第十二話「陽子の憂鬱」後編(改訂版)
第十二話「陽子の憂鬱」後編
「は……る?」
目の前には黒いストッキングで毛先の長い絨毯に直に御御足を降ろす黒髪の美少女。
「…………」
そして今度はソファーの肘掛け辺りに華奢な腰を預けて、再び少し前屈みになった。
「最嘉は……」
俺の目の前でソファーの肘掛けに軽く腰を寄り添わせた少女は、そう言いながら黒いスカートの太もも辺りを優雅に摘まんで手繰り寄せる。
――お……おぉっ!!
体重の殆どを肘掛けに預けた不安定な体勢で、少女自らの手により丈を縮めたスカート。
その裾からチラリとドレスと同系統の黒いペティコートが俺の視界に入る!
「っ!」
何が何だか解らないまま、その魅力的過ぎる光景に捉えられていた俺の視線だが、それでも数瞬して気を取り直した俺は、明後日の方向へと慌てて逸らす。
「……どうなの?」
未だ華奢な腰を肘掛けに預けたまま、少し前屈みになった少女は……
――シュル
緊張で張り詰めた無音空間に、その可愛らしい声と、相対するような淫靡な布ズレの音をさせて、クルクルと黒いストッキングを器用に巻き取って降ろしていく。
「……え?と……な、なにが……?」
俺はと言うと、
情けないことに、そんな美少女の奇異な行動に翻弄されっぱなしだ。
「だから、最嘉はどうなの?って、聞いているのよ」
完全に足先から抜き取られた黒いストッキング……
「……」
俺は無言のまま、一度は紳士然と逸らした視線を密かに戻してしまう。
「……」
「……うっ」
そこには、クルクルに巻き取られたドーナツ状のそれを片手に、此方を見る少女の美しすぎる奈落の双瞳があり、盗み見た形になってしまった俺と視線が絡んだ。
ばつが悪いのが一時、その後直ぐ俺の頭は別のことを考えていた。
――”どうなの?”ってなんのことだ……
俺の中にはイマイチ、陽子の問いかけに思い当たる節は見当たら無い。
――けど……し、白い足……ボンヤリと霞がかかっているかのように輝く白い柔肌……
京極 陽子は正直にいって、それほど……というか、全然淫らな格好では無い。
スカートの下の黒いストッキングを脱いだだけ。
唯それだけなのに……
黒いフレアスカートから覗く京極 陽子の滑らかな脹ら脛は……
膝下を外気に晒す少女の脚線美は……
年頃の少女が持つ初々しさだけで無く異性の芯を痺れさせる色香も併せ持ち、そしてそれでいて……穢してしまうことを躊躇わせる高潔な芸術品。
――陽子の美は何処を切り取っても、国宝級の……生ける芸術作品だ
「最嘉?聞いているの?」
聞いている……だが見惚れてもいる。
容姿の美しさ以上に俺を占める京極 陽子という存在の影響力。
俺にとって陽とは、そういう唯一無二の女だ。
「……」
呆れたようにため息を吐いて此方を見ている少女に、俺は碌な返事も出来ないまま肯定の意味を示して、唯”コクコク”と縦に頭を振るだけだ。
「ほんとう?……でも、先程から何処を見ているのかしら?この男は……」
美しい容姿にどこか微笑みを帯びた呆れ顔で、一歩、二歩と絨毯の上を緩やかに俺に近づいてくる白い足先……
――え……と?
一歩、また一歩と、やがて淡い色のペディキュアが装飾され、綺麗に整えられた爪が並ぶ白い爪先が……
「は……はる?」
素足の少女に心臓が忙しく跳ね続ける俺はその場凌ぎ的な対処法として自らの視線をやや下方に向けていたのであったが、その視界の端に白い爪先が入り、そして停止する。
思わず俺は視線を上に……
「っ!?」
そこには――
直ぐ目の前に暗黒の……双瞳……
「……」
魂まで引きずり込まれそうな陽子の奈落の双瞳。
「陽……あの……」
ぎごちなく動く俺の口元を、細めた絶品の双瞳で優しく魅詰めてくる……
「ふふっ……」
整った可愛らしく紅い唇を綻ばせる見知った美少女。
シュルッ…………ふわりっ
「っ!?」
――うっ!うわぁぁぁぁ!
その瞬間、俺は叫んだ!!思いっきり叫んでいた!!
「…………」
――但し”心の中”でだが……
「さすが……最嘉ね」
文筆用のデスクに付属する木製の四足椅子に座っていた俺は、表面上は平静な顔を維持して陽子に対峙する。
「伊達に何人もの女性を手籠めにしていないわ」
――おい、何時、誰がどんな女を手籠めにしたって言うん……おっ!うわっ!!
異論ありまくりな俺の仏頂面が一瞬で強張る!
「……すこし、動かないで」
その俺の膝の上を少しばかりはしたなく、跨ぐようにして……
少女は俺の膝の上に腰を下ろす。
「はっ!はるるっ……!?」
これには流石に俺も狼狽えた声をあげていた。
黒いフレアスカートを大胆に摘まんでから、覗いた輝く白い肌の御御足で俺を跨いで、椅子に坐した俺の膝の上に腰を下ろす碧の黒髪の美少女。
良家の子女とは思えぬ、少しばかり大胆な行動だ。
「…………」
「…………」
必然的に、お互いの顔は至近距離で正面から向き合う形になる。
――おっおぉぅ!
俺のズボン越しに彼女の生足の……
お尻の感触と生温かい熱が直に伝わってくる。
「くっ!」
息も触れるような至近距離に戸惑った俺は、視線を下に逸らし――
――っ!?
た先には、椅子に坐した俺の太ももの上に腰掛けた陽子の白い太ももが……
必然的に捲れ上がったスカートから覗く太ももが、かなり際どいところまで露出していた。
「は、はる……」
俺は慌てて視線を元の位置に戻し、正面から少女を見る。
「なぁに?」
取り乱して中々言葉が出てこない俺に、密着した上半身のまま視線を絡める美少女は、如何にも愉しそうに微笑んでいた。
――くっ!
――いつもの悪戯だろうが……俺をからかっているのだろうが……
「…………」
俺は”武道の心得”宜しく、息吹を……深呼吸を二度ほどして心に余裕を取り戻すよう努める。
「陽…………”さっき”のこと、根に持っているのか?」
そして、俺はここに来て漸く反論らしき言葉を発する事が出来たのだった。
「…………」
対して、膝の上の美少女は無言の笑みを返す。
――”さっき”のこと……
――つまり”六大国家会議”での……あの奔放な焔姫……
”紅蓮の焔姫”と呼称される長州門が覇王姫、ペリカ・ルシアノ・ニトゥとの接吻の事だ。
どう考えても、それしか陽子の突飛な行動に説明が付かない。
「あれは事故だ、陽も一部始終を見ていただろう?それに俺はあんまりこういうやり方は……」
笑みを常備し、黙ったままの少女に俺は真面目な顔で説こうと……
「私は初めては最嘉だったけど……貴方は?」
「!?」
お姫様はその斜め上を行く質問を投げかけてきた。
――初めて?何がだ?……はじめ……あっ!
そこで俺は目前の美少女の紅く瑞々しい”唇”に視線が張り付く。
――くっ!そういうことかよ……
「最嘉……」
俺はようやく彼女の意図を察して、狭いスペースでお互いのおでこがぶつからないように小さく頷いた。
「俺もそうだ……それは陽も知っているだろうが……」
「……」
――そうだ……俺と陽子は……あの日、お互い初めての口付けをした。
遠い過去の日……
いや、時間にしては一年と少ししか前ではないが……
「ええ、そうよ」
陽子は本当に嬉しそうに”にっこり”と微笑んで頷いた後、更に続けた。
「私はその後も最嘉だけだけど……貴方はどうかしら?」
――うっ……!
途端に言葉に詰まる俺。
――いや、それは仕方ないだろう……俺だって……なぁ?
「…………」
俺の瞳を正面から見詰める暗黒の瞳は……どこまで見通しているのだろう?
――くっ……うう……
「…………あの……陽……」
「まぁ良いわ、それは……最嘉も立派な男の子なんだから、私もそのくらいは理解しているし、許容できる大人の女よ」
「…………」
俺の見苦しい言い訳が始まる前に、自称、心の広い大人の女は、全然笑って無い瞳でそう言う。
「私がね、今、問題にしているのは……最嘉の一番最後は”誰か”って事よ、解るでしょう?」
「…………あ、あぁ」
――”一番最初の口付け”の相手は陽子、”一番最後”も陽子……
最高の血統と最高の知謀、そして最高の美を併せ持つ完璧な才媛たる、京極 陽子様は本当に一番が大好きだ。
俺は、最早従うしか選択肢は無いと経験から判断し、ぎこちなく微笑み返して首を縦に振る。
「じゃぁ……」
”にこり”と微笑んだ美少女は、目の前で両腕を無防備に開き、その腕を俺の首の後ろに絡ませた。
――うわぁぁ、た、体勢が体勢だけに……
胸が……陽子の胸が俺の胸に密着して潰れる。
「……おい……はる……」
そう言いながらも俺の意識は……
――け、結構大きいんだよなぁ……見かけによらず……やっぱり
密着するお互いの胸部分に集中していた。
「……」
「……」
そして――
「……」
「……」
そして――
ゴクリッ!
思わず生唾を呑み込みつつ、準備万端の俺に美少女は……
「一番好きな難儀な女だなぁって……思ったでしょ?」
「うっ!」
息も触れあうような超至近距離でそう悪戯っぽく微笑った。
「でも京極 陽子がここまで拘る一番は……最嘉だけよ」
「……………………へ?」
――
―
「…………」
「…………あっ」
土壇場の意表の後、少女の唇はそっと俺に触れた。
「最嘉……」
「は、はる……」
俺達の唇は薄く……
しかし確実に……
そして二回目……
お互いを確かめ合うように再度、優しく触れ合った。
「ふふ……更新……かんりょう!」
ほんのり朱く頬を染めた、可愛らしくも美しい少女はそっと顔を離して俯いた。
普段の不適な、他の者を畏怖させるほどの才能と器量を併せ持った彼女とはあまりにもギャップのある可憐で可愛らしい仕草。
――俺の……俺だけの陽子だ
六大国家会議での貪るような、ペリカとの情熱的な熱い接吻とは対照的だが、陽子とのそれは……
繋がりを確認する二人の大事な儀式……
俺は改めて思った。
――やはり俺は、京極 陽子に”べた惚れで”あるのだと……
そして暗黒の美少女は頬を赤く染めたまま、俺と瞳を絡めたまま、もう一度微笑んだ。
「楽しみにしているわ、今度は”戦国世界”で……ね」
第十二話「陽子の憂鬱」後編」END




