第六話 「最嘉と食わせ者」(改訂版)
第六話 「最嘉と食わせ者」
”小国群”とは本州中央南部に位置する大国”天都原”近隣に点在する数十もの小国家群を指す。
無論、俺の治める”臨海”もそこに含まれる。
そして、この地方に多数存在する小国領、それらは三つの勢力に分類される。
一つ目は、大国”天都原”に同盟する勢力、十六カ国。
二つ目は、それに反目する勢力、十二カ国。
そして三つ目は、どちらにも与しない独立勢力、八カ国。
俺の”臨海領”の場合は祖父の代からの天都原派で、一年程前に父が戦死して、俺が領主の座を継いだ後も同様の立場を継承していた。
”暁”全体から見ても大国である天都原とその地方の小国群の一つに過ぎない臨海。
表向きは同盟関係だが実際は属領扱いされているのが実情で、領主と言っても、天都原の貴族や将軍以下の扱いを受けている。
「な?俺の言ったとおりになったろう?だからそろそろ……」
俺は馬上から俺を見下ろす、輝く銀河を再現したような白金の瞳……その幾万の星の大河に向けてせっついていた。
「……」
グイッ!
「いてててっ!」
後ろ手に縄で縛られた俺は、馬上にいる彼女の意思で忽ち左に引っ張られる。
「って!……だからそろそろこの縄を……」
「……」
グイグイッ!!
「いてって!って!」
今度は逆方向に振られる俺。
「って!いいかげんにしろっ!久鷹 雪白!」
「良い加減に?」
「いやっ!違う違う!良い感じに調子をつけて引っ張れって言ってるわけじゃ無いっ!俺にそんな趣味は無い!」
「………………ざんねん」
久鷹 雪白は、心底名残惜しそうに手綱を握った方とは反対側の手で持っていた縄を離した
理不尽に弄ばれることからは解放されたが、俺の上半身は未だ荒縄でグルグル巻き状態……真の自由とは言い難い。
「……あのな」
「なに?」
ーーこいつ、絶対楽しんでたよな?無表情だからって俺が気づかないとでも思ってるのか……ちくしょう!弄びやがって……
「おまえ覚えとけよ!いつか絶対、同じように縄で縛って”ひーひー”言わせてや……」
ーーザシュッ!
「うおっ!」
突如、俺の身体を縦に一閃する白刃!
「…………ぅ」
少し遅れてパラリと俺を拘束していた荒縄が地面に落ちた。
「なに?」
「………………なんでもない」
俺の足は据え物の案山子のように地面から生えたまま固まっていた。
ーーいや……確かに多少セクハラ発言ではあったけど……あんまりだ
「う……えっと、とにかく、これで俺を信用するな?」
俺は自らの気持ちを持ち直させてから尋ねる。
「それはまだ……貴方は”食わせ者”だから」
ーーいや、お前が言うか?
俺は馬上から見下ろす見事な白金の髪と瞳の美少女の顔をマジマジと見ていた。
ーーこの”白い天然美少女”め……白い天然……それって新発売の飲料水のキャッチコピーみたいだな……
「貴方の言うとおり”蟹甲楼”は落とされた……わたしの隊は貴方の忠告で此所に留まったから被害は受けてないけど……」
ーーそうだろうなぁ
天都原の日乃領に攻め入り、戦に勝利した南阿の大軍はそのままの勢いで天都原中央を目指した。
最終的には王都である斑鳩領を落として天都原を屈服させる算段だろうが……
俺が考察するに、天都原にしてみればそもそも日乃領での戦は時間稼ぎと誘いだ。
ーー先ず、日乃領を餌に南阿の主力を誘き出し、足止めする
勿論その大部隊の中には、小幅轟島の要塞”蟹甲楼”に駐留する兵も含まれているだろう。
ーー次に、日乃での戦いで散々時間を稼いでいる間に手薄な要塞”蟹甲楼”を攻略する!
ーー最後に、勢い込んだ敵を天都原中央近くまで引きずり込んだところで、敵の後方支援拠点である”蟹甲楼”が陥落した事を公にし、退路を断つ!
どんなに精強な軍でも、どんなに大軍であっても……敵地で孤立し、本国からの補給と援軍を絶たれては戦いようが無い。
いや、寧ろ大軍であるが故に食料など物資の不足は補いようが無い。
「……気の毒だが、日乃の中央部より北に進んだ南阿兵は、もう無理だろう」
退路を断たれ、補給を絶たれ、帰郷の念に取り憑かれた南阿の兵士達を前後左右から襲う天都原軍……パニックになった大軍ほど恰好のエモノは無い。
「……」
俺の言葉に馬上の白金の姫は無言だった。
彼女の一見無表情な顔からは、現在の心情を読み取る事が出来ない。
「久鷹 雪白、お前の隊だけは何とかこの地に留まったから天都原軍の包囲網に捕らえられていないが、どっちにしても南阿への退路は無い……それどころか、これ以上此所に留まっていたら……」
無言の久鷹 雪白に俺は続ける。
「わかってる……やっぱり貴方の……さいかの策に乗るしかないの……ね」
彼女の変わらぬ表情からは、やはり詳細な心情を読み取れない。
「そもそも、そういう密約だろ?」
だから俺は会話を続けたのだろう……
それは、少しでもこの少女の情報を引き出す為にだったろうか?
ーーコクリ
俺の言葉に静かに頷いた馬上の少女は、やはり感情を露わにしない。
ーーこの少女は一体……
自軍以外の南阿軍を助けることが出来なかった事、自軍の今後をどうするか?
それらに対してどう思っているのか?
結局、この少女の薄い感情表現からは推測のしようも無いが……
「…………」
ーー俺はそれが……非道く空虚な顔であったのを憶えている
「…………約束」
暫く間を置いてポツリと呟く雪白。
「そうだ、”近代国家世界”側で金曜日に……ファミレス”ゲスト”で話したろ?」
「……」
再確認する俺を見下ろす少女。
「お前が初めてだって言って……俺の話もそっちのけで嬉しそうにドリンクバーのおかわりを二十六杯もした時だよっ!」
「……っ!?」
ーーおっ?
続けて俺が放った言葉に、少女の表情に初めて反応があった!
「ちっ違うっ!!わたしがおかわりしたのは……二十四杯」
途端に彼女の白い頬が朱に染まる。
「…………いや、そこじゃないだろ」
やっと返ってきた”感情”という人間らしい反応だが、論点がズレズレだった。
「……とにかく、どっちにしてもお前が選ぶのは二つに一つだ!」
「…………」
そして仕切り直した俺の問いかけに、純白い少女の白金の双瞳が僅かに揺れる。
「このまま……徹底抗戦してここで終わるか?それとも、さいかの策に乗って共闘するか?……でもそれは……」
あの時の”密約”に触れた俺の言葉に答えようとする少女。
「……そうだな」
俺は彼女の言葉を聞きながら多少申し訳ない事をしたと、同意する。
何故なら……久鷹 雪白はとうの昔に答えを出している。
そもそも今の時点で俺が生きているのがその答えだ。
彼女は金曜日に、”近代国家世界”で俺との交渉時に既に断を下していたのだ。
俺の策に応じた彼女は、俺同様に降伏した熊谷 住吉とその部隊、宮郷 弥代とその部隊を約束通り解放し、ヤツらは既にそれぞれの領内へ帰還した。
ーー俺の出した条件
第一に臨海の部隊と他の小国群連合軍を無条件で解放する事。
その代価は、臨海領主であり今回の小国群連合軍の指揮官でもある俺、鈴原 最嘉の身柄を差し出す事と現時点での天都原軍の作戦内容の情報提供。
とはいっても、後者はあくまでも俺の見解であり推測に過ぎない。
なんといっても俺達、小国群連合軍は本作戦を知らされていなかったのだから……
結果的に俺はそんな不確かな情報で南阿の将軍、久鷹 雪白を説得した。
勿論、俺の情報に信憑性を持たせるために……
開戦時の状況や現状、天都原軍の不可解な動き、その他諸々……あらゆる材料を持ってして弁を尽くした。
「……わかった」
敵国”南阿”の将軍で白閃隊隊長、久鷹 雪白は、俺の熱弁を小一時間ほど黙って聞き続けた後……
それだけ口にした。
それは俺にすれば……一軍を預かる将の決断にしては簡単すぎる言葉だった。
「…………」
勿論そう説得するつもりの俺であったのだが、この拍子抜けな展開に俺は……
つい、彼女の端正な白い顔を暫くジッと眺めて固まってしまったくらいだ。
ーーやけにあっさりだな……罠か?
俺は一瞬そう疑う。
ーーいや、既に降伏して武装解除した俺達を罠にかける理由が無い
そして直ぐにそう思い直す。
警戒されにくくするため、信憑性を持たせるために俺は……
あえて自ら、この身どころか全軍の命運を無防備に晒したのだ。
「それは……今後の俺との共闘を了承したと受け取って良いのか?」
俺の問いに彼女は首を横に振った。
「ちがう、一部を認めて、わたしの隊は日乃で待機する……」
「俺との共闘は保留で、それ以外の条件は飲むと?」
「今回の敵はあくまで天都原軍だと聞いてる、戦う意思がない以上、小国群連合軍は興味ない……」
ーー言ってくれるな……端から小国なんて相手にならないってか
「……でも、せっかくだから”鈴原 最嘉”の身柄は拘束する……」
不満な感情がつい顔に出ていたのか……彼女はそう付け足した。
ーー俺もまだまだだな……
「了承した、取りあえずはそれで良しとするよ……でも、良いのか?」
俺の問いかけは、”純白の連なる刃”が率いる”白閃隊”だけで良いのか?との趣旨だ。
このままでは南阿の他の軍は……
「……わたしにその権限は無いから」
しかし彼女の返答は実にアッサリしたものだった。
俺の趣旨をどう受け取ったのか?
自分は一介の将軍だから全軍の指揮権は無い?だから自分の隊だけそうする?
ーーいや、ちょっと違う気がする……もっと……なんていうか、こう……
「……」
探るように伺う俺の不躾な視線にも雪白の表情は変わらない。
ーーちがうな……これは駄目だ
今、俺が口にした言葉と態度は多少軽率であったかもしれない。
人にはそれぞれ立ち位置がある。
立場じゃなくて立ち位置。
自身がどうあるべきか?
それは自分が決めたものでも、他人が決めたものでも、場合によっては運命とか神様なんていう、あやふやなクセにそれでいて絶対的で難儀な輩が介入したものでも変わらない。
とにかく、自身がそうあるべき、”そうする事が自分”という自己確立だ。
それが俺が考える自己と他人との唯一の違いだ。
まぁ、変わらないとは言ったが、出来うることなら自分の立ち位置は自分で決めたいものだけど……
久鷹 雪白という少女がどういう立ち位置を持っているのかは知らないが、俺はそこまで深入りするつもりは無いし、資格も無い。
そもそもこの作戦は、利害の一致からお互いを利用しあう為であるし、それ以下でもそれ以上でもない。
人間の関係なんて、とどのつまり全てそういうものだろう。
ーー
ー
俺はファミレスでの経緯を思い出しながら、自身の頭の中で”鈴原 最嘉”という人間を再確認し、そして改めて目の前の純白い美少女を見る。
ーーそもそも南阿の他の部隊が関わってこないのは俺達臨海にとっても好都合だしな
「…………」
俺の不注意で二度目であった質問に答えた少女は、今も同じ人形のような色の無い表情で佇む。
「…………」
それは……
彼女を戦の相手だと割り切っているはずの俺にとっても……
ーーなんだかとても寂しい空虚さだった
「…………えっ?」
小さく驚きを零す桜色の唇。
その時俺は、馬上の白い人形姫に右手を差し出していた。
「ここから先は一蓮托生だろ?」
「…………」
突然の俺の行為に彼女は無表情で”あるはず”の自身を多少忘れて……明らかに戸惑っていた。
「いいか雪白、同じ目的を持つ者同士は握手するんだよ!」
構わず俺は指し出したままの右手をグイと更に目一杯伸ばす。
「…………」
そんな柄にも無い馴れ合いを演出する俺の頭の中は……珍しく何も考えは無かった。
「………………さいか……は……」
ポツリと……
俺の名を呟きながら……
「喰わせ者だ……」
かなりぎこちなく……馬上から白い右手を差し出す少女。
「そうかぁ?」
「…………うん」
相変わらずの表情でそう呟いた久鷹 雪白の白い右手は……
それでも”しっかり”と俺の手を捕まえていたのだった。
第六話 「最嘉と食わせ者」 END