第十四話「悪魔の罠」前編(改訂版)
第十四話「悪魔の罠」前編
――少しだけこの世界、”暁”の歴史に触れてみよう
抑もこの国最古の文献によれば、千年ほどの昔の”暁”という島国は、唯一の王が支配する国家であった。
――天都原国
この地に国を生んだ神々。
”暁”を生んだ神々。
その末裔として”暁”全土を治める天都原国を建国したのが、天都原国王として史書に初めて名を記述された”神伴緒王”であった。
それ以降、歴代天都原王は政治、軍事に限らず”国生みの神々”の末裔として、宗教的にもこの国を完全に掌握した絶対王政を敷いた。
――時は流れ……
満ちた月もいつかは欠けるように、権力もまた虚ろう。
天都原国の地方有力豪族のひとつであった燐堂家が、主家である天都原王家に反旗を翻し、その基盤であった”暁”東部に新たな国家を建国した。
それが現在にまで権勢を誇る、東の大国”旺帝”である。
旺帝を建国した燐堂家は自らの出自を、四方の海を統べる”龍神王”の子孫と表明し、海の上に島国”暁”を生んだ”国生みの神々”の末裔を名乗る天都原王家よりも古く、格式の高い血統だと喧伝した。
無論、事の真偽は定かでは無い。
ただ、それを言うなら天都原王家もまた、”国生みの神々”の子孫を名乗ることに確たる根拠は無いのだ。
そして……”唯一王家”で在るが故、臣下には用いられていた”姓”を持たなかった天都原王家もまた、この時期には度重なる内部抗争、権力争いの末に、便宜上それを名乗るようになってゆく。
天都原国”唯一王家”……この頃には数多の本家、分家が乱立する状態であった家中で、最終的に頂点に立ったのは藤桐家であった。
斯くして”暁”はこの後、百年ほどは国を東西に隔てて、天都原と旺帝、藤桐家と燐堂家、二国が並び立つ様相となった。
――更に時は流れ……
天都原と旺帝、二国の終わりの無い争いの末に”暁”は大いに乱れ……
結果、暁には大小国家が二百以上も混在する混乱に陥ってゆく。
その後も島国”暁”の混乱は収まる様子も無く数百年という年月を重ね、そして在る時に世界は最大級の”怪異”に包まれる事となる。
定期的周期で世界の本質が完全に切り替わってしまう怪奇現象。
まるで時間軸が捻れてしまたかのように、平行世界へと世界全体が迷い込むように……
”戦国世界”と”近代国家世界”という二つの文化レベルが全く異なる世界への変貌。
これが後に云われる”世界の改変”である。
何故このような世界に変貌したのかは誰にも解らない。
一説には、恐れ多くも神の名を騙る、藤桐と燐堂両家の不遜さに神々が罰を下したとか。
また一説には、古の時代、世界を蝕みそれを喰らったという大怪物、十二の邪眼を持つ災厄の魔獣が世界を破滅に導く序章であるとも。
唯々憶測が憶測を呼び、噂はまことしやかに広がっては廃れる……
幾十年も幾百年もそれは繰り返され、終ぞ真相に触れ得る人物も、其所へ居たる思想も、思考も……人類は手にすることは適わなかった。
――翻弄される新世界の中で人類は秩序を失ったのだ
――
―
――詰まりは、そう言う事……
「……」
見目麗しい顔立ちに深淵の闇を携えた双瞳の美少女は小さくため息を吐いていた。
時間軸は少しばかり……
”近代国家世界”での六大国家会議の二日ほど前、”戦国世界”の最終日に遡る。
天都原領の最も東の地、最強国”旺帝”との国境線を守る"尾宇美“の地にて、歴史に残るだろう会談が行われようとしていた。
それは”暁”の歴史上でも幾度か行われたことのある天都原と旺帝による和平交渉。
過去にお互いの国益の為、打算を以て何度か結ばれた平和条約は、その性質上長く続いた試しは無いが、それでも騒乱が続く戦国乱世においては平穏が約束される貴重な時間だ。
……と、天都原の現王、藤桐 光興は理解を示し、この交渉を臣下に下知した。
「……お優しい陛下らしい判断だわ」
腰まで届く降ろされた緑の黒髪は緩やかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的な艶やかな紅い唇の比類無い美少女。
紫梗宮 京極 陽子。
王弟、京極 隆章の第三子であり、若干、十七歳にして天都原国軍総司令部参謀長を勤める才女で、大国天都原にあって王位継承第六位の王族でもある美姫。
まことに希なる美貌の少女の極めつけは漆黒の双瞳だ。
対峙する者を尽く虜にするのでは無いかと思わせる美しい眼差しでありながら、それは一言で言うなら”純粋なる闇”。
彼女の恐ろしいまでに他人を惹きつける”奈落”の双瞳は、王の寝顔を傍らの椅子に座った形で無言にて眺めていた。
「…………」
現在、尾宇美城内にある王の寝室にて”その王”は寝息を立てている。
――”暁”最古の国にして正統なる王国を自負する”天都原”の現王、藤桐 光興
自らが仕える王であり、叔父である天都原王の寝顔を見ながら少女は思考していた。
――天都原と旺帝による和平交渉
仮初めであったとしても、東の大国”旺帝”との休戦自体は陽子も悪くないと思っている。
その間に、敵対する宗教国家”七峰”に集中的に対応し、”南阿”との戦で消耗した軍の再編に注力できるからだ。
だからこそ――
京極 陽子は王のお供として、天都原領土最東の地、"尾宇美“まで出向いてきたのだ。
「でも……」
暗黒の美姫は独りポツリと零す。
彼女は懸念を抱く。
問題はその話をお膳立てした人物が藤桐 光友だという事に。
王太子たる藤桐 光友だが、その男は陽子にとっては政敵であり、そして光友もそう認識しているだろう。
ならば、この降って湧いたような話に裏があると考えるのは決して杞憂とは言えない。
そして案の定、その”歴史的会談”前に問題は発生したのだ。
病を押してまでこの地に足を運んだ天都原王”藤桐 光興”と、それに参謀として同行した京極 陽子は、既に半月近くもこの地に足止めされていた。
これが光友の陰謀と陽子が考えるのは当然であったが、王にとっては光友は自身の血を分けた息子である。
――王太子、光友殿が王と自分を陥れようと画策しているかもしれません
などとは、軽はずみに言えるはずも無い。
まして、それには確たる証拠も無いのだから尚更だ。
「……」
またも陽子は小さく溜息を吐く。
実は、証拠……とまでは言えないが、彼女の元には幾つかの情報は入っていた。
天都原国、総司令部参謀長を務める京極 陽子には、天都原軍とは別に私設に近い情報網がある。
天都原国内の王位争いや軍内の派閥争いなど、内部にも決して敵が少なくない彼女は、そういう意味で普段から独自の情報網を構築する必然性があったのだ。
”陽子専用として国家組織とは別に独立した秘密部隊”……
それは、伝統的に王家の特定の人間を護衛することを命じられた”特殊部隊”を転用した部隊であり、その特殊部隊の現在の主は京極 陽子であった。
曾て彼女は王位継承権を王から賜った時、与えられる幾つかの特権の中から、その部隊の所有権を望んだ。
以降、陽子はその部隊を”暁”全土の有力国に派遣しており、普段から情報収集に余念が無かった。
それは参謀長として、策士として、情報戦が如何に重要か周知している陽子にとっては当然であったのだ。
そして今回、事前に情報部隊の一人、”九波 九久里”から陽子の元へある情報が入っていた。
――”旺帝”影響下の小国、”赤目”の御三家筆頭、鵜貝 孫六が王太子、藤桐 光友と最近頻繁に極秘接触している形跡がある
旺帝影響下の赤目は、我が天都原……いや、藤桐 光友に寝返る算段なのだろうか?
それは赤目という国家としての指針か、それとも、鵜貝 孫六の個人的考えなのか?
つぶさな内容までは解らないが、本来は敵陣営であるはずの二人が極秘裏に接触とは……
――”歪な英雄”と”赤目の妖怪”
なんとも悍ましい組み合わせでは無いか。
無論、警戒を怠る愚を犯さない陽子のことだから、少ない情報と状況からも、予め幾つかの予測を巡らせてはいた。
野心家の藤桐 光友が応じる条件と策謀家の鵜貝 孫六が企むだろう陰謀。
考えつくのは……
王位継承権を所持する者が多数在る天都原で、藤桐 光友に確実に王位を取らせる事。
その為に邪魔な他の継承者……恐らくは”京極 陽子”を排除する策の献上。
だとすれば、致命的な失敗を犯させて失脚させるか亡き者にするのが常道だ。
そして、そうならば、恐らく今回は……後者であるという事。
何故なら、今までも”京極 陽子”はそういった陰謀を尽く潰してきた実績があるのは周知であるし、露見したときのリスクは首謀者にそのまま返る……
何より藤桐 光友は間怠っこしい事を好かない。
光友は陰謀を毛嫌いしたり特に苦手としているという訳では無いが、基本的に彼は力押しが好きなのだ。
己が力と権力で相手を粉砕し、支配する……
そういう覇者たらんとした性質こそ、かの”歪な英雄”であると陽子は感じている。
とはいえ……
アレでいて慎重さと狡猾さも所持するあの男が最終的に決断するには、あくまで京極 陽子を確実に討てる準備が用意できているならという前提であるが……
「……」
――後者を実行するには、私を何らかの理由で誘き出して始末するのが適当だろう
内外的にも納得させられるように”謀叛者”にでも”でっち上げる”のが最良といえる。
そしてその場で王も誅すれば、自動的に王位は王位継承権第一位の藤桐 光友のものだ。
「…………いえ、それは流石に」
陽子は小さく頭を左右に振る。
藤桐 光友は目的のために手段を選ばない人物ではあるが、馬鹿では無い。
”王殺し””親殺し”の危険を冒してまでそんな方法を採るとは……
「…………」
藤桐 光友が京極 陽子を廃するよう動いているのは確かだろうが、その具体的な方法までは掴めない。
流石に”無垢なる深淵”と言えど、この程度の情報ではここまでが限度であった。
にしても、ならば今回の降って湧いた様な”和平交渉”がその陰謀に結びつくのは可能性としては十分であるが……
タイミングの悪い事に、三日前から病状がやや悪化した藤桐 光興王は床に伏り、尾宇美城に用意された自室にて養生を余儀なくされていたのだ。
「無用に父親に手をかけるほど粗野で愚かな男とは思えないけれど……」
陽子は王の寝顔を眺めながら呟き、そっと立ち上がる。
どちらにしても、王がこの状態では、今日のところは何かを進言するのは無理だろう。
権力の独占のため血縁者の血を流し、必要ならば親子でも殺し合う……
戦国乱世には珍しくない話ではあるが……
陽子は退室する直前に、王のベッドに向き直りペコリとお辞儀してからドアノブに手をかけた。
――”世界の改変”
――翻弄される新世界の中で人類は秩序を失ったのだ
――
―
――詰まりは、そう言う事……
「……」
見目麗しい顔立ちに深淵の闇を携えた双瞳の美少女は小さくため息を吐いていた。
「だからこそ世界は……人が統べるに値する世界に再編成されなければならない」
腰まで届く緑の黒髪は緩やかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的な艶やかな紅い唇を引き締めた美姫は呟く。
それは慣例に反して自分を認めてくれた王への真摯。
それは冷酷非情と噂される”無垢なる深淵”の秘めたる熱。
――大道廃れて仁義有り、智慧出でて大偽有り、六親和せずして孝子有り、国家昏乱して忠臣有り……
とは云うが、なればこその現在の仁義。
最も命の危険が高い自らの身を置いても通す、陽子の”矜恃”であった。
天都原領、尾宇美の地にて――
京極 陽子に降りかかるであろう最大級の厄災の足音は、直ぐそこまで迫っていた。
第十四話「悪魔の罠」前編 END




