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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
王覇の道編
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第十四話「悪魔の罠」後編(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第十四話「悪魔の罠」後編


 「…………宮、老婆心ながら申し上げますが、この状況は余り宜しくないのでは」


 王の寝所を退室したばかりの少女の傍に……

 何時(いつ)から”王の部屋前(そこ)”に待機していたのだろうか?老家臣が控えており、早々に声をかけてくる。


 「……」


 腰まで届く降ろされた緑の黒髪と対峙する者を(ことごと)く虜にするのでは無いかと思わせる美しい”純粋なる闇”の双瞳(ひとみ)


 それは冷酷非情と噂される”無垢なる深淵(ダーク・ビューティー)”を象徴する容姿の特徴だ。


 紫梗宮(しきょうのみや) 京極(きょうごく) 陽子(はるこ)


 比類無き美貌の少女は、白く透き通った肌と対照的な(あで)やかな(あか)い唇の整った口元を引き締めたまま沈黙していた。


 「これは完全な罠でしょう……尾宇美(おうみ)に到着して二週間、ここに至っても場を用意した光友(みつとも)殿下も、交渉相手の燐堂(りんどう) 天成(あまなり)公もお見えにならない」


 「……」


 老家臣は主からの返答が無くても構わずに進言を続ける。


 諸々の現状報告と今後の方針決定のため王の部屋を訪れた陽子(はるこ)だったが、退室した彼女を部屋の前で待っていたのは、陽子(はるこ)に仕える老家臣、岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)だった。


 現在の状況を危惧した彼は、主である(きょう)(ごく) 陽子(はるこ)(おもんぱか)り、意を決して主を待っていたのだ。


 「……」


 暗黒の美姫は尚、沈黙したまま。


 ――何故ならそれは、側近の老家臣に言われるまでもないこと


 暗黒の美姫、”無垢なる深淵(ダークビューティー)”と呼ばれるほどの希代の知謀を誇る大国天都原(あまつはら)総参謀長、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)にとってそれは解りきったことであったからだ。


 「……陛下が、今暫し待ちたいと仰せなのだから、私たちはここで待機する他はないでしょう」


 そして胸に秘めた杞憂とは逆の言葉で答える。


 「ですが……宮はこの尾宇美(おうみ)に僅かの手勢しか引き連れてきておりません、この地は我が天都原(あまつはら)領の中でも最東端、宮の軍が駐留する斑鳩(いかるが)よりも”旺帝(おうてい)”との国境の方が近く……」


 「その旺帝(おうてい)との停戦交渉に訪れたのだから小勢しか兵を従軍させられなかったのは仕方が無いでしょう、もしもの場合は光友(みつとも)殿下の北伐軍が直ぐ近くで控えるという手筈だわ」


 「そ、それこそがっ!」


 「…………」


 岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)はそこまで言いかけて言葉を呑み込んだ。


 主である少女、(きょう)(ごく) 陽子(はるこ)の美しい双瞳(ひとみ)が、物憂げな表情が……老家臣にそうさせた。


 恐ろしいまでに他人(ひと)を惹きつける”奈落”の双瞳(ひとみ)


 聡明なる少女の瞳が、そんな危険性は()うの昔に察して尚、現状はこれしか選択できないと……


 老いたといえども、天都原(あまつはら)では今尚一目置かれる歴戦の将であり、(かつ)ての天都原(あまつはら)十剣である岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)は主の苦しい立場を……その性格を……十分に理解している。



 そして、これは”(あかつき)”の二大国家である”天都原(あまつはら)”と”旺帝(おうてい)”の停戦交渉という大事。

 立ち会いには宗教国家”七峰(しちほう)”の代表と”長州門(ながすど)”の君主も同席するという話だ。


 対外的にも大国が国家の威信をかけた協議を反故にすることなど、大国の誇りとして有り得ないことなのだろう。


 当然それは相手国である旺帝(おうてい)にもいえることで、彼女や彼女の側近の老人が危惧するような事は普通なら常識的には起こりようが無いはずではある。


 「……待ちましょう、それが陛下のご意思よ」


 それでも陽子(はるこ)は……その可能性を否定できないでいるのだ。


 いるのだが……



 ――藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)


 絵を描いたのは”(あか)()の妖怪”だとしても、常識的には破綻した策だ。


 表面的に上手く(きょう)(ごく) 陽子(はるこ)を謀反人に仕立て上げることが出来たとしても、状況からその真意を理解する者は多く居よう。


 如何(いか)に王位継承に”京極 陽子(じぶん)”が邪魔だと言っても、それだけのために、この(あかつき)中を巻き込むような大規模で大層な策を講じるだろうか?


 国の……個人の信望を著しく損なうかもしれない賭けを、この規模で行っては取り返しが付かなくなるかも知れない。


 下手を打てば、末代まで”痴れ者”と罵られるばかりか、たとえ”天都原(あまつはら)”を手に入れられたとしても外交上”四面楚歌”に陥る可能性すらある。


 ”策”というものは……


 戦場ではどのような奇策も謀略も存在を許される。


 しかし、国政に限って建前は重要だ。


 謀略はあくまでも水面下で……信義無くしては国家は成り立たない。


 なればこそ、今後の”藤桐 光友(かれ)”の評価は地に落ちてもおかしくない。 


 実行すれば実益が極めて高いとしても、常識では選べない選択肢だろう。


 ”常識”では……


 だが、”藤桐 光友(かれ)”は常識を覆すことが出来る希な……

 ある意味では”英雄”ともいえる人物だ。


 「……」


 陽子(はるこ)はそういう考えを巡らせたものの、安易に結論に至れていなかった。


 そして――


 これほどの大国を巻き込むような壮大な構想を基にした謀略を成せるほどの才気と人脈を持った人物など”(あかつき)”中を探しても……


 ――鵜貝(うがい) 孫六(まごろく)


 しかいないだろう。


 謀略の首謀者は必ずその結果の利益の先に居る。


 なら、赤目(あかめ)になんのメリットが在るのか?


 陽子(はるこ)は現状で思いつくことは出来なかった。


 (そもそ)も”赤目(あかめ)”は最嘉(さいか)臨海(りんかい)と交戦中でそれどころでは無いはず。


 しかし現実には……

 ほぼ確実に蠢いているのは鵜貝(うがい) 孫六(まごろく)だろう。


 陽子(はるこ)()(ちら)も――


 確実と言えるまでは結論に至れていなかった。


 その僅かな迷いが……

 王佐の責務が……


 そして(きょう)(ごく) 陽子(はるこ)としての矜恃が、この場での”自己保身”を踏みとどまらせていたのだった。



 「宮、幸い明後日は世界が”近代国家世界(あちら)”側に切り替わります。今回は六大国家会議の臨時代表に宮が選ばれた事ですし、直接、”旺帝(おうてい)”の燐堂(りんどう) 天成(あまなり)公とお話しされては……」


 「…………」


 老家臣の言葉を少女は沈黙で否定する。


 それもそうだろう。


 ”(あかつき)”の大国が集って平和裏に世界の方針を決定する”近代国家世界”では、”戦国世界(こちら)”側の自国の都合、つまり個別案件を持ち込むのは慣例上、御法度とされていたからだ。


 「では……連絡の取りやすい”近代国家世界(あちら)”側に切り替わり次第に、王太子殿下に状況確認を取りまして…………」


 「…………」


 それではと、次案を提案する老家臣にも陽子(はるこ)は渋い表情で返す。


 これが仮に藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)の巡らせた壮大な陰謀であるなら、例え連絡を取ってもそれに真面目(まとも)な答えが返ってくるとは到底思えないからだ。


 「で、では……六大国家会議に初参加される臨海(りんかい)……鈴原殿にご相談を、会議の席では無理だというのなら、宮、臨海(りんかい)には”あの者”も潜入(ひそま)せております故……」


 再三の献策を否定された岩倉(いわくら)(わら)にも(すが)る思いでひねり出した進言に、少女の華奢な肩が初めてピクリと反応した。


 「最嘉(さいか)……に……」


 「そうです!鈴原殿なら……なにかと宮にお心をかけられている、()の御仁ならば、どうにか宮のお力になって頂けるかと」


 「…………」


 京極(きょうごく) 陽子(はるこ)は再び口を閉ざした。


 しかし、明らかに先ほどまでとは違い、見た目にも彼女の心が波立っているのが解る。


 「宮……ぜひ鈴原殿に!」


 それは僅かな雰囲気と表情の変化ではあったが、陽子(はるこ)に誠心誠意仕えてきた老家臣にとっては、主の心情を察するにたる反応であった。


 「いえ……やはりこれは私の決断することでは無いわ、真実がどうあろうと、大同盟という(さい)は投げられたのよ」


 僅かな沈黙の後、少しだけ自虐的な笑みを浮かべた口元で彼女はそう呟いていた。


 「宮……」


 その表情の、魅惑の瞳が奥に潜んだ穏やかな光りを確認して、老家臣、岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)は少女の”その人物”へ向けた秘めたる愛情を理解していた。


 実際、これまでに京極(きょうごく) 陽子(はるこ)は鈴原 最嘉(さいか)の自分に対する気持ちを利用し、良いように酷使してきた。


 しかし、陽子(はるこ)最嘉(さいか)に持つ感情は、勿論ただの損得勘定では無い。


 それは彼女自身自覚しているし、当の最嘉(さいか)も勿論理解してくれているであろうと……


 彼女は密かに期待してもいる。


 現在(いま)(まさ)臨海(りんかい)は正念場、”赤目(あかめ)領”侵攻という失敗の出来ない戦いに身を投じた。


 それを、自分でも確証の持てない”陰謀”という都合で邪魔するわけにはいかない。


 最嘉(さいか)に対する傍若無人な振る舞いも……彼女には彼女なりの想いがあった。


 今回のように唯々危険で、確たる証拠も見返りも無く……


 更にはそれが例え現実のものになったとしても、”(あかつき)”の覇権を競う大国同士の争いに現状の臨海(りんかい)のような小国を真面(まとも)に巻き込むようなことがあっては……


 あの(したた)かな”食わせ物”の鈴原 最嘉(さいか)でさえも、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)の事になっては……


 ――冷静さを失うかもしれない


 ――自国の判断を誤るかもしれない


 彼女は自身の生命よりそれを危惧していたのだった。


 そういう愚かな判断を最嘉(さいか)が行わないと信じたいし、そうあって欲しい。


 しかし……


 「…………」


 ――”京極 陽子(わたし)”の為には、それを見誤るほどに……彼の心を自分が占めていたら……


 「っ!……と()(かく)(りん)(かい)には今回の話は関係ないわ」


 彼女は一瞬で”相反する感情”を心の内に抑え込み、(まこと)に常識的で正常な判断を口にしていたのだ。


 ――


 言葉の後、黒髪の希に見る美少女はその場を後に歩き始めた。


 そして、老家臣も黙ってそれに従う。


 「……」 


 岩倉(いわくら)は、もう何も言えなかった。


 いや、(そもそ)もこれは主が言うように、(きょう)(ごく) 陽子(はるこ)が決断できることでは無い。


 未だ天都原(あまつはら)の王権を握らぬ彼女は、国の最高決定を覆すことなど出来ないのだ。


 (きょう)(ごく) 陽子(はるこ)が大国天都原(あまつはら)の頂点たろうとする事も、世界を統べようとする事も……


 ――”だからこそ世界は……人が統べるに値する世界に再編成されなければならない”


 陽子(はるこ)の想いは全てその言葉に集約されるのだろう。


 「……」


 岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)は主である少女の後に付き従いながらも、何時(いつ)しか拳を強く握っていた。


 ――確かに杞憂かもしれん、しれんが……


 ――もしそうなら、なんたる恥知らずか!なんたる卑劣か!


 堂々たる”外交”でも”戦”でもなく、卑劣窮まる”謀略”のみで……

 それを解っていても、そうするしか出来ない状況に……


 人としての矜恃に付け入る……


 予見しても避けることの出来ない悪意の謀略……


 ――それは最早、駆け引きなどという代物では無く、運命を弄ぶ悪魔の所業ではないか?


 もう知る者の方が少ない昔に、大国天都原(あまつはら)最高の剣士が一人であった英雄、岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)は、年月を刻んだ(ふし)くれ立った拳を握りしめ決意を新たにする!


 ――我が主を害する者は何者であろうと、この我が廃する!!


 と……


 第十四話「悪魔の罠」後編 END

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