った。
「それは……今回、雪白を小津城攻略部隊の総大将に任命した事か?」
俺は真琴の言葉から彼女の意を汲み取って答える。
「はい、他国の将であった彼女に早々に臨海での実績を与え、古参を納得させる。また、直属の部下も部隊も無い彼女が孤立しないよう、副官に木崎を付け、鍬音城に後詰めとして壱の部隊を配置されました……本当に最嘉さまだからこそ出来る人事だと!」
「そ、そうか……真琴には副官の木崎を借りて悪いな、部隊編成に苦慮しているだろう?」
「いいえ、最嘉さま!私はそのおかげで、こうやって最嘉さまのお側におられるのですから!大歓迎です!!適材適所ですっ!そうです、寧ろそれなら木崎は雪白にあげましょう!」
――いやいやいやいや!!それはどうだろう?……てか木崎……哀れな
少女は大きめの瞳をキラキラさせて、強ち冗談でもなさそうなテンションで言うが、俺はそれに心中でツッコんでいた。
「だが……適材適所というなら、そろそろ雪白にも専属の副官を付ける事を考えないとなぁ」
例えば、慎重で堅固な戦術を是とする宗光 壱には、状況判断の標準的考えを常時確認出来るように態と凡庸を絵に描いたような温森という男を、
優秀だが攻撃に継投しがちで前のめりになりがちな真琴には、慎重で細かい事に気がつく木崎を……と、俺なりに人事には色々と気を遣ってきたわけだが……
意外かも知れないが、雪白はアレで将軍としてはかなりバランスが良い。
武力が突出しているのでそうは見られにくいが、実は守りも堅く、状況判断も早い……
問題があるとすれば、それは占領後の人心を掴むような……
いや、それ以前に部下とのコミュニケーション能力が略皆無という事。
「最嘉さま」
――いや、それを言うなら、俺もそろそろ参謀が必要だろう
「最嘉さま……あの」
今まで、基本全てを熟してきた俺だが、これだけ版図が広がれば手も目も耳も足りない。
真っ当な王というのは、元来多忙なのだ。
特に、最も手間がかかり、即刻、国の存亡に関わる軍事関連の参謀が出来れば二、三人は欲しい。
とはいえ、勿論優秀で無ければ意味が無い。
俺より優秀か、若しくは同等……
そう言った人物が居れば言うことが無いが……
「最嘉さ……」
「っ!?……おっ、あぁ悪いな、真琴……なんだ?」
真琴の声に気づいた俺は、我に返って彼女の視線の指し示す先を見る。
「……」
目的地である玉座の間がある扉の前には、意外な人物が待っていた。
首元に大きな数珠を幾重にも巻いた中年坊主。
坊主は通常の倍はあろうかという酒壺を肩に担いだまま、俺にペコリと頭を下げる。
「数酒坊か、此度の枝瀬及びその後の戸羽、鍬音の速やかな収拾見事だ、ご苦労だったな」
俺の労いの言葉に坊主はニカッっと大きく口端を上げて笑い、禿げ頭をペチペチと叩いた。
「いえいえ、全ては最嘉様の比類無い才気と王者の器、それに臨海の精鋭軍が成せる業、我らはほんの微々たる手助けをさせて頂いたに過ぎませんよ」
このなんとも一見人当たりの良い、しかし恐らくはかなりの食わせ物であろう男は……
那伽領主、根来寺 顕成の家臣である、根来寺 数酒坊だ。
独立小国群の一つである那伽領が、我が臨海に協力する証として俺の手助けのため送り込まれた人物だった。
「ところで最嘉様、ぜひお耳に入れたい情報が……」
謙遜しながらも坊主は、ここで待ち伏せていた本題に入ろうとする。
「数酒坊殿、我が主への上申は手続きを踏んで行ってもらえますか?」
直ぐさま真琴が俺の前に出て、それを阻止した。
「むぅ……それは困りましたなぁ、此方はそれでも一向に構わないのですが、最嘉様にはこの情報は早ければ早い方が宜しいかと」
「……」
俺の名を出した上での持って回った言い回しに、真琴の大きめの瞳が不機嫌に細められる。
――”臨海にとって”では無く、”俺にとって”……か
なるほど、この坊主、何か掴んだと言う事だろうな。
俺は真琴の肩を軽く叩いて下がるように促す。
「数酒坊、俺への個人的な情報が本来手順を踏む国情よりも火急というなら此所で聞くが、そうで無いなら俺はこれから真琴と政務があるから後に……」
「火急ですな、なにせこれは天都原の姫の生死に関わる案件……っ!」
坊主はそこまで言いかけて言葉を止めた。
いや、その言葉に反応した俺の視線が多分尋常でなかったため、言葉を思わず呑み込んだのだろう。
「……その……最嘉様……?」
「話せ……但し、それが的外れや虚言なら……」
思わず低くなる俺の声に、流石の生臭坊主も緊張で口元が固まっていた。
「は、はい……では……実は我が故国、”那伽”からの情報なのですが、どうやら天都原を含む本州の四大大国に大同盟の動きがあるようでして……」
「大同盟……」
――旺帝と天都原が?……それは……ありえるのか?
俺はそう重いながらも顎で次を促す。
「は、それで、中心で話を進めているのは天都原の藤桐 光友様と旺帝の王、燐堂 天成様……それを裏で画策したのはどうやら赤目の鵜貝 孫六らしいのです」
――っ!
俺の思考はそれらのキーワードで直ぐに”ある危険性”に辿り着いていた。
「陽子は!既に斑鳩を出たのかっ!?」
「うっ!ぐ……」
そして冷静さを欠いた俺は、同時に坊主に掴みかかっていた。
「さ、最嘉さま!」
慌てて真琴が俺の腕を掴んで縋る。
――くっ……駄目だな、これでは……
必死に縋り付く真琴の瞳に視線を合わせてから頷いた俺は、静かに数酒坊から離れた。
「悪かったな数酒坊……で、どうなんだ?」
そして出来るだけ冷静に、今一度聞き返す。
「ぐっ、はぁはぁ……は、はい、勿論、天都原国軍、総参謀長の肩書きを持たれる紫梗宮 京極 陽子様は、藤桐 光興王に同行する形で少なくとも二週間以上前には王都”斑鳩”を出立したと報告が……」
「…………」
――不味いな……既にそんなに時が経っているとは……
「チッ!」
――こんな情報を見逃していたとは……くそっ!臨海の情報部隊は……
「っ!?」
俺の表情から何かを察しただろう、俺の腕に縋ったままの真琴の手に力が籠もり、視線を向けた俺に、彼女の黒い瞳が真っ直ぐに向けられていた。
――そうか……そうだな……
その瞳に、俺は如何許りか熱を冷まして多少の冷静さを取り戻す。
今回は四大国による大同盟、そしてお膳立てしたのはあの老獪……
情報の秘匿は幾重にも用意周到に施されていただろう。
それに今回は俺だって無警戒だった。
そういう事なら各情報部隊の長である神反 陽之亮や花房 清奈を攻めるのは酷だ。
「……流石は全国に門徒を抱える那伽領主、根来寺 顕成殿だ、貴重な情報感謝する」
考えを改めた俺は、ざわつく感情を押し殺しつつ、目の前の坊主にそう答えてから玉座の間、扉の方へ踏み出した。
「いいえ、我が主君も最嘉様のお役に立てて光栄でしょう」
そして、流石の数酒坊も空気を読んだのか、神妙にそう返して俺を見送っていた。
――俺は……くっ!
玉座の間に入った所で俺は立ち尽くす。
――自分が嫌になる……近代国家世界で……あの六大国家会議の後、ホテルで……陽は俺に……
――なのに俺は気づかなかった……”臨海”の”赤目攻略”ばかりに気が行って……俺は……
「最嘉さま……最嘉さま!」
「!?」
俺に続いて入室した真琴が俺に向けた呼びかけで、俺はまたも我に返った。
「ま……こと」
「取りあえずお掛けになってください、最嘉さま。御御足の方、あまり調子が良くないのではないですか?」
「……」
優しく微笑む少女に俺はドキリとする。
――まったく……今日の俺はダメダメだ
感情の制御が全く利かなくて……話にもならない。
「真琴……」
「ふふっ、最嘉さまに関する事ですから……勿論気づいてましたよ、あの枝瀬攻略戦の時から」
そんな風に自己嫌悪に陥る俺に、真琴は態と空気を読まない穏やかな笑顔……読んでいるからこその優しい笑顔だ。
こんなふうに普段から”支配者としての俺”を影から補佐してくれる一つ年下の従妹の少女は、鈴原 最嘉で無く、”最嘉”の脆いところを識る、母のような存在でもあった。
「……そうか、気づいていたか」
俺は少女の柔らかな微笑みに少しずつ心が落ち着いてゆくのを感じながら、促されるまま玉座に腰を掛けた。
「私と壱を信頼なさって下さっているのは十分承知致しておりますが、あの戦いで最嘉さまが終始、座されておられたのは御御足があまり宜しくなかったからでしょう?最近少しそういう事が多く感じられますが……」
玉座に座った俺の正面で、自らの両膝を折って傅いた少女は、俺の右側のブーツを脱がせにかかる。
「…………」
そして俺はそんな彼女の行動を止めること無く、成されるがままに身を委ねていた。
ブーツが脱がされた後は靴下を、そしてズボンの裾を丁寧に畳みながら捲り上げていく真琴。
やがて俺の右足は膝まで露出し、彼女は俺の正面に両膝を着いたままで、取り出した清潔な白いハンカチに腰の水筒を傾けて水を染みこませる。
「……」
――先ずは事の真偽を確認するのが先だ。花房 清奈に連絡を出して……いや、それでは間に合わない……
幼馴染みの少女のお陰で、俺の頭は徐々に冷静さを取り戻しつつあったが、それでも状況不明である暗黒の美姫を想うと焦りが先に立ってくる。
「真琴、”赤目”の攻略は目前だ。那原に籠もったという鵜貝 孫六の軍と、後は各領地の残党共……攻め落とすか、屈服させるか、どちらにしても”臨海”の勝ちは揺るがない」
「…………」
真琴は俺の言葉を聞きながら作業を続ける。
――ヒヤリ
熱を持って疼いていた膝に心地よい感触が染み渡る。
「赤目の攻略は目前なんだ……これは旺帝への道、つまり天下統一への道……だが俺は……」
「…………」
真琴からは返事は返ってこない。
――俺は何を言おうと……してるんだ?
「俺達は勝った……このまま侵攻を続けるだけで……俺は」
――ここに来て……確証の無い事で……
――いや、抑もが臨海とは関係の無い事で、何もかも”ふい”にしようとする?
「…………」
軽く頭を振る俺。
――そうだ、こんな馬鹿な話は……
「宜しいかと思います」
――!?
少女の言葉に、独り語っていた俺の顔は固まった。
「ですから宜しいかと……最嘉さまの思うままに」
「真琴っ?しかしそれは臨海にとって!」
ここまで来て赤目を放棄するなど……正気の沙汰では無いだろう。
これだけの出兵をして退却とは、即ち敗北と同じ。
周辺国の動静だけじゃない、急激に版図を広げつつある臨海には新参の者も多くなった。
前回の日乃といい護芳といい……この赤目で手に入れた各地でもそうだ。
この機に乗じて……とは、多分にある話だ。
「赤目も旺帝も天下も……現在の臨海は全て最嘉さまが為し得たものです、ですから最嘉さまの思うようになさるのが宜しいかと真琴は思います」
――予期せぬ言葉
――臨海にとって不利益でしか無い事柄……
――なにより京極 陽子関連の事で、真琴が……
「…………しかし、それは一国の王として……な」
――いや、俺は心の底では真琴にそれを求めていたのだろう……
”卑怯者”だ……明らかに過ちであるだろう判断を下す一助に真琴を使った……
「…………」
葛藤というのも烏滸がましい。
俺に陽子を見捨てるなんて選択肢は最初から有り得ないだろうに……
俺は罪悪感も重なり、自分自身の心に往生際の悪い足掻きをしていた。
――ヒヤリ
「うっ!」
不意打ちの感覚に思わず小さな声が出る。
「ま、真琴?」
そして冷たいハンカチでそれを行った張本人は……
「…………最嘉さまは”卑怯者”なんかじゃないです」
――ドキリとした
この少女はやはり俺の事ならお見通しなのだと。
俺の前に傅いたまま、俺の剥き出しの膝にそっと額を預けていた。
「鈴原 真琴は、鈴原 最嘉さまにのみ仕える女です……臨海という国家にも、鈴原本家という肩書きにも……私の心があるのは我が君だけ、最嘉さまのしたいことが私の成すべき事……私の心ですから……」
「…………」
――誰にも強要されたわけで無い真琴の心
それはたとえ、真琴が敬愛するだろう鈴原 最嘉にさえ強制されない俺への親愛。
俺は言葉を発せられずに真琴を見ていた。
昔から……
あの時、俺が嘉深を殺めてからずっと変わらないで俺を慕ってくれる一つ年下の従妹。
「最嘉さまもお心のままに……どうか後悔をなさらぬように……真琴はついて行くだけですから……」
少し朱い顔で、真琴はその体勢のまま俺を上目遣いに優しく微笑んでいた。
第十五話「転身」END




