表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
王覇の道編
72/336

第十話「三要塞の魔女(トリアングル・マギカ)」(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第十話「三要塞の魔女(トリアングル・マギカ)


 (むら)(くも)に覆われ、ぼんやりと滲むように鈍く光を放つ下弦の月。

 足元さえも覚束(おぼつか)ない闇の中で――


 ザザッ!


 ストンッ!


 人の丈を遙かに凌駕する石塀を、いとも容易く軽やかに跳躍する影があった。


 「……」


 外敵(そと)からの備えの(かなめ)を難なく跳び越えた影は、そのまま敷地内に音も無く着地すると塀の内側に建つ大層な屋敷の一つに向け進路を取った。


 「随分と遅いお帰りね?ペリカ・ルシアノ=ニトゥ……職務(しごと)を全て私に押しつけて本当に良いご身分だわ」


 ――っ!?


 突然、背後の闇から掛けられた声に、歩き始めたばかりの影はその場に立ち止った。


 「アルトォーヌ・サレン=ロアノフ?」


 目の覚めるような深紅の長い髪を風になびかせて立つ二十歳前後の美貌の女性。


 少し癖のある燃えるような深紅の髪、一度(ひとたび)目見(まみ)えただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の双瞳(ひとみ)……


 ()つめる者、(ことごと)くを焼き尽くしそうなほど(あか)(あか)紅蓮(あか)く燃える紅玉石(ルビー)双瞳(ひとみ)


 振り向いた紅蓮(あか)い女の深紅の髪が、古時計の振り子のようにゆっくりと闇に揺れる様は(さなが)ら闇の中で静かに揺らめく炎のようだ。


 「アルトォーヌ・サレン=ロアノフ?ではないでしょう……貴女(あなた)のお仕事、解っているわよね?」


 紅蓮(あか)い女が口にした固有名詞、”アルトォーヌ・サレン=ロアノフ”と呼ばれた人物は、胸の前で腕を組み、(あき)れ顔で佇んでいた。


 目前の紅蓮(あか)い女にも劣らぬ長い髪を二つに割って三つ編みにし、それを輪っかにしてそれぞれを両耳のところで留めた髪型の、整った顔立ちの女性。


 彼女の最も特徴的な白い肌、白い髪は……


 それは色白と言うよりは、色素を全て忘れて生まれてきたような、そんな不自然な希薄さだ。


 紅蓮(あか)い女を(あき)れ顔で見つめる瞳のみが、僅かな碧い瞳ということ以外は本当に華奢で存在感の薄い人物だった。


 「職務(しごと)……ああ”戦争(しごと)”ね、不平不満を言うしか能の無い半端者達なんて”基子(もとこ)”がいれば充分事足りるでしょう?」


 紅蓮(あか)い女、ペリカ・ルシアノ=ニトゥは、妖艶な石榴(ざくろ)の唇の端を上げて微笑(わら)う。


 「国内の反乱を抑えるのは国主たるペリカの責務でしょう!それを放棄してフラフラと出歩くなんて……度重なる貴女(あなた)のその軽率な行動で、この”長州門(ながすど)”が傾いたらどうするつもりなのよ!ただでさえ”句拿(くな)”との戦争も目処が立っていないのに!」


 「……」


 自分の想像していた以上の剣幕で責められたとでもいうような、そんな不満そうな顔で紅蓮(あか)い美女はため息を()いた。


 「ペリカ!」


 「大丈夫でしょう、”句拿(くな)”の堅物、斉旭良(なりあきら)は馬鹿の一つ覚えの守勢ばかりで”長州門(うち)”に攻め込むという知恵が無いでしょうし、万年”コソ泥”紛いの国内不穏分子共が起こす反乱の一つや二つ程度、賢い”アルト(あなた)”と超強い”基子(もとこ)”の軍があれば”焔姫(わたくし)”の出る幕はないでしょう?」


 「そういう問題じゃ無いわ!ペリカ、貴女(あなた)には国主としての心構えが足りないのよ!それで無くても私たちは”長州門(ここ)”では余所(よそ)者で、ペリカ(あなた)が国を譲られた事に納得しない輩が……」


 「アルトォーヌっ!」


 ――っ!


 白い女性、アルトォーヌ・サレン=ロアノフがそう口走ろうとした瞬間、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの紅蓮(あか)い瞳が鋭く光って、アルトォーヌは慌てて言葉を呑み込んだ。


 「……あ、その…」


 「良いわ、アルト……でも憶えておいて、(わたくし)そういうネガティブな思考は余り好きじゃ無いわ」


 「そ、それは……もちろん、()っているけど……」


 「なら良いわ」


 先ほどとは変わり、優しい眼差しで白い女性を見る紅蓮(あか)き姫、ペリカ。


 「あ、ありがとう」


 主であり友でもある相手を多少気まずそうに見ながら、ボソリと応えるアルトォーヌ。



 ”ペリカ・ルシアノ=ニトゥ”と”アルトォーヌ・サレン=ロアノフ”は物心ついた頃からの友人同士で、共にこの本州西の大国”長州門(ながすど)”にある”外人(けにん)”の集落(コミュニティ)が出自であった。


 二百年以上前に元々の世界であったこの”戦国世界”と数日おきに現れるようになった”近代国家世界”、二つの世界が切り替わるようになって直ぐににこの島国は外海から隔離された。


 そして”(あかつき)”に取り残された異国人の子孫は”外人(けにん)”と呼称され、”(あかつき)”内でいくつかの国家では許しを得て集落(コミュニティ)を築き存在している。


 とはいっても、”(あかつき)”では集落(コミュニティ)がある国の方が圧倒的に少数で、現在は全国でも人口的に数千人規模という少数さだ。


 また、外人(けにん)を語るときに忘れてならないのが……”ある”事実。


 容姿の違い、言語の違い、そして特殊な環境下での民族主義の結果からか、それらの者達は蔑まれることが多く、身分をある程度備えた家や、政府関連の要職に就くことなどまずあり得ない存在であった。


 つまり、大国”長州門(ながすど)”の国主になった”ペリカ・ルシアノ=ニトゥ”は異例中の異例であり、付け足すなら彼女とその友、”アルトォーヌ・サレン=ロアノフ”は、二百年以上前の世界の変革以降で残る、混じりっけ無しの”外人(けにん)”。


 ”(あかつき)”の血が一滴も混じっていない、ごく少数だけ存在する生粋の”外人(けにん)”だった。



 「そうね、少し自覚が足りなかったわ……でも、(わたくし)は本当に信頼しているのよ、貴女(あなた)達を……」


 赤い、朱い、紅蓮(あか)い瞳……


 ペリカ(かのじょ)の証である、全てを焼き尽くす紅蓮の炎の双瞳(ひとみ)が、珍しく落ち着いた光を放って目の前の友を静かに見据えていた。


 「……ペリカ」


 アルトォーヌは、普段は好奇心と欲望で燃える瞳の彼女がこんな殊勝な事を言うと、何も言い返せない。


 色素の抜け落ちたような肌と髪の女性、アルトォーヌ・サレン=ロアノフ。


 国主である”ペリカ・ルシアノ=ニトゥ”の幼なじみである彼女は、多少病弱で体つきも華奢そのものだが、国の運営の殆どを取り仕切り、戦場にあっては参謀としてその力を発揮する知将でもある。


 そして、今この場には居ないが、ペリカやアルトォーヌよりも五つほど年下で、幼いながらも実質この国のナンバースリーである少女……


 小柄で可愛らしい風貌とは裏腹に、軍を率いては”天性の直感”と”呆れるほどの強運”を備え、凶悪なまでの軍の強さを誇る、誰が呼んだか、通称”戦の子”……


 ――菊河(きくかわ) 基子(もとこ)


 アルトォーヌ・サレン=ロアノフと菊河(きくかわ) 基子(もとこ)


 ”長州門(ながすど)”の二人の重臣は、本州西の大国”長州門(ながすど)“国主である、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの”両砦”と呼ばれ、近隣諸国に恐れられていた。


 更に付け足すなら、”長州門(ながすど)”君主であり、”焔姫(ほのおひめ)”または”覇王姫(はおうひめ)”と呼称されるほどの個の武勇を天下に轟かせる、ペリカ・ルシアノ=ニトゥと合わせた呼び名としては、”長州門(ながすど)”の”三要塞の魔女(トリアングル・マギカ)”であって、本州西の大国”長州門(ながすど)”の不敗の象徴であった。



 「もういいわ、ペリカ。とにかく、七……いえ、六大国家会議にはギリギリ間に合ったのだから……”旺帝(おうてい)”の領都”躑躅碕(つつじがさき)区”には”世界が切り替わる”明日の早朝に発つ予定だけど……」


 「ええ、そうだったわね……ふふ」


 「?」


 (かね)てから通知されていた”(あかつき)”の現時点での有数強大国家による会議。


 ”近代国家世界”での利益の分配と仮初めの平和、力の均衡を維持するための最重要会議。


 ――”七大国家会議”改め、今回は”六大国家会議”


 基本的には年に数度開かれるそれを、いつも面倒臭がるペリカの予想外の態度に、アルトォーヌは不思議そうな視線を向けていた。


 「ふふ、ちょっとね、”七峰(しちほう)”である情報を仕入れたのよ……明日が楽しみだわ」


 深紅の髪の美女は、紅玉石(ルビー)双瞳(ひとみ)を輝かせて子供のように無邪気に笑う。


 「あきれた……数日姿を見せないと思ったら”七峰(しちほう)”まで遠征していたというの?」


 「べつに個人的に喧嘩を売って廻っているだけよ、戦争とは関係ないから」


 「……」


 何でも無い事と言い張る主に、白い美女は軽く頭を抱える。


 ――この戦国乱世において、敵勢力をフラフラとする国主……


 それだけで充分問題がある訳だが、それに輪を掛けて厄介なのは――


 ペリカのこの性分。


 強者の噂を聞くと可能な限り探し出して真剣勝負を挑むという厄介な趣味。


 勝負の対象が国の重要人物の場合は、それだけで充分戦争の火種になり得る行為を彼女はアッサリとこう言ってのけるのだ。


 「……」


 アルトォーヌ・サレン=ロアノフは、主であり友人である、この困った人物に対して、いつも通り白い指先をおでこに当てて、隠すこと無くため息を()くのだ。


 「それでね、その”七峰(しちほう)”に面白い男がいてね、その男とは決着がつかなかった、というか、途中で(わたくし)が引き下がったのだけれど……」


 「え?ペリカと互角!?……いえ、引き下がったって貴女(あなた)が!?」


 武勇に優れる将の噂を聞かない宗教国家”七峰(しちほう)”に、この”覇王姫”に単騎で互角に渡り合える人物がいたことにも驚きだが……


 それ以上に驚きなのが、そんな”強敵(ごちそう)”相手に引き下がるなんて行為をこの”焔姫(ほのおひめ)”が選択したという事実。


 幼い頃から彼女を熟知しているアルトォーヌも、その話にはただ目を丸くする。


 「そのことは良いのよ、それよりアルトも聞いたことがあるでしょう?”臨海(りんかい)”の……えっとなんと言ったかしら……鈴原 さい……えっと……さい」


 「”臨海(りんかい)王”……鈴原 最嘉(さいか)のこと?」


 「そう!それよ!さいか!”臨海(りんかい)”のペテン師よ!」


 燃えるような深紅の髪の女は、そう言ってビシリと目前の友人を指さす。


 「鈴原 最嘉(さいか)……」


 そして、アルトォーヌ・サレン=ロアノフは、そんな主に呆れた視線を向けながら少し考えていた。


 最近、巷で噂になっている”臨海(りんかい)軍”……その王、鈴原 最嘉(さいか)


 弱小の小国家でありながら、盟主国たる”天都原(あまつはら)”と”南阿(なんあ)”の戦争に乗じて、双方から領土と財を巧みに掠め取り、その後は大国”天都原(あまつはら)”から独立して、現在は最強国”旺帝(おうてい)”影響下の小国家”赤目(あかめ)”と交戦中という。


 遠く離れたこの”長州門(ながすど)”まで噂が流れてくるような目下話題に事欠かない注目国の領主だ。


 「”臨海(りんかい)”の鈴原 最嘉(さいか)は智将と聞いているけど……」


 アルトォーヌの言葉に、ペリカは”ちっちっち”と人差し指を揺らす。


 「あまり()られていないらしいけど、以前は武勇(こっち)もかなり注目されていたようよ……最近はその名も聞かない十把一絡げの弱小国家君主だったけれど、どうも何か意図があって地に潜っていたようね」


 なにやらウキウキと愉しそうに話す紅蓮(あか)い女を眺めながら、アルトォーヌは再びため息を漏らす。


 「敵が強いのをそんなに喜ぶなんて……ほんと貴女(あなた)は……」


 「まだ敵とは決まっていないわ……けど敵の方が断然に面白いけど」


 ――それは全然面白いような事では無い


 ただでさえ、海の向こう側、南の島”日向(ひゅうが)”を統一した”句拿(くな)”相手に手こずっているのに、それに加えて宗教国家”七峰(しちほう)”?”天都原(あまつはら)”?……挙げ句は、新進気鋭の”臨海(りんかい)”っていうのはどんな悪夢かと……


 紅蓮の焔姫(ほのおひめ)の参謀、アルトォーヌ・サレン=ロアノフの悩みは尽きない。


 「それで……その鈴原 最嘉(さいか)が明日の六大国家会議に出席すると?」


 現在敵対関係で無い”天都原(あまつはら)”や”臨海(りんかい)”とは当面ぶつかりようも無いだろうと、アルトォーヌは言いたいことを一旦棚に上げ、取りあえず嬉々として話す主の話を進めた。


 「そうね、”七峰(しちほう)”の男からはそう聞いたわ、なんでも”臨海(りんかい)”が六大国家に加わる可能性があるとか」


 ペリカの言葉を聞いてアルトォーヌは少し不機嫌な顔をする。


 「ああ、気にすることは無いわアルト、いつものことでしょう?六大国家の一つとは言え、我が”長州門(ながすど)”にだけ詳細な情報が伝えられないのは」


 そう言って何事も無い様に微笑む紅蓮の姫は、”(あかつき)”世界にはびこる、外人(けにん)蔑視などものともしない。


 「……そうね、それで、その鈴原 最嘉(さいか)とは、どれほどの腕前なの?貴女(あなた)がそこまで楽しみにするのは久しぶりでしょう?」


 気を取り直したアルトォーヌはそう言ってニッコリと笑った。


 「ふふ、その男……”七峰(しちほう)”の折山(おりやま) 朔太郎(さくたろう)という男が言うにはね、南阿(なんあ)の無愛想ハゲ、織浦(おりうら) 一刀斎(いっとうさい)を一蹴する、下手をすると音に聞く天都原(あまつはら)”十剣”の阿薙(あなぎ) 忠隆(ただたか)と同格の化け物らしいわ」


 「南阿(なんあ)三傑、”武”の織浦(おりうら) 一刀斎(いっとうさい)を!?それに阿薙(あなぎ) 忠隆(ただたか)って……戦場の羅刹、鬼阿薙(あなぎ) 忠隆(ただたか)……それは……」


 アルトォーヌ・サレン=ロアノフは予想の遙かに上を行く答えに言葉を失う。


 「折山(おりやま) 朔太郎(さくたろう)、あれは虚言を弄する輩ではなかったわ。それに実際、南阿(なんあ)の”純白の連なる刃(ホーリーブレイド)”……現在(いま)は”臨海(りんかい)”の久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)と言ったかしら?あの”閃光将軍”を戦わずして麾下に収めたという器量、ふふふ、久々に本物の男の予感がするのよ!」


 ブワッ!


 「!?」


 アルトォーヌの隣で、本当に心底愉しげに笑う紅蓮の美女は、薄暗い夜空に白い拳を突き上げていた。


 ――サァァーー


 「ぁ……」


 偶然か必然か……


 途端に雲が引いて、差し込む月光。


 ポカンとした表情で天を仰いだ白い女の微かな碧色がそれを反射して輝いていた。


 「さぁ、アルトォーヌ・サレン=ロアノフ、心して用意なさい!この先ドンドン面白くなるわよ!」


 第十話「三要塞の魔女(トリアングル・マギカ)」END

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ