第九話「奔放なる焔姫(ほのおひめ)」後編(改訂版)
第九話「奔放なる焔姫」後編
「”天都原”の……”無垢なる深淵”ね、この会合に初見の貴女如きが私のする事に口を挟むのは百年早いのではなくて?」
「そうね、”紅蓮の焔姫”如き下卑な存在に関わるのは、高貴な存在のする事では無いと理解しているのだけれど、ここは”暁”の行く末を論じる場、致し方無しというところかしら」
表面上は微笑みを絶やさないが、その実、その場に静かな緊張感を充満させる佳人ふたり。
「……」
「……」
他者を魅入らさずにはおられない絶世の美少女と、他者を力尽くでねじ伏せて跪かせる圧倒的な美貌の美女。
――暗黒い双瞳と紅蓮い双瞳
魅つめる者、悉くを焼き尽くしそうなほど赤く紅く紅蓮く燃える紅玉石の双瞳、ペリカ・ルシアノ=ニトゥに対するは――
対峙する者を尽く虜にするのでは無いかと思わせる美しい眼差しでありながら、それは一言で言うなら”純粋なる闇”、恐ろしいまでに他人を惹きつける”奈落の双瞳”の希有な美少女、京極 陽子。
「……」
――こ、怖いな……
先程までの熱気に満ちた言葉の応酬から一転、凍り付くような場の空気は、気の弱そうな”七峰”の神代の少女で無くともそれ以外の猛者共でさえ、迂闊に声を発せられないほどだった。
「……」
――ほんと怖い女達だ、どちらも顔はとびきり可愛いのになぁ……
残念なことだと、ウンウンと頷きながら俺はその光景を一人離れた席で眺めていた。
「ふん、”天都原”の暗黒女なんて関係ないのよ、私が用があるのは臨海のペテン師……だったかしら?鈴原 最嘉、私は貴方をこそ所望しているのよ!」
「う……」
――やはりそこに話は戻るのか……
良い感じに話題の中心から外れて、なんとかこのまま……
なんて都合良い流れを期待していた俺は、軽くため息を吐いて顎をポリポリとかく。
そして、紅蓮の姫が言った”俺を所望”という言葉に、ピクリと美しい眉を反応せた暗黒姫は、そのまま俺にもの凄く不機嫌な視線を送って来る。
「だそうよ、最嘉……貴方の裁量で”いつも通り”私の満足いくように処理しなさい」
「ええーー!」
――いやいやいやいや!事を最大限に荒げておいて俺に振るなよ……
「いつも通り?」
特定の誰かを意識した態とらしい陽子の言い様に、今度は紅蓮の姫が、眉の間に影を落として俺を見る紅玉石の双瞳がチリリと燃えていた。
――なにこれ!?……どんな状況だよ
此所に……
”暁”を支配するであろう、六大国家の統治者達が集うこの場所に……
この俺が居るのには勿論それなりの経緯があった。
”戦国世界”で赤目との戦争が続く最中、”近代国家世界”に切り替わって二日目……
我が臨海の俺の元へある招待状が届いた。
期日は明日、場所は本州東部、旺帝の領都”躑躅碕区”。
俺の第一印象は、”何故?”ではなく”急だし、遠いなぁ”だった。
そして同時に俺は思った。
”近代国家世界”最終日は……荒れそうだと。
「はぁ……で、”長州門”の焔姫さんは、俺を殺すと、そういうことか?」
俺はいつも通り横暴な暗黒姫を眺めてから、ため息をひとつ吐いて、渋々参加したのだった。
「……」
「俺を認めないから殺すんだろ?」
俺を一瞥した紅玉石の双瞳は無言だが、欲望を押さえきれないとばかりに煌めいて揺れていた。
「いいえ、そうは言ってないわ、私の試し方は他の支配者共とは違うと言うことよ」
――っ!
紅蓮の美女が言い様に、少し落ち着いていた諸公が俄に殺気立つ雰囲気が伝わってくる。
「覇者足る者は”武”を以てその価値を推し量るべし……良いでしょ?この”近代国家世界”では死は泡沫の夢、なんの影響も無いわ」
――いや、あるだろ……
――というか、痛いし、怖いし、何より”近代国家世界”側で予定していた仕事が熟せなくなる
”近代国家世界”と”戦国世界”が定期的に入れ替わる世界……”暁”
二つの世界は文化レベルが大きく異なるものの、実際は密接に繋がっている。
しかし、”戦国世界”側の死は本当の死を意味するが、”近代国家世界”側の死は一時……次回に、”戦国世界”に切り替わる時にはリセットされるのだ。
つまり、”近代国家世界”で命を落としても”戦国世界”では問題なく存在でき、再び”近代国家世界”に切り替わったときは、何事も無かったように終わった場所から人生は再開される。
――とはいえ……
「抑もなんで俺が”長州門”の焔姫と闘わなけりゃならないんだよ?それも生死を賭けた真剣勝負だと?」
この不毛な言い争いの根本は、正にこの紅蓮の美女の、その発想が始まりだった。
「貴方達”臨海”が、この六大国家の席に相応しいか……それを承認するのに必要だからよ」
――ちっ、当然のようにほざきやがって……
それは”長州門”の……いや焔姫だけの勝手な価値観だろうが!
「六大国家の新たな参加国になる条件がそんなものだとは初耳だ、それにだ……参加は別に臨海が頼んだ訳じゃないしな」
俺は理不尽の押しつけに抗する。
「……それは違うぞ、臨海王よ。我ら六大国家の支配者には、この”暁”を秩序有る国として治めていく責任がある、そのためにも”力ある者”が平和裏に話し合うことは重要なのだ」
南の島、日向を支配する句拿国王、柘縞 斉旭良が、普段から愛想の欠片も無い玄武岩のような顔で睨みを利かせて口を開く。
――日向の……”頑強なる鉄門”の異名を持つ、柘縞 斉旭良ね……
しかしそれを言うならば、”近代国家世界”だけじゃなくて”戦国世界”もそうだろうが…
”戦国世界”側では散々殺しあっておいて……今更だな。
俺は噂に高い南方の偉丈夫を眺めながら、そんな事を考えて苦笑いする。
「六大国家会議の案件は参加国の総意で決する……致し方ない、さっさとすませろ!」
そして今度は、腕組みをしたままで、もうこの話題には興味無いとばかりに、鋭い狩人の眼光をした男が吐き捨てた。
――おいおい……紗句遮允、さっきまでは反対していただろうが……
最北の島、北来の”可夢偉”連合部族王、紗句遮允。
北に点在する数多の狩猟民族を統一した若き王……”王狼”と呼ばれる英傑だ。
「天都原の領土であった”日乃”と、影響下にあった小国”護芳”……更には我が影響下の”赤目”の版図を平らげつつある”臨海”とはいえ、この男の”臨海”如きが、七大国家会議から外れた”南阿”の穴を埋めるには如何にも力不足ではないか?元々反対だったのだ、支配者たる人物も、このような若輩者であるしな」
――って、ヒゲぇっ!お前は一番派手にやり合ってたろうがっ!!
燐堂 天成……”暁”最大勢力を誇る”旺帝”の現支配者だ。
「ちっ……」
俺は以前の”臨海”では決してまみえることもなかったろう、錚々たる面々を眺めながら最早はぐらかす事は至難だと諦めていた。
「解ったでしょう?臨海がこの六大国家会議に参加し、七大国家会議に移行させるには、この難関は越えてしかるべき試練なのよ」
愉しそうに、艶のある唇の端を上げた女は、ペロリと火のような赤い舌先でそれを舐める。
――試練?ヌケヌケとどの口が……
って、あの妖艶な口か……
「…………」
――うっ!?
艶っぽい唇に思わず視線を釘付けにしていた俺は、漆黒の双瞳を感じて直ぐに視線を逸らす。
「え、と……ちょと待ってくれ……」
――ここは表面上は比較的平和な”近代国家世界”だ
「なに?今更……腕に自信があるのでしょう?」
紅蓮い女は、背中を大胆に露出した赤いドレス姿という戦闘とは無縁の格好で、自らの両拳を構える。
「いや、そうじゃなくて、俺……当たり前のように丸腰なんだけど?」
そうだ、ここは表面上、平和な近代国家世界……
そして、ここは六大国家の会議の席だ。
武器の携帯などしているはずが無い。
「なにか問題が?」
――いや、あるだろっ!?俺は素手格闘専門で”最恐”と噂高い焔姫と違って剣士なんだよっ!!
「せめてなにか剣を用意する間、待ってくれ」
重要な事を平然と無視する恐ろしい女に、俺は極めて冷静に丁寧に頼むが……
「…………煩わしいわ、もう我慢できそうにないし、ふふ……あははっ!」
ダダッ!
そう言ったが最後……
紅蓮い女は席と巨大なテーブルをひとっ飛びに跳び越して、俺に襲いかかってきた!!
――くそっ嘘だろっ!?この戦闘狂がっ!!
俺は強制的に巻き込まれた戦闘に……
紅蓮の姫が横暴な注文に……
「……」
覚悟を決めて、掌を前面に開いた状態で構え、迎撃の態勢をとったのだった。
第九話「奔放なる焔姫」後編 END




